第13話:二人で初のクエスト任務!

 結論から言いますとですね、メッチャ怒られました。確かに手を出したのは向こうが先だが対処の仕方にも限度があると。常識的な範疇に留めろと。


 ハイ、ハイと頷くしか無かったよねぇ。あと俺に対する周りの認識が取り返しが付かない事になっている気がしない事も無いが……まぁしゃーない。


 それとアリアさんに言われたのは〝こういう事をしてもそれは一時的な効果しか生まない。真にリーリエの事を周囲に認めさせたいのなら二人で頑張ってスレイヤーとして結果を出せ〟という事だった。


「まー恐怖政治じゃ長持ちはせんよな……」


「あの、ムサシさん」


「ん? どうした?」


 奪い返した依頼書で無事クエストを受け馬車まで向かいながらぼやいていると、リーリエが隣を歩きながら話しかけてきた。


「改めて聞いておきたいんです。どうして、そこまで私のために怒ってくれるのか。出会って間もない私を、そこまで気にかけてくれるのか」


 いつになく真剣な声音。視線は前を向いたままで歩みも止まっていないが、逃げを許さない空気だ。だから俺も正直に答える。


「恩がある。俺を人間の世界に導いてくれたデカい恩……でもそれだけじゃなくなった。この街に来て、リーリエを取りまく理不尽な環境を間近で見た。アレは普通折れてもおかしくない」


「…………」


「でもリーリエは折れてなかった。能力的に不利でどれだけ見下されて邪険に扱われても頑張ってきた。そうだろ?」


 リーリエが過去に味わってきた屈辱がどれ程の物だったかを正確に推し量るなんて無理だ。それでも鍛える前の俺だったら絶対に全てを諦めてると断言できる。


「それって凄ぇ事だよマジで。根っこの部分の強さならあのバカ共じゃ絶対リーリエには適わない、間違いなく。でな? 率直に言うと俺そういうヤツ大好きなのよ」


「すっ……!?」


「人間としてね」


「あ、はい」


「そんなリーリエだから力になりたいと思うのよ。これは理屈とかそういうんじゃなくてもう感情の話だね」


 この選択が正しいかどうかは知らん。だが山で鋭敏に鍛え上げられた俺の直感は告げている、それでいいのだと。


「ま、そんな感じだ。俺はそうしたくてリーリエと一緒にいる。他の誰かが文句付けてきても心変わりなんてしないよ」


「そう、ですか……」


 俺の回答を聞き、リーリエは暫く考え込む。そしてふっと顔を上げて、俺の方を見た。


「ムサシさん。私、もっと頑張ります。頑張って頑張って……強くなります」


 ――リーリエの中で何かが変わったと、俺は感じた。今までとは違う、大きな変化が心の中であったのだと。


 だから俺は何も言わず一回だけ頷く。そして再び前を見据えて歩き出した。今はただ、前に進むのみだ。


 

 俺とリーリエを乗せた馬車が、ゴトゴトと音を立てながら街道を行く。本日は快晴、絶好のクエスト日和だ。


「で、今回行く廃鉱は……ネーベル鉱山だっけ?」


「そうですね。元は良質な鉱石が採れる場所で有名でしたが、二年前にドラゴンの襲撃を受けて放棄され、以来そのまま放置されていたようです」


「……ん? って事は、もしかしてそのドラゴンがまだ居座ってるかもしれねぇんじゃねぇのか?」


「可能性はありますね。依頼書には『敵性生物の排除』と書かれていましたから。ドラゴンとは明記されていませんが、その敵性生物を排除している時に遭遇する可能性はあります。ただ、確率的にはかなり低いと思います」


「ほう、そりゃまたどうして?」


「このクエスト、実は定期クエストに指定されていたんですよね。依頼内容を再確認しているときに気付いたんですが」


「定期クエスト?」


 おっと、ここに来て把握していない単語が出てきたぞ。


「あ、説明してませんでしたね。定期クエストっていうのはギルドが一定期間毎に発注するクエストの事で、この廃鉱の調査も定期的にスレイヤー達の手で行われているようなんです。これまでの調査の中で、鉱山を襲ったと思われるドラゴンとの遭遇(エンカウント)は無かったとアリアさんから聞きました」


