第7話:異例!?ギルドマスターの面接

「――よく来たな。まあ座ってくれ」


 部屋に入って聞こえてきたのは、静かながらも雄々しく覇気のある男の声だった。


 その男は部屋の中央に設置された大きなテーブルを挟むようにして奥の椅子に腰かけ、悠然とこちらを見据えていた。


 促されるままに、俺とリーリエは手前の椅子に腰を掛ける。……この椅子小さいな、おケツがはみ出る。


「さて、まずは自己紹介からか。オレはここミーティンのギルドマスターをしているガレオだ。よろしくな」


 ガレオと名乗ったオレンジの髪の男が手を差し出してきた。見た目的には俺よりも年下に見える。体つきも俺には及ばないがギルドマスターと呼ばれるにふさわしい恵体だ。


「ムサシです。初めまして、ギルドマスター」


「聞いてるよ。後オレの事はガレオでいいぞ、お前はここで唯一の同い年だからな」


 年齢一緒かよ! てかそんな理由で呼び捨てにさせんの!? 別にいいけど!


「そっちは白等級スレイヤーのリーリエだな」


「はっ、はい!」


 ガチガチに緊張しているリーリエを見て、ガレオは苦笑している。普段はあんま顔合わせない感じかね。しかし流石ギルドマスターと呼ばれるだけあって、俺の姿を見ても全く動じていないな。


「さて、こちらの話をする前にまずはムサシのスレイヤー登録に関してだが……おめでとう、今日からお前はギルド所属の白等級スレイヤーだ。これからの活躍を期待しているよ」


「やった!」


 ガレオの言葉を聞き、リーリエが小さくガッツポーズをする。お前さんはどんだけいい子なんだ、泣きそうだぜ。


「あざっす……なんか拍子抜けだな。てっきり何か言われるものかと、魔力(マナ)の事とか」


「ああ、その事か。確かに珍しい事例だと思うぜ、オレ自身魔力(マナ)も魔術回路(サーキット)も持たない人間なんて初めて見たからな。ただ、あくまで極めて珍しいってだけで、そういった人間がいないわけじゃ無い。それにギルドの規定に『魔力(マナ)を持たない者はスレイヤーになれない』なんて決まりは無いからな」


「なるほど、そりゃ俺にとってもありがたい」


「ただ心しておいてくれ。スレイヤーとは人類にとって盾であり矛だ。民がドラゴンの脅威に晒されれば真っ先に戦場へと送られる。そしてその守るべき民にスレイヤーとしてあるまじき行為を行った場合は……それ相応の処置をとらせて貰う」


 なるほどね、罪を犯せば……この場合、命を取られる事もあると考えた方がいいだろう。


「了解、覚えておく」


「そうしてくれ。さて、今度はこちらの話なんだが……確認しておきたい事があってな」


 そう言うと、ガレオの目が僅かに鋭くなる。その視線はまっすぐ俺に向けられていたが、この程度で動じる俺ではない。十年前ならいざ知らず、今は体がデカくなって心もデカくなったからな。


「アリアから一通りは聞いている。ムサシがどういう生活をしていたか、お前達二人がどうやって出会ったか、それからこのミーティンに来た経緯もな。その上で聞きたい――二人が魔の山深部で碧鋭殻竜(ヴェルドラ)に遭遇し、それを討伐したというのは本当か?」


 ああ、聞きたいのはその事か。まあ疑われるのも無理はないよなぁ、あのクラスのドラゴンは等級の高いスレイヤーのパーティーで討伐するのがセオリーみたいだし。


「本当だよ。確かに俺達はあそこで碧鋭殻竜(ヴェルドラ)を仕留めた」


「私は逃げてただけですけどね……あの時はムサシさんが助けてくれなかったら今私はここにはいません」


「その討伐を証明できるものはあるか? 碧鋭殻竜(ヴェルドラ)の素材とか」


「あぁ、あるよ。確か全部リーリエに預けてたよな?」


「はい、全てマジックポーチに入っていますよ。ただ、ここで出すのは……」


 ポーチを手で撫でながらリーリエが言い淀む。その様子を見たガレオが顎に手を当てながら問いただしてきた。


「なんだ、出せない理由でもあるのか?」


「いえ、出せるには出せるんですけど……その、量が多くて」


「そんな事か。別に全身の素材を見せろって訳じゃない。外殻一枚とそうだな……竜核(りゅうかく)があれば見せてもらいたい」


 竜核(りゅうかく)――リーリエから聞いた話じゃ、ドラゴンの心臓にあたる素材だと聞いたな。


 この竜核(りゅうかく)の有無でそいつがドラゴンかどうか決まる。例えば見た目が明らかな獣や昆虫だったとしても、竜核(りゅうかく)を持っていたらそいつはドラゴンって塩梅に。


 で、碧鋭殻竜(ヴェルドラ)の竜核(りゅうかく)は確か解体した時に取って来た筈だ。


「それでしたら大丈夫ですね。えーっと……すいませんムサシさん、ちょっとマジックポーチから取り出してくれませんか?」


「ん? あぁ、デカくて重いもんな。任せろ」


 普通倒したドラゴンの素材はパーティーのメンバーで協力してポーチに入れるらしい。だがあの場には俺とリーリエしかいなかったので、リーリエがポーチを広げそこに俺が素材を片っ端からぶち込んで入れていた。リーリエ一人じゃどう考えてもしんどそうだったからな。


 とにかく、そうして手に入れた素材は帰ってきてから換金所に併設された広いスペースで、ポーチをひっくり返してまとめて出すんだとか……出す時大雑把すぎね?


