第9話:すまん、武器屋のおっちゃん!!

「マジかよ……あの、ゴードンさん?」


「…………」


 ゴードンさんは俺の問いかけに答えず、つかつかと剣身が突き刺さった壁へと歩いていった。


 そして、壁に刺さった剣身に手を触れる。その瞬間、剣身に無数のヒビが入り、次の瞬間砕けて地面へと落ちてしまった。


 気まずい沈黙が場を支配していたが、やがて小さく笑い声が聞こえ始めた。


「クックックッ……」


「「あ、あの……」」


「はーっはっはっはっ! いやぁ、まいった! こんな経験は初めてだ!」


 そう言ってひとしきり笑ったゴードンさんは、どこか晴れやかな笑みを浮かべていた。


「あの……怒ってないんすか?」


「いや? 壊れるような剣が悪いのであってお前さんに非は無いよ」


「でもあの剣、素人目線でも結構な業物だと思ったんですけど」


「そうだなぁ、最近作った剣の中では間違いなく一番の自信作だったな」


「オゥ……」


 げぇ、どっかから取り寄せたとかじゃなくてゴードンさんが直接打った剣だったのかよ! 何というか、気まずい。


「でもまぁ、壊れちまったものは仕方がない、気に病むな……しかし、その見てくれからしてかなりの力自慢だろうなとは思っとったが、これ程とはな」


 砕けた剣身と、俺から受け取った柄をしげしげと眺めながら言葉をこぼす。正直非常に申し訳ない気持ちで一杯である。


「だがこれだと、お前さんがまともに振れる剣は今はウチには……いや、待てよ? アレなら……だがしかし……いや、これだけの膂力があれば……」


 何やらぶつぶつと呟きながら、ゴードンさんは店の中へと消えていく。その背中を慌てて俺とリーリエは追いかけていった。


店内に戻った俺達は、そのままゴードンさんの後に続き倉庫と思われる場所に来ていた。


「こいつを見てくれ」


 そう言ってゴードンさんがカンテラで照らした所には、頑丈そうな鉄の台座に二振りのが置いてあった。


 はっきり剣と断言できなかったのは、その形が俺の記憶の中にある剣とは大分異なっていたからだ。


 それは、一言で言うなら巨大な麺切り包丁と鋸を足して二で割った様な剣だった。根元から伸びた刃は切っ先付近で直角に曲がり、背には拳程の台形の角ばった突起が十個程付いている。そして、形がおかしければそのサイズもおかしい。


 刃渡りは俺と比べても遜色無いほどの長さを有し、一振りの幅が俺の肩幅の半分程もある。六十センチ程ある柄の長さも合わせれば俺の身の丈を超え、その身の厚さは先程俺が破壊した両手剣の三倍はある。それが、二振り。


「これは親父の代からこの倉庫に保管されてるもんでな……見れば分かるが、剣としてはあまりにも異質な代物で――」


 ゴードンさんが更に説明をしていたが、あまりよく聞こえない。何故なら俺は目の前にあるこの二振りの剣から目が離せなくなっていたからだ。


 俺の脳が告げている。「この剣を取れ」、と。


「……ゴードンさん、持ってみても?」


「出来るなら」


 その言葉を聞き、俺は手を伸ばして柄を握り締め、ひょいとその剣を持ち上げた。


「――もしやとは思ったが、本当に持ち上げられるとはな。お嬢ちゃん、試しにもう一振りの方を持ち上げようとしてみな」


「は、はい……って、重っ! ピクリとも動きませんよこれ!?」


「安心しろ、それが普通だ。ワシだって持てん。恐らくここに運び込んだ時は数人がかりでえっちらおっちら運んだんだろう。で、どうだ? 振れそうか?」


「ええ、問題なさそうっすね。リーリエ、そっちの一振りも借りるぞ」


「あっ、はい!」


 もう一振りを左手に収める。いわゆる二刀流というやつだ。


「……もう一つ話をしておくとだな、その剣には取り回しの他にも欠点がある」


「欠点?」


「元になった重黒煌石(じゅうこくこうせき)は魔力(マナ)を通さないという特性を持っててな、それは剣として加工されたそいつにも受け継がれちまっているんだ。武器に魔力(マナ)を通して魔法と併用して戦うこのご時世、この欠点はかなり大きなネックとなると思うんだが」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。俺魔法使えないんで」