「なるほどねぇ。てっきり初クエストでドラゴンと戦って連携を確認することになるのかと思ったが」


「流石にそれは……もし過去にドラゴンとの戦闘があったのが分かったらクエストを変えるつもりでしたよ」


 まぁ、そりゃそうだろうな。何のために難易度の低いクエストを選択しようとしたんだよって話になるし。


「ま、とにかく現場について取りかからん事には分からんし今は深く考えんでもいいか」


「ですね」


 ◇◆

 

 ミーティンを出立して三日目。ネーベル鉱山に辿り着いた俺達は近くの馬宿に馬車を待機させ、廃鉱までの道を歩く。


 道は元から整備されていた所に定期的にスレイヤー達が入っていた事もあって、歩くのに全く問題無いほど綺麗な状態だった。


「魔の山とは大違いだなぁ……」


「それはそうですよ。ネーベル鉱山では沢山の炭鉱夫が働いていましたからね、周りの環境もしっかり整備されていてとても働きやすい場所だったそうです」


「はぇ~。炭鉱夫って結構キツイ職業ってイメージがあるけどなぁ」


「確かに重労働ですけど、それに見合うだけの給金が支払われていたんです。ここで働いていた人達は一般的な人よりかはよっぽど豊かな生活が出来ていたそうですよ?」


「はぁ~羨ましいねぇ。でもアレだな、それだとドラゴンの襲撃でここが閉鎖されたせいで路頭に迷った奴も大勢いたんじゃねえのか?」


「そうですね……多くの人は貯めていた給金を持って故郷に帰ったり、別の鉱山で働いたりしているそうですが、それが出来なかった人達は……」


 そう話すリーリエは、どこか哀しみを感じさせる表情を浮かべていた。見ず知らずの人間の為に心を痛められるこの子は、やはり根本的にいい子なんだなと思う。


「……戻って復興させようと思った奴は居なかったのか?」


「どうでしょうか……内心では戻りたいと思っていた人は大勢いたと思います。でも、スレイヤーでもない一般人がドラゴンに襲われたら、その恐怖は中々消えないものです。当時の襲撃の際は、死傷者もかなり出たみたいですから」


 その話を聞いて、俺はこの世界に来て碧鋭殻竜(ヴェルドラ)に襲われた時の事を思い出した。


 あの時、俺の心は目の前に現れた異常な存在からもたらされる恐怖に支配されていた。その恐怖と死から逃れる為に、死に物狂いだった。


 逃げ伸びた後も、その時に植え付けられたトラウマを克服するのには非常に長い年月を要した。正直、完全に克服できたのはリーリエと出会った時にこの手で奴を倒した時だったと思う。


 もう自分の方が強い、だから恐れる事など何もないとあの時は思っていたが……いざ自分の手で倒した時、一瞬だけ心が軽くなる感覚を覚えた。


 もしかしたら、心の何処かで俺はアイツを恐れたままだったのかもしれない。


「頭では戻りたいと思うが……心がそれを拒否する、か。ままならねぇもんだな」


「そうですね……あ、ここですよ」


 そうこうしている内に、俺達の目の前に廃鉱の入り口が見えてきた。


 鉄の枠組みで頑強に補強されていたが、その一部が不自然にひじゃげて錆びついている。恐らく、当時ドラゴンが入り込んだ時に出来た傷跡だろう。


「中は暗そうだな」


「魔力灯(マナライト)も機能していませんからね。――【照光(イルミネイト)】」


 中に足を踏み入れると同時に、リーリエが魔法を発動させる。


 足元に白い魔方陣が現れたかと思うと、そこから白い光を放つ光球が四つ出現し、俺達の体の周りに停滞して辺りを照らし出した。


「これで明かりは大丈夫です」


「いいね。夜目は効く方だが、やっぱ明かりがあった方がずっといい」


「ありがとう御座います。さぁ、行きましょう」


 リーリエは魔導杖(ワンド)を握り直し、俺はパキパキと指の骨を鳴らす。


 十分に周りを警戒しながら、俺達は廃坑の奥へと進んでいった。

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