第12話:不届き者には天誅を!

《月の兎亭》で朝食を済ませた後、俺とリーリエはギルドに赴いていた。まだ八時ちょい位だが、ギルドの中は既に多くのスレイヤーで賑わっていた。


「あら、お二人ともお早う御座います」


 ギルドに入った俺達に声を掛けてきたのは、俺のスレイヤー登録を担当したアリアさんだ。その手には、何やら大量の書類を抱えている。


「ウッス、お早う御座います」


「おはよう御座いますアリアさん。それは……依頼書ですか?」


「ええ。全て受注期限切れの依頼書で、これ以上クエストボードに貼っておく事が出来ないので纏めて処理しているんです」


 そう言って一旦手近な机に依頼書を置いたアリアさんは、そこから数枚を抜き取って見せてくれた。


 見せてもらった依頼書は全て色褪せ紙が変色しており、中々の年季を感じさせる。つまりこれらは、発注されたのはいいものの、長い期間誰も受注しなかったクエストという事か。


「にしても数多いっすね」


「ええ、ある程度枚数が溜まってから一気に処分する事になっているので……よいしょっと」


 積み重ねられた依頼書を再び持ち上げ、アリアさんはカウンターの方へと向かっていった。


「……ギルド職員って大変だなぁ」


「ですね。あの依頼書だって一度は全部目を通してる訳でしょうし……さて、私達は私達の仕事を始めるとしましょうか」


「はいよ」


 心の中でアリアさんにエールを送りつつ、俺達はクエストボードの前へと足を運んだ。


「おーおー沢山あるねぇ」


「うーん……あっ、これなんかどうですか?」


「どれどれ? ……ふむ、廃鉱の調査及び可能であればそこに住み着いた敵性生物の排除か」


「はい。これなら白等級の私達でも受注できます。初めてパーティーを組む私達にとっては連携の確認も出来るうってつけのクエストだと思います」


 確かに。俺もリーリエも共闘の経験は全く無い。そもそも俺はスレイヤーとしてのセオリーなんて何も分からんから暫くはリーリエに任せるのがいいだろう。決して頭を使うのが嫌とかじゃないぞ!


「よし、これで行こうぜ。さっそく受付に――」


 意気揚々と受付に向かおうとした時、ふっと人影が視界に入った。そして人影は無造作にリーリエが持っていた依頼書をパシッと奪い取る。


「あっ……」


「ふーん、《ネーベル鉱山》で廃坑の調査ね。息抜きには丁度いいかしら……ちょっと〝能無し〟これわたし達に譲りなさいよ」


 随分と高圧的な態度を取る金髪の女にリーリエは縮こまる。これ知ってる! 街に来たばっかの時にあったヤツと同じ感じだ!


「ていうかアンタ、本当にパーティー組んだんだ」


 そう言ってパツキン女はじろりと俺を見る。


 よく物怖じしないもんだと思ったが、理由はなんとなく分かった。こいつリーリエに全力で悪意を向けてるから俺の事なんて眼中に無いんだ、だから正常な感覚(・・・・・)を失ってる。


「噂に聞いてた通り、山猿みたいな男ね。知性も理性も無さそう……ま、〝能無し〟にはお似合いかしら」


「む、ムサシさんを悪く言わないで下さい!」


「は? 今アンタ口答えした?」


「う……」


 パツキン女に凄まれて、リーリエは口を噤んでしまう。


 てか思い出したわ。こいつジークとか言うモヤシ野郎の取り巻きの一人だわ。よく見たら向こうで他の四人がクスクス笑ってるし。


「いつからアンタそんなに偉くなったの? 万年白等級でドラゴン一匹倒せないギルドのお荷物の癖に。挙げ句の果てには一人じゃ何も出来ないからって外からこんな男引っかけてくる始末だし」


 ……言いたい放題過ぎて最早笑えてくるな。もういい? もうぶっ飛ばしていい?

