第三十七節 気持ちを落ち着かせる

 闇オークション開催当日。実行部隊であるカサドルとシャサールは現場に先行させ、ヴァダースたちはまず、会場に一番近いアジトに向かう。そこで、会場に潜入するためのドレスコードに着替える手筈になっているのだ。

 また今回の闇オークションでは参加者は素顔を隠すため、ベネチアンマスクをつけることが義務化されているらしい。前日にローゲからその情報が直接伝えられ、二人は彼からマスクを受け取っていた。


 ヴァダースはいつも身に着けている眼帯を外し、鏡を見た。当時受けた傷はとうに塞がってはいるものの、抉られた皮膚の部分は変色したまま。まるであの時のことを忘れさせないようにと、身体があえて痕を残しているようにも思える。

 痛みはないが、改めて傷跡を見て我ながら痛々しいものだなと自嘲する。そんな様子にメルダーが不審に思ったのか、声をかけられる。


「ダクターさんのその右目って……」

「……ああ、これですか。まぁ、私自身の能力のようなものです。貴方には関係ありませんよ」

「いえそうじゃなくて!その……痛まないんですか?」

「痛みませんよ。もうずいぶん古い傷ですから」

「そう、ですか……」

「同情ならいりません。別に目が見えないってことではありませんし」


 しおらしくなったメルダーに対して少々鬱屈感を抱きながらため息をつけば、そうではないと反論の言葉が飛んでくる。


「俺、ほんとダクターさんのこと何にも知らないんだなって思って。折角同じ最高幹部なのに、何が好きとか嫌いとか、今までの経歴だって全然知らなくて。俺、もっとダクターさんと仲良くなりたいなって思ってるんですけど……」

「ここは学生が通うような学園ではありません。それに私は別に、貴方と友情を深めるつもりはありませんから。同じ最高幹部として恥のない働きをしてもらえれば、それで結構です」

「そ……そうですか。えっと……さ、作戦前なのにすみませんでした!」


 言葉の端から伝わってきたメルダーの落胆した様子に、若干の苛立ちを覚える。これではまるで、自分が彼を苛め抜いているようではないか。今の言葉に嘘偽りはないが、どうしてこう罪悪感を覚えさせられるのか。何度目かの大きなため息をついてから、仕方なしとヴァダースは言葉を続けた。


「……わかりましたよ。貴方、酒は?」

「え?酒なら大好きですよ!俺あんまり酔わないタイプなので、甘いのも辛いのもいくらでも飲めます!」

「なら今回の作戦が無事に完了できたのなら、一杯驕ってあげなくもありません」

「本当ですか!?」

「あまりにも貴方の態度があからさまなんですよ。私に罪悪感を植え付けないでいただきたい」


 その言葉に申し訳なさそうな謝罪の言葉が返ってくる。それ以上の言葉はかけず着々とドレスコードを身に着けていたが、着慣れていないのだろう、メルダーが途中でヘルプを要請してきたのであった。


 なぜ自分が着付けを教えてやらなければならないんだという不満を抱きつつも、なんとかメルダーの支度も終わる。そして出発の時間の前にアジトの裏側に回り、事前に手配した馬車の前で待機することにした。

 数分後、ベネチアンマスクとドレスコードを纏ったローゲが現れる。彼に一礼してから、三人は馬車に乗った。馬車は予定通りに闇オークション会場である古城へと向かっている。


 古城へ向かっている間、ヴァダースはある懸念を抱いていた。

 実は音楽貴族だった頃、レーギルング家とは何度か交流したことがあったのだ。確か最初に出会ったのは、レーギルング家が招待してきたパーティに家族で参加したときだったか。そこでヴァイオリンを披露したような記憶が、朧げに残っている。

 当時のレーギルング家当主がやたらと自分の音色を気に入ってくれて、そこから交流が深まり年に数回は両家で食事会などを開いていた。互いに良好な関係を築いていたことは確かだ。

 しかしレーギルング家当主の自分たちを見る目は、子供心にどこか恐怖を感じるものだったことを、ヴァダースは覚えている。今にして思えばそれは、欲望にまみれたものだったと推察できる。当時からレーギルング家は有名なコレクター一家でもあった。一度目に付けたものは、たとえどんな手を使ってでも手に入れたいと思うのだろう。彼らには、それを実行に移すための手段があるのだから。


 今回の闇オークションにレーギルング家が関わっていると気付いた時から、予感はしていた。もしかしたら、自分のことを知っている人物がいるかもしれないと。もし接触してきた時、自分はどう躱すべきなのだろうか。

 恐らくレーギルング家にも、ダクター家の跡取りであった自分が賞金首になっていることは伝わっているだろう。金に余裕はあるレーギルング家が、自分を売ることはないとは思う。しかし賞金首になった理由でもある右目を、彼らが知っているとなると。身を売られる以上の屈辱が待ち受けていることには違いないだろう。


