第十八節 それからの日々は活力に満ちて

 正式なカーサの戦闘員として過ごす日々も、半年を過ぎようとしていた。ヴァダースは一か月後の誕生日で十四歳に入る前のこの時期に、どうやら遅めの成長期に入ったらしい。身長が一気に伸び始め、カーサに連れてこられた当初はシューラの胸元当たりだった身長が、今や彼女と同じ視線の高さで景色を眺めることができる。しかし成長期の仇というものだろうか、時折膝や腰の成長痛にやられていたヴァダースであった。そしてそのことをシューラはもちろん、トライやシャサール、ディーブにまでからかわれる始末。もう慣れてしまったことだが。


 半年を彼らと過ごしたことで、彼らの特性や得意とする分野、性格なんかもだいぶ理解できるようになった。

 まず三人の中でも力があり、指揮を執るのはトライが多い。戦闘面においては彼は格闘を要する戦い方を得意としており、術のそれも自身への能力付与に特化している。性格は多少粗暴であり、遊び人なところもある。また賭け事なんかも好んでいる節があり、よくヴァダースにも軽いそれを持ち掛けてくる場面も。

 一度熱が入ると周りが見えなくなりがちな部分もあるが、その都度シャサールやディーブに諭され、抑えられているところを見る。


 次に紅一点のシャサール。彼女はヴァダースと一番年齢が近い。聞けば差は三才ほどらしい。芯が強く、鋭い判断力を持っている。作戦行動に問題がある場合に、物怖じせずに発言する姿を見る。前面に出ようとはしないが、一歩後ろの位置で全体を俯瞰して見ることが得意みたいだ。

 戦闘面においては、幻術を得意としているらしい。接近戦の場合は鞭を使い牽制して距離を測っている。他にも何か術を研究しているらしいが、その詳細が明かされたことは一度もない。いわく、女の秘密だとか。


 最後に、同室でもあるディーブ。基本的にはのらりくらりとしているが、物事の核心を突く能力に関しては、誰よりも高い。楽観主義者のようにも見えるが、自分が逃げる算段は常にしている、狡猾な一面もある。

 戦闘面に関しては、彼は魔術の腕にたけている。トラップを仕掛け、相手を出し抜く戦法をとることが多い。相手の隙を突き、己のペースへもっていくことを得意としているので、迂闊に踏み込んではならない。訓練の時、ヴァダースもそれで何度騙されたことか。


 三人とも相手の領域に土足で踏み込みすぎない点があり、それがヴァダースにとっては救いであり、心地よい点でもある。からかわれることも多いが、結果的にこのグループには入れたことは僥倖に思う。


 その日もシューラからの指示で、魔物の捕獲の任務を果たし、無事に帰還する。捕獲した魔物はアジトの地下修練場へと連れていかれ、そこで調教されるのだ。その後従順になった魔物を使役する訓練が、正式なカーサの戦闘員には義務付けられている。今回はヴァダースとシャサールがその訓練を行うことと、彼らから任務報告を受けたシューラから通達があった。

 その後は待機を命じられた彼らは、遅めの夕食をとるために食堂に向かう。今晩のメニューはビーフシチューだ。ここでの食事にも慣れ、案外悪くないものだと感じるようになったヴァダースである。


「お前がグループに入ってから、魔物の捕獲の任務が楽になっていいぜ」


 固めのバケットを齧りながら、トライがからかうように笑ってヴァダースに話しかける。彼らの会話のきっかけは、トライによるヴァダースいじりが多めだ。この半年で嫌というほど痛感したヴァダースは、それでも一つのため息で返事を返してから答える。


「それは褒めていると捉えてもいいんですかね」

「んだよ、疑ってんのか?」

「貴方が素直になったところなんて見たことがないので」

「へーへーそいつは申し訳ございませんでしたお坊ちゃま」


 ため息をつきながら謝罪の言葉を述べるトライだが、その様子は全く悪びれても萎れてもいない。これもいつものことだった。そしてシャサールたちから茶々が入ってくるのだ。


「まったく可愛くないねぇ。そんなんで嫌われても知らないよ?」


 そう、こんな風に。これもいつものことだった。

 しかし、いつも言われたままでは癪というもの。仕返しにと、ヴァダースはシャサールに言葉を返す。


「愛されキャラなんて私には似合いません。ああ、貴女もそうですけどね」


 その言葉にシャサールはピクリと眉をひそめ、ディーブが笑う。シャサールは一本取られたなと楽しそうに話すディーブに、矛先を変えたようだ。笑っていたディーブが途端に悲鳴を上げる。どうやら、足をシャサールに踏まれたようだ。痛いと悲鳴を上げながら彼は素直に謝罪の言葉を口にした。