「は? それは一体どういう……」


「それに関して話すと長いんで……取り敢えず俺は魔力(マナ)も持たず魔法も使えない人間だって事だけ覚えていて貰えれば」


「はぁ? お前は一体……ああ、もういい。これ以上考えると頭が痛くなりそうだ……で、どうする? 素振りしとくか?」


「是非」


 ◇◆


 中庭に戻ってきた俺は、再びその中心に立つ。手には、光を反射し鈍い光を放つ二振りの長剣。アホみたいに重いはずの剣だが、全く苦にならない。むしろ異様に手に馴染むくらいだ。


「どーれ、じゃあやってみるか」


 剣の柄を人差し指と中指で挟み、ペン回しの要領でクルクルと回しながら俺はその場で二、三回軽くジャンプをして身体の重心を調整する。


「……なぁ、お嬢ちゃんよ。ドラゴンよりもアイツの方がよっぽど化け物じゃねえのか?」


「そ、そんな事無いですよ! ムサシさんはその……色々と規格外ですけど、根は優しい人なんです! 規格外ですけど!」


 ねぇ何で二回言ったの? 大事な事だから? 大事な事だから二回言ったの? まぁいいけどさ……今から更に規格外な事するけど驚くなよ。


「よし……フッ!」


 息を吐くと同時に、虚空に剣を奔らせる。さっきの様に最初から全力で振り下ろすのではなく、横薙ぎ・斬り上げ・袈裟斬りといった感じに次々と剣を振るう。


 その太刀筋はお世辞にも美しい物とは言えないだろう。今の俺の剣技は、自分の本能に従った我流。


 型もクソも無いので、ただひたすら力任せに、己の最速を以って剣を振るう。一応、二刀流の利点である手数を生かせるように左右交互に振るように意識はしているが。


「おいおい……アイツはドラゴンをみじん切りにでもするつもりか?」


「剣が見えない……」


 ある程度振るった所で俺は柄の根元を親指と人差し指で握り、大きく振りかぶった。


「――破(ハ)ッッ!」


 一瞬の脱力。その後全身に力を入れ、両手剣の時の様に全力を以って振り下ろす。踏み込んだ右足が地面を砕き、剣が風を切る音が響いた。


「……うん、いいね。最高だ」


 俺の手元には、持ち出した時と寸分たがわぬ姿の双剣。折れる事も、曲がる事も無く見事に俺の力に応えてくれた。


「ゴードンさん! これ買います!」


「お、おう……もうなんか、いいよ。無料(タダ)であげるわソレ。もともといつかは処分しようと思ってた物だし、どの道お前しか使えん」


「マジすか!? あざっす!」


 やったぜ、まさかタダでこんな素晴らしい武器が手に入るとは……俺のスレイヤー人生、中々幸先がいいかもしれねえな。


「しかし、何から何まですみませんね……あの、やっぱり代金は支払いますよ。ここまでして貰って無料(タダ)で譲り受けるのは流石に心が痛むというか……」


「ああ? 気にするな……と言いたい所だが、それじゃお前さんは納得し無さそうだな。うむ……それなら、一つ頼み事がある」


「頼み事、ですか」


「うむ。お前さんはスレイヤーだ。これからドラゴンと腐るほど戦うだろう? だったら、偶にでいいから店に来て戦った時の剣の使用感や戦いの中で気付いた事があればワシに教えてくれ」


「……うーん、それが代金の代わりでいいんですか?」


「ああ。ワシにとって鍛冶とは生き甲斐であり、人生だ。お前さんがもたらした情報の中に、ワシ自身の鍛冶能力を向上させるキッカケがあるかもしれん。それは、どんな金銀財宝よりも価値がある」


「なるほど、そういう事であればいくらでも話を持ってきますよ」


「それとだ、その剣に名前を付けてやれ。初めて手にした剣、名無しでは可哀想だ」


 そう言い残してゴードンさんは倉庫のある方へと消えていく。名前、名前ねぇ……。


「……俺の名前は武蔵(ムサシ)で、振るう剣は二本」


 だったら、名前なんて決まってる。いるよな? 日本人なら誰でも知ってる大剣豪が。


「――金重(かねしげ)」


 かつて、天下無双と謳われた二天一流の開祖・宮本武蔵が使用したと言われる名刀。


 俺がその名を与えた瞬間、微かにその刃が鈍く光った気がした。

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