「──ターさん……ダクターさん」


 不意に肩を揺さぶられる感覚に我に返れば、メルダーが不安そうな表情で自分を見ていたことに気付く。目の前に座っているローゲも自分のことを案じているようで、声をかけられた。


「どうしたダクター。気分が優れないのか?」

「……いえ、お気遣いなく」

「本当に大丈夫ですか?なんか、ぼーっとしていたみたいでしたけど……」

「考え事をしていただけです。任務に支障をきたすことはありませんので、ご心配には及びません」

「……そうか。ならば良い」


 それからヴァダースとメルダーは、ローゲからこれからの動きを聞く。

 今回招待状を受け取ったのはローゲだけだが、二人は彼の助手という名目で会場に連れてきたという設定、とのこと。ちなみにローゲは本名ではなく"アカツキ"という偽名で、裏社会では顔を利かせているらしい。そこでヴァダースとメルダーもそれぞれ"ツクヨ"と"ヒナタ"という偽名を使うことになった。

 闇オークション会場となる古城のホールへは招待状を持った人物だけしか、入場が許可されていない。そこで闇オークション開始後は二人にはエントランスで控えて、外で待機しているカサドルとシャサールの二人と随時連絡を取りながら、作戦開始の合図を送ってほしい、とのことだ。


 ちなみにキゴニスが仕上げた通信機はピアス型のものであり、ヴァダースとメルダー、そしてカサドルとシャサールの四名に配布されている。小型のスイッチを押すことで通信が開始され、もう一度スイッチを押すと通信が切れる仕組みとなっているらしい。古城を中心として半径50メートルの範囲内で通信が可能。急ごしらえにしては、いい出来だろう。さらにキゴニスが開発した調合薬は、シャサール達に持たせている。どうにか数も間に合ったようだ。


「……それで、事前に報告を受けたことについてだが。今回の参加者が世界保護施設の斡旋した密猟業者というのは、間違いないのか?」


 ローゲの問いかけに、ヴァダースは一つ頷くことで肯定する。正確性に欠けるが、と前置きを置いてから説明した。


 一週間前、闇オークションの参加者リストをもとにカサドルに彼らの経歴を調べるよう指示した結果、彼らにはある共通点が存在していることが発覚した。彼らは密猟業者となる以前はみな、世界保護施設の職員だったのだ。正確には現在も世界保護施設の職員でありながら、密猟業者として外で活動している秘匿された職員。

 簡単に説明するならば、彼らは世界保護施設によって保護されている密猟業者なのだ。つまり世界保護施設は、自分たちが囲っている密猟業者同士を貿易させているということになる。密猟業者たちは最終的に得た密売品を、言ってしまえば雇い主である世界保護施設に卸していると調べもついていた。


 世界保護施設が何故、そんな回りくどいことをするのか。恐らく原因はミズガルーズ国家防衛軍の監視の目から逃れるための隠れ蓑、といったところだろう。カーサも苦しめられているが、ミズガルーズ国家防衛軍の監視の目は鷹の目。一つの間違いでの一斉検挙など、造作もない。

 世界保護施設とは名ばかりで、その実態は生体実験プラントであることなど、彼らもとうにわかって行動を起こしている。ここ最近の世界保護施設の稼働停止状況を見れば、それは明らか。だからこその隠れ蓑なのだろう。


 あくまで正規の輸出入と偽れば、彼らの監視の目を欺ける。恐らく世界保護施設とレーギルング家との間で、何かしらの交渉が結ばれた。安全なルートで密輸が可能になる世界保護施設にとっては、勿論いい話だ。レーギルング家としても仲介手数料を余剰にもらえる上に密輸品の数点が手に入るとなると、これ以上の美味い話はない。進んで密輸の手助けをしていることも、頷けるというものだ。


「ただ全員が全員、そうだと言える確証はありません。現に出自不明の者も数名いることは確かですから……」

「いや、構わん。しかし短期間でよくここまで調べてくれたな。感謝するぞ」

「カサドルの仕事のお陰です」

「きっかけはお前たちだ。よくやってくれた。……となると、今回の闇オークションは十中八九、罠である可能性は大きいだろうな」

「罠、ですか」


 メルダーの言葉に頷くローゲ。その出実名の者というのが今回レーギルング家や世界保護施設が狙っている、本当のお宝なのだろう。それを確実に手に入れるためにレーギルング家が場所と機会を提供し、世界保護施設側が雇っている密猟業者たちに確保させる算段だろうというのが、ローゲの推察だった。

 予想しているより状況が悪いと考えるヴァダースとメルダーを尻目に、そんな状況であると理解してもローゲは笑みを深くした。


「いいじゃないか。それもすべて、我らカーサが手に入れてしまえばいい」


 面白いことになりそうだと呟いたローゲを前に、二人はそれ以上口を挟むことはできなかった。

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