第8話:武器で戦うのもカッコよくね?

 ギルドを後にした俺達は、これからの事について話し合っていた。


「さて、まずは換金所で碧鋭殻竜(ヴェルドラ)の素材を買い取ってもらいましょう。それから武具屋に行ってムサシさんが使う武器と防具を見繕いましょうか」


「そうだな。全部売っぱらうとどの位になるんだろうなあ」


「あ、それなんですけど……換金するのは一部の素材だけにしませんか?」


「そりゃまたどうして?」


「ドラゴンの素材は良質な武具の材料になるんです。しかも今回持っているのは碧鋭殻竜(ヴェルドラ)の素材なので……」


「なるほど、把握した」


 それなら、外殻の類は売らない方がいいだろう。どう考えても防具とかの材料として使えそうだしな。となれば、売るのはそれ以外の部位という事になるが……。


「取り敢えず、竜核(りゅうかく)だけ売ってみるか? 素材の価値についてはあまりよく知らねえけど、多分高いんだろ?」


「そうですね。竜核(りゅうかく)はドラゴンの素材の中で一番高値で取引される部分ですから」


 やはりか。しかしあんなデカくて重いモノ何に使うんだろうな?


 そんな俺の心の内を読み取ったのか、リーリエは口を開く。


「竜核(りゅうかく)は【万能結晶】とも呼ばれる素材で、その利用価値はとても高いんです。このマジックポーチも竜核(りゅうかく)を特殊な方法と魔法で加工して作られた物なんですよ?」


「マジで!? あの石ころがコレになんの!?」


 なんだそりゃ、それが本当ならとんでもない反則素材だな。【万能】って表現もあながち間違いじゃないのかもしれない、不可能を可能にするって意味で。


「竜核(りゅうかく)を石ころなんて呼ぶのはムサシさんだけですね……とにかく、それだけ強力な素材なので流通はギルドによって厳しく制限されています。ギルドを通さず不用意に個人で売買を行えば厳しく処罰されます」


「そりゃそうだな。んじゃ取り敢えずは竜核(りゅうかく)だけ売っぱらうか」


 ◇◆


 ――結論から言おう。竜核(りゅうかく)ヤバい、めっちゃ高値で売れた。具体的には三百万ゲルト。


 リーリエから話を聞いた限りだと、イメージ的には円換算すると日本の中堅サラリーマンの年収くらいだと思う。


 そんな大金が、たった一体のドラゴンの一部位から生まれた訳だ。俺は笑うくらい驚いたし、この世界の金事情を知っていて尚且つ初めてドラゴンの貴重部位を換金した事になるリーリエは更に驚いていた。


 でもって、竜核(りゅうかく)を売った俺達はその足で武具屋を目指していた。折角軍資金が手に入ったんだ、早めに装備を整えるに越した事はない。


 武具屋に向かう途中でマジックポーチと財布、それとアイテムポーチと呼ばれるものも買った。三つで三十万ゲルトだった。


 竜核(りゅうかく)の換金額三百万ゲルトは俺の提案で山分けにして、手に入れた百五十万の内五十万は貯金に回した。貯金は大事ダヨ~。


 ここから購入した道具分を差し引いて今の手持ちは七十万ゲルトだ。大分使ったなオイ。


「いやー予想はしてたけどマジックポーチ高いねぇ」


「スレイヤーの必需品ですからね。使用範囲の広さから考えても妥当な値段ですよ」


「ごもっとも。しかしマジックポーチとは別にアイテムポーチってのも必要なんだな」


 そう言って俺は腰にあるもう一つのポーチを撫でる。こちらはマジックポーチと違ってドラゴンの素材等といった大型の物を入れるわけではなく、出先で使うアイテム……水や携帯食料、回復液(ポーション)の類を入れるための物らしい。


 このポーチもある程度伸縮は利くらしいが、マジックポーチのような反則的な収納性能は無いので、元の大きさがマジックポーチの三倍ほどある。


「マジックポーチはあくまで大きくて重量のある素材を運ぶために用いる物ですから……もしアイテムと素材をごっちゃにしてマジックポーチに入れると大変な事になりますよ?」


「肝に銘じておきます……そう言えば、今リーリエが担いでる――魔導杖(ワンド)、だっけ? それって今から行く武具店で買った物だったりすんの?」


「いえ、これは魔導士(ウィザード)の武具を専門としている別のお店で作って貰った物です。魔導杖(ワンド)は近接武器とは構造も用途も大きく違うので、お店自体も分かれているんです」


「はえー。て事は既製品じゃなくて特注品(オーダーメイド)か?」


「そうですね。私の場合、使える魔法の兼ね合いで一般的な万能型の魔導杖(ワンド)ではどうも合わなかったので、光と闇に特化した物を作って貰ったんです。お値段は張りましたけど、武器の相性はスレイヤーにとって大事な事ですから」