「えーっと、殻はまずこいつ」


 そう言って俺が引っ張り出したのは、碧鋭殻竜(ヴェルドラ)の巨大な頭殻だった。


「ちょっ、おま! なんでよりによって頭殻なんだよ!」


「え? デカい素材の方がインパクトあるやん? あとこれが竜核(りゅうかく)ね」


 ガレオが困惑している隙に竜核(りゅうかく)も取り出す。それを見たガレオとアリアが息を呑んだ。


「お、大きい……!」


「……成程、こいつは大物だ」


 俺が片手で持った竜核は今だに力強く輝いており、その素材としての価値の高さを伺わせる。


「しかしお前、よく片手で持てるな……」


「こんなの重いうちに入らねえよ。さて、これで信じてもらえたか?」


「ああ、もう十分だ。ポーチにしまってくれ」


「あいよ」


 納得してくれたようなので出した物を再びポーチにしまい込む。しかしこのマジックポーチというのは不思議だ、口はドラゴンの素材を丸ごと入れられるくらい広がるのに、入れ終われば元の大きさに戻る。ゲームに出てくるアイテムボックスみたいだ。


「よし、取り敢えずこちらの用件は済んだ。手間をかけさせてすまなかったな」


「いえいえ、納得してもらえたのならそれで。さて、じゃあ俺達はもう行っていいか?」


「ああ、待て。これを」


 そう言ってガレオが俺に手渡してきたのは、一つの白いドックタグのような物だった。そこには俺の名前と種族、性別と年齢が刻印されている。


「等級認識票(タグ)だ。スレイヤーの身分を証明するものでもあるから肌身離さず持っておけ。更新は一年ごと、歳を重ねる毎に新しいものを渡す」


「相分かった。無くさないようにするよ」



 ――こうして、俺はスレイヤーとなった。どんな日々が待ち受けているのか、色々と楽しみだな。



 ◇◆◇◆  


 

「……行った、か」


 今しがたこの部屋に来ていた二人が退室したのを見届け、オレは大きく息を吐く。そのまま座っていた椅子の背もたれに身を預け、天井を仰いだ。


「お疲れ様です、ギルドマスター」


「ああ。しかし、とんでもない新人が現れたもんだな……」


「えぇ、そうですね」


 正直、アリアから彼等――正確にはムサシについての報告を受けた時は眉唾物の話だと思った。だがこうして実際に相対して分かったのは、報告を受けた話が全て真実だという事だった。


「……彼等の前に碧鋭殻竜(ヴェルドラ)の討伐報告が上がったのはいつだ?」


「直近ですと四年前ですね。その時は赤等級四人と青等級二人の六人パーティーで討伐したそうです。ただ、その場所は魔の山ではなく、そのヴェルドラもムサシさんとリーリエさんがおっしゃっていた個体よりも小さい個体だったみたいですが」


 その話を聞き、二人が見せてくれたヴェルドラの素材を思い出す。あの頭殻と竜核の大きさから察するに、体高は優に六メートル、全長に至っては二十メートルに届くような個体だったのではないだろうか。


 仮にそうだとしたら、例を見ない成長を遂げた個体だったという事になる。恐らく、魔の山という過酷な環境が規格外のサイズのヴェルドラを生み出したのだろう。


「しかし、よろしかったのですか?」


「何がだ?」


「新人とはいえ、実質ソロでヴェルドラを討伐するような者を、白等級スレイヤーとして遊ばせておくというのは……」


 冷静なギルドの人間としての意見。オレはふっと息を漏らしてから答える。


「仕方あるまいよ、いくら実力があっても規定は規定だからな……なんだ、その顔は。言いたい事がありそうだな?」


「いえ、今まで何度もその規定を〝捻じ曲げてきた〟人間が白々しい事を口にするものだな、と思いまして」


「お、お前も言うようになったな……」


 まぁ、アリアのいう事もわかる。あれだけの戦力、最初から青等級でも与えてギルドの近くに置いていた方が色々と都合がいいとは思う。だが……。


「仮にあの場で高い等級を与えても、ムサシは納得しなかっただろうし手綱を握るのも不可能だったと思うぞ。アレはそんな生易しい存在じゃない」


「……紫等級スレイヤー、【煉獄】のガレオを以てしても、ですか?」


「ああ。オレの殺気を浴びても眉一つ動かさなかったうえに、途中からオレの方が奴の気に呑まれていたからな」


 ふぅ、と息を一つ吐き、オレは彼等が出ていった扉を暫く見つめていた。

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