第三十六節 繁栄の裏側
闇オークション開催日まで、あと一週間と迫った日。その日四天王と最高幹部たちは、当日の作戦実行についての確認を行っていた。まず確認する点は、商品略奪後の撤退方法についてだ。
「キゴニス。ボスから命じられていた商品回収後の撤退方法について、なにか策を講じることはできましたか?」
ヴァダースが会議に列席していたキゴニスに話題を振ると、彼は資料を会議参加者に渡しながら説明する。
現状、空間転移を用いる撤退は不可能に近いとのこと。略奪する商品には特殊な魔物も存在しており、それらを丸ごと転移させるための能力は、カーサにはないというのがキゴニスの答えだった。しかし打開策がない、というわけではないようで──。
「こちらの命令に服従させるような暗示をかける薬を調合して、闇オークション開始後で魔物に打ち込んでおけば、近くのアジトまで連行させることは可能という結論を出しました」
「調合薬、ですか……。必要分を一週間のうちに用意できる可能性は?」
「僕は薬物に関しては門外漢なので善処はしますが、完成は作戦前日ギリギリになるかと思いますねぇえ」
「つまり完成した薬の効果を検証する時間はない、と?」
「恐れながら……」
深々と頭を下げるキゴニス。その態度からは謝罪の意が込められている、ということは理解できた。専門外のことでありながら、ここまで策を練れたことは僥倖と捉えるべき、なのだろう。贅沢を言っても仕方ないか。
「まぁいいでしょう。それならば早速作業に取り掛かってください」
「御意に」
「それとは別件で、至急持ち運びのできる通信機器も用意してください。魔術による通信は、最悪の場合気取られることがありますので。なるべく小型のものでお願いしますよ。こちらは貴方の専門分野にも被っているでしょう?」
「り、了承しました……」
追加で要望を出し、そのままキゴニスを退席させた。自分としてはいち早く調合薬製作のために彼に時間を与えた認識だったが、紅一点が苦言を呈する。あからさまではないか、と。
「そんなに目に見えた反応でしたか?」
「……アンタ、キゴニスのこと疑っているの?一応はボスも認めた四天王よ?」
「ああ……そのことですか。確かに実力はあるのでしょうが、彼の経歴がどうしても信頼に待ったをかけるのですよ」
「元世界保護施設の人間、という点がですか?」
カサドルの質問に頷くことで肯定する。杞憂に終わればいいと思っているが、それでも彼にはあくまで裏方に回ってもらった方がいいと判断した。今のところは怪しい行動もないが、目を光らせているとキゴニスに暗に伝えておいて損はないだろう。
シャサールはヴァダースの説明に納得はしてくれたのだろう、それ以上言及することはなかった。
話題は当日の流れについてに切り替わる。まずは、キゴニスが調合する薬品が完成したとして、実際にそれを投薬する時間帯があるのかどうか。
闇オークション終了後から舞踏会が開かれるまでには、数十分の休憩時間ならびに準備時間が設けられている。オークション会場をそのまま舞踏会の会場として利用するための時間だそうで、その間参加者は別の部屋に通されることになるらしい。
「本来の作戦通りなら、商品が運び出される瞬間に奇襲をかけるってことになっているけど……。闇オークション終了後の投薬は、そうね……私の影の使役はまだそこまで精度が高いものじゃないけど。時間をかけてもいいのならできないことはないわ」
「あまり時間はかけられないという前提ではあるがな……」
カサドルの指摘に、そうね、とシャサールが苦し気にため息を吐く。空間転移の力がないことで、ここまで悩まされることになるとは。なかなかいい案が浮かばないなかで、閃いたと言わんばかりに表情が明るくなったメルダーが提案する。
「投薬は闇オークション終了後ではなくて、商品が競り落とされて倉庫に運び出される瞬間を狙ってというのはどうでしょう?こちらには商品リストもあるから、先回りできますよね?」
名案だと思いませんか、目をキラキラさせながらこちらを見るメルダーの声なき声に、思わず引いてしまった。しかし彼にしてはいい考えだと思ってしまうのだから、何も反論することはできなかった。
「まぁ……貴方にしては、珍しく筋の通った案だと言えますね……」
「本当ですか!?」
「……、他にいい案も思い浮かびませんし、ベースとして使ってもいいでしょう」
「カサドルとシャサールも、それでいいですか?」