「ああ、確かに大事だな。自分の命に直結するもの」


「はい。さて、そろそろ着く筈なんですが……場所と名前は知ってるんですけど、実際に入った事は無いお店なんですよね」


「そらそうだろうな、魔導士(ウィザード)とは畑(ハタ)が違う連中の為の店なんだろうし……お、ここじゃねぇか?」


 俺達の前に現れたのは、「いかにも」という感じの建物だった。壁のガラスの向こうには剣、槍、フルプレートの鎧等が展示してあり、入口の上には《武具屋・竜の尾(ドラゴンテイル)》と書かれた巨大な看板が見えた。その脇には「ギルド公認店」の文字もある。


 店内へと入ると、所狭しと武具が展示してあった。奥にあるカウンターには立派な髭を蓄えた一人の老人が椅子に腰を掛けていたが、俺達に気付くとゆっくりこちらへと視線を向ける。


 顔こそ老いを感じさせるが、その身体は服の上からでも分かるほどガッシリとしていた。身体的特徴を見る限り、恐らくドワーフだろう。


「いらっしゃい」


「どうも。武具を見繕いたいんですけど、店内少し見て回ってもいいですかね?」


「ああ、気が済むまで見てくれ」


 そう言った老人は俺の姿を見ても全く動じていない。年の功という奴だろうか。どこに行ってもこういう反応だったら嬉しいんだけどなぁ。


「ムサシさん、どんな武器を使うか決めてるんですか?」


「それなんだが……剣を使ってみようと思ってる。いや、っていうのも俺今まで基本的に素手でばっか戦ってたから、この機会に自分の手札(カード)を増やしたい訳よ。んで、考えた末選んだのが剣」


「す、素手……成程、ちなみにどうして剣を選んだんです? 他にも槍や鎚もありますけど」


「浪漫だから」


「えっ」


「剣とは! 男であれば一生に一度は使ってみたい夢と浪漫とカッコよさが詰まった武器だからだ!!」


 拳を天に突き上げ、俺は高らかに宣言する。だってそうだろ、基本剣なんて漫画やアニメの中でしかお目にかかれないし。もし、日本の街中で振り回したりなんかした日には銃刀法違反で一発で逮捕(パク)られる。


 心なしかリーリエが引き攣った笑みを浮かべている気がする。別にいーもん! この気持ちは男にしか理解できまい!


 そんな俺の背中にポン、と一つ手が置かれた。振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべたあのドワーフのおっちゃんが立っていた。


「兄ちゃん……よく分かってるじゃねぇか」


「! 分かりますか、この気持ち!!」


「ああ!」


 ガッシリと、二人で握手を交わす。今ここに、漢と漢の熱い友情が誕生した……気がする。


「ワシはここ《竜の尾(ドラゴンテイル)》で店主兼鍛冶師をやっとるゴードンだ。兄ちゃんの使う剣は是非ワシに見繕わせてくれ。そっちのお嬢ちゃんは付き添いか?」


「は、はい。私は白等級スレイヤーのリーリエといいます」


「同じく白等級スレイヤーのムサシです」


「おう、よろしくな二人とも。さて、一口に剣と言っても様々ある。片手剣、両手剣、双剣……ムサシの場合は、体格からすると両手剣が合うと思うんだが……これなんかどうだ?」


 そう言ってゴードンさんは店内にある剣の中から一振りの両手剣を持ってくる。サイズは他に置いてある両手剣よりも一回り大きく、刃も分厚い見事な一振りだった。


「カッチョイイっすねぇ……ゴードンさん、素振りとかできる場所あります?」


「ああ、こっちだ」


 そう言われて案内されたのは、店舗の中に作られた中庭のような場所だった。広さは十分、これなら大丈夫そうだな。


「今はお前さん達しかいない。思う存分振ってくれ」


「ではお言葉に甘えて……」


 中庭の真ん中に陣取り、剣を構える。剣道の心得は無いが、取り敢えず全力で振り下ろしてみよう。


「ふぅー……」


 息を吸いながら上段へと剣を持っていく。ビキビキと筋肉に力が張り巡らされていき、着ていたつなぎがパツパツになった所で――


「噴(フン)ッッッ!」


 呼吸が止まった次の瞬間、俺の全力を以って剣が振り下ろされた。


「きゃあっ!」


「うおっ!?」


 ドン! という轟音と共に、踏み込んだ右足が地面に小さなクレーターを作った。砂塵が舞い上がり、中庭が土煙に閉ざされる。暫くして視界が明けた時、俺は自分の手元に視線を下ろした。


「――あっ」


 驚くほど間抜けな声が、口から零れ落ちた。


「ゲホッゲホッ……いやぁ凄まじい力だな――ん?」


「……えっ? あの、ムサシさん。 剣は?」


 二人が困惑した表情で俺を見てくる。一方の俺はダラダラと冷や汗を流しながら自分の手元に視線を落としていた。


 そこには、剣の柄があった。である。


「……やべえよやべえよ! 売り物壊しちゃったよ!!」


「おおお落ち着いて下さい! 剣身は一体どこに……」


「――あそこだ」


 慌てふためく俺達とは対照的に、ゴードンさんは静かな声で中庭の壁の一点を指さす。


 そこには、と思われる剣身が、レンガ造りの壁に深々と突き刺さっていた。

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