「知ってるわよ、この男が街中で騒動起こしたの。問題児と役立たず、まぁある意味お似合いかしら」


 おっと今度はこっちに矛先向けてきたぞ? つー事はあれだ、コイツリーリエにいちゃもん付けるのと愛しの彼氏を吹っ飛ばした俺を糾弾するために絡んできたんだな。


 この時点で、俺の思考は別方向に切り替わっていた。つまる所、どうやってコイツをしばき上げてやろうかって話なんだが……。


「ま、いいわ。アンタ達は大して価値の無いクエスト延々と回しとけばいいのよ。この廃坑でのクエストは息抜きに貰うけど――」


「ギルドの職員として訂正させて頂きます」


 凜とした声が、俺達とパツキン女の間に割り込んだ。コツコツとヒールで床を叩く音と共に近寄ってきたのは、書類整理を済ませたアリアさんだった。


「ギルドが発注するクエストに、価値の無い物など一つもありません。内容は違えど、全て依頼者がいます。個人であったり商人であったり組織であったり……」


 かちりと眼鏡を指で上げたアリアさんは、努めて冷静にあろうとしている。だが俺の目は誤魔化せない、これは間違いなく怒っている。


「助けて欲しいと願う人が居て、それに応えるのがギルドでありそこに属するスレイヤーの勤めです。派手なドラゴン討伐が全てではありません」


「ぐっ……!」


「クッ、ククッ」


 顔を赤くして歯を食いしばるパツキン女を見て、俺は思わず吹き出してしまう。クワッと、悪意と憎悪のこもった瞳が俺に向けられた。


「アンタ、何笑ってるのよ!」


「いや、笑うなって言う方が無理だろ常考。ふんぞり返って散々好き放題言った癖にいざ正論ぶつけられたら顔真っ赤って……ぶはっ! 駄目だ我慢できねぇ!」


 遂に腹を抱えて笑い出した俺を見て、パツキン女の何かがキレたのが分かった。だが、これでいい(・・・・・)。


「っ、このッ!」


「! ムサシさ――」


「危ない!」


 マックスぶち切れのパツキン女が拳を振り上げたのを見て、リーリエが悲鳴を上げアリアさんが即座に止めようとした。


 しかし俺は腕でそれを制する。間を置かず、パツキン女の拳が俺の顔面に直撃した。


 ゴッ! と鈍い音がホールに響き渡る。しんと静まり返る中で唯一、俺のくつくつという笑い声が木霊した。


「……!?」


「あー痛ぇ痛ぇ、鼻折れたわ死にそう。これヤバいわ命の危険すら感じるヨ~」


 完全な棒読み台詞だが、建前として必要だ。何せこれからせーとーぼーえーをする訳だからな!


「アンタ、無傷――」


「よっと」


 驚愕に目を見開くパツキン女を、俺はするりと左腕で無造作に腰を抱えて持ち上げた。


「んなっ!?」


 何が起きたかわからないといったパツキン女。気にせず俺は眼下で揺れるケツを見る。


 スカートの意匠を取り入れた可愛らしい防具。センスはいいんだなと思いつつ俺は遠慮無くそのスカートを捲り上げた。


「は、え?」


 空気が、固まった。衆人にさらされた綺麗なおケツ。パンツはピンクですかそうですか、リーリエのなら嬉しかったけどコイツのは別にって感じ。


 ハァーと右手に息を吹きかける。そして振りかぶり――



 ――バッチィーーン!!――



「がっ!?」


「ひとぉーつ! 無闇矢鱈に人を見下さなーい!」


 馬鹿デカい乾いた音が響き渡る。そう、これは古より伝わる由緒正しいお仕置き……ケツ叩きだ!


「ふたぁーつ! 勝手に他人様の価値を決めつけなーい!」


「いぃっ!!」


「みぃーっつ! えー……次にリーリエに同じ事やったらぶっ飛ばーす!」


 パツキン女の尻についた手形は、最早赤色を通り越して青紫だった。たった三発でこの有様だとこれ以上やるとショック死しそうだな……チッ、しゃあねぇ。


「以上三つゥ! その俺より足りなさそうな脳みそに叩き込んどけェ!」


 ビクビクと痙攣するパツキン女を、俺は遠くで震えながら一部始終を見ていたクソ女共四人の所へとぶん投げた。


「今言った事はお前らにも言ったんだからなコラァ!!」


 パツキン女を受け止めてガクガク震える四人の女を指さしてから、ぐるりと俺はホールを指さして宣言する。


 これだけ人が居て止めに入って来たのはアリアさん唯一人。何故魔法一つ属性一つ不利なだけでここまでの扱いをリーリエが受けなきゃならんのだ。


「……お前らいつまでそこに居るんだ、目障りだから失せろッ!」


 呆然としているクソ女共を一喝して、ギルドから追い出す。ここまでやって、漸く一息つく事が出来た。


「ふぅー、これでヨシ! いやーすまんな二人とも」


 ニッコリ笑顔で後ろを振り向くと、そこにはぽーっとこちらを見詰めるリーリエとこめかみをピクつかせ引き攣った笑顔を浮かべているアリアさんの姿があった。


「……ムサシさん、少し奥へ。リーリエも」


「あっ」

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