「あででで悪かったって!言い過ぎたって!」

「反省した?」

「したしたしましたですってシャサールお嬢様!だから足でぐりぐりすんなって意外とヒールがあるんだからな女性用の靴!?」

「はいはい、悪かったね」


 こんなやりとりが、いつもの彼らとのやり取りであった。まったく、犯罪組織集団だというのに、こんなにも穏やかな日々を送れることになるなんて。つくづく不思議な感覚だと思いながら、コクのあるビーフシチューを口に運ぶ。任務が終わって疲れた体にこの濃い味は効くと考えたヴァダースの耳に、他の戦闘員たちの会話が入ってきた。


「おい、聞いたか?また衝突があったってよ」

「何処とだよ?ミズガルーズとか?」

「ちげぇよ、世界保護施設とだよ。アイツら、こっちが仕掛けた罠を利用して捕獲した魔物を横取りしようとしてたんだ」

「ああ、あの名前だけ集団か。でも奴らには特段戦闘能力なんてないはずだろ?」

「それがここ最近、妙な生物を従えてるらしくてな。その生命体のせいで、こちら側に負傷者や死者が出てるって話だ」

「マジかよ……こりゃ、殲滅作戦が出てもおかしくねぇかもなぁ」

「だなぁ……はぁ。まったく面倒ばかりが起きる世の中だぜ」


 会話の内容は大体がこの感じだった。

 世界保護施設。何度かその名前を耳にしたことはあるが、いったいどういった組織なのだろうか。そう考えていたヴァダースの様子に気付いたのか、トライが話しかけてきた。


「おいお坊ちゃん、今の話聞こえてたんか?」

「え?ああ、ええまぁ……世界保護施設といった組織がどういったものなのか、あまり詳しくはないのですが。敵組織らしい、ということだけは」

「ならここで勉強しとけ。世界保護施設って組織は、名前以上にとんでもねぇ連中の塊だってことをな」


 そこからトライをはじめ、三人はその組織についてヴァダースに説明する。

 ヨートゥンにあるという世界保護施設。しかし安全性があるのは、その名だけ。その実態は他種族の実験や研究、殺処分を行う集団。人間だけで構成された組織であり、己の研究対象として魔物すら乱獲しているとのこと。また人間たちが自分たちの中に紛れ込んでしまった種族を手に負えなくなった時、高額な取引で買い取ることもあるのだとか。

 彼らに魔物を乱獲されては、カーサが使役のために従える魔物の数も必然的に減少する。放ってはおけない敵組織の一つなのだ、と。


「そいつらも今から二年前に、ある施設が村ごと事件に巻き込まれたはずなんだがなぁ。所詮は氷山の一角だったってわけか」

「事件?なにがあったんですか?」

「アウスガールズの南側にある、小さな村があったんだよ。名前が……なんつったけかな」


 唸るトライにシャサールが答えを告げる。

 その村の名前は、咲き誇る村ブルメンガルテン。花々が咲き乱れる美しい村だったはだが、いつしか世界保護施設の研究施設ができて、閉鎖的な村になってしまったらしい。

 そんな村が今から三年前、突如として施設もろとも氷で覆われ、死んでしまったというのだ。しかもその氷は普通の氷ではなく、マナで編みこまれたもの。つまり魔術が行使された形跡があり、単刀直入に言うと人為的に引き起こされた事故なのだと。しかし結局犯人はわからずじまい。事件はそのまま迷宮入り。そしてブルメンガルテンは今や、"死に村"と呼ばれているとのこと。


「ただ、噂じゃその施設にいた実験動物のガキが引き起こしたとかとも言われてるけどね」

「子供?」

「そう、しかもあんたよりも小さいくらいのガキの仕業かってな。もしかしてだけど、奴らの実験で暴走でも引き起こしたんじゃねぇんじゃないかねぇ」


 子供、実験と聞いてヴァダースはあることを思い出す。二年前といえば、ちょうどヴァダースが親戚に売り渡されそうになった頃だ。あの時は右目を起動して事なきを得たが、一つ間違えれば自分はカーサではなく、世界保護施設で実験動物にされていたかもしれない。今更ながらに発覚した事実に、人知れず息を吐く。

 そんなヴァダースを知ってか知らずか、三人は会話を続ける。


「そんな事件があったから、奴らの勢いは収まると思ってたんだけどねぇ」

「どうしてかこうやって今も積極的に活動してるってわけさ」

「そんなことがあったんですね……」

「まぁ、もしかしたらそのうち任務中に鉢合わせることもあるかもしれねぇな」


 訓練だけは常日頃からしておくか、と。トライがビーフシチューの肉を噛み千切りながら呟いたその言葉に、ヴァダースもそうですねと答えるのであった。

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