まるで子供のように自分の意見の是非を問うメルダーに、二人も何も反論しようとは思えなかったようだ。シャサールは苦笑しながら彼に声をかけた。
「異論ないわ。それにしても、随分と嬉しそうね?」
「そりゃあ、ダクターさんが久々に褒めてくださいましたからね!嬉しくもなるってもんですよ」
「ふふ、そう。それはよかったわね?」
あんまりイジメちゃだめよ、とシャサールの目が雄弁にヴァダースに語り掛ける。そんな視線を投げてきた彼女に対してため息で返事を返し、とにかくと次の議題に映ることにした。
アジト本部の防衛について、リエレンからの報告を受ける。万が一の防衛の際には、指揮はカサドルの部下であるベレトゥという人物と共に行う予定だとのこと。人選についてはまずリエレンがカサドルに依頼した形であり、彼の部下の中から一番信頼のおける人物を紹介してもらったのだそうだ。それならば安心できると安堵する。
配置はまず、アジト周辺には匂い等で対応できる魔物で周囲環境の調査ならびに侵入者の早期発見を目指す。またキゴニスの発明品の一つに状況をリアルタイムで中継できる機械を置くことで、より情報の精密度の上げるとのこと。
そしてアジト内には小回りの利く戦闘員を多く配置し、外で打ち漏らして内部に侵入してきた相手に対応する、と。大方いい作戦だろう。万に一つもないだろうが、徹底した配置になっている。これならば確かに、アジト崩壊を危惧する必要はないだろうと思えるくらいだ。
「いいでしょう。リエレン、指揮にあたる人物ともなるべく連携を取り、当日までに防御力を高められるようにしてください」
「了解」
あらかた話もまとまったところで、解散となる。幹部の執務室に戻ったヴァダースとメルダー。ヴァダースは残っていた仕事に取り掛かるなか、メルダーは改めて闇オークションについての詳細が記されている書類に目を通していたらしい。思い出したようにそういえば、と言葉を漏らした。
「気になったんですが……今回の闇オークションの主催であるレーギルング家、でしたっけ?彼らの交易相手って結局どこの組織なんでしょうね?」
「なんですか、藪から棒に」
「考えてたんですよ。いくらレーギルング家が莫大な資産家であるとして、密輸の手助けをするとして、それで彼らのメリットって何かなって。だって仲介業者って言ったって、何か利益があるからこそその役割を請け負っているってことですよね?」
「そうでしょうね。そうでなくては、裏世界ではただの馬鹿扱いですから。危ない橋を渡るのですから、それなりの利益がなければまず行わないでしょう」
「でもその利益って、たかだかそこら辺にいる密猟者たちに用意できるものなんでしょうか?普通に考えれば、全然釣り合わない者同士ですし……」
メルダーの言葉に、改めて考えてみればおかしい点があることに気付く。確かにいくら彼らが密輸用の船を用意できるとはいえ、密猟業者たちが船を用意するのに値する相手かどうかは別問題だ。
仲介手数料を多く算出し利益を得るとしても、それ相応の金額が用意できる相手でなければ、かえってレーギルング家にとって不利益が増すだけだ。レーギルング家にとって利益になる存在かつ、莫大な金を用意できる密猟業者。そんな組織が存在するかと尋ねられれば、可能性は低いと考えられる。
しかし実際にレーギルング家は今もなお密輸の仲介役を担い、利益を得ていると思われる。だからこそ闇オークションを開催できる。ここから考えられることは──。
「レーギルング家を支えるためのバックボーンが、存在している……?」
「それってつまり、何かが繋がっているってことですか?」
メルダーの質問に頷くことで肯定する。
最終的にレーギルング家の利益になる組織が存在して、その組織が密猟業者を斡旋していると仮定するならば。それは裏組織に精通していて、なおかつ大規模な組織であることに間違いはないだろう。そして密猟業者を匿うことで自分たちにも利益が齎されると、理解できている組織となると──考えられる可能性は、一つしかない。
「世界保護施設……」
言うが早いか、ヴァダースは闇オークションの参加者リストを見直す。次に彼はメルダーに、そこに記されている名前の人物の経歴をカサドルに調べるよう指示を出してほしい、と依頼した。期間が短いのでできる範囲で構わない、と告げて。
混乱しながらもメルダーは急ぎ執務室を出て、カサドルのもとへ向かうのであった。
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