第三十九節 暖かい心
静寂に包まれている食堂内。四日前のこともあり気まずい雰囲気が漂っていたが、意を決したようにヤクが口を開く。
「あの……ルーヴァさん。本当に、ごめんなさい」
そう告げて頭を下げたヤクをしばし眺めたあと、ルーヴァはゆっくり、問いただすように彼に言葉をかけた。
「それは……なにに対しての、ごめんなのかな?」
静かだが、まるで射貫くような言葉。今まで聞かされた説教の言葉の中でも、何よりも威圧感と恐怖を感じるほどだ。不安そうに頭を上げたヤクは、ルーヴァの問いかけに対して己が考えて出した答えを伝えていく。
「……ルーヴァさんに魔術を習っていたのは、守りたいって思いよりもスグリをイジメている奴らを痛めつけたいって、思ったからなんです。その時の僕は、ルーヴァさんとの約束のこと、完全に忘れてました……」
「……最低だね」
「最低、です……。強くなれば、先に手を出してきたイジメている奴らを懲らしめられるって、思ってた。そんな我が儘でルーヴァさんのことも騙して、でもスグリを守るためならわかってくれるって……勝手に決めつけてました」
一つ一つ懺悔をするように、ヤクは自分の考えを零していく。スグリは何も言わずただ傍にいて見守ってくれている。
「それに、僕は不良生徒を殴っただけでほかの誰も傷付けてないって思ってたんですけど……それも間違いだって、気付かされました」
そう言いながらポケットから手紙を取り出す。スグリから手渡された、自分のクラスメイト──友達が書いてくれた手紙。誰かから手紙をもらえる日が来ることにも驚いたが、書かれてあった内容を読んであれほどまで罪悪感を覚えることになるとは思いもしていなかった。自分の軽率な行動のせいで、ここまで友達たちに心配をかけてしまったことに、心の底から申し訳なく感じて。
誰も傷付けていないなんてことはなかったのだと、改めて思い知らされた。
「友達に、心配をかけちゃったって初めて気付いて。こんなにも僕を気遣ってくれているって考えたら、心が痛くなりました。それでようやく、わかったんです。誰も傷付けたつもりなんてないって、思ってたのも……自分勝手すぎました」
「……」
「ルーヴァさんのことも、傷付けました。全部、本当にごめんなさい」
そう言ってもう一度頭を下げたヤク。自分の考えていたことは、すべて白状した。
ルーヴァはそんな彼を静かに、品定めをするように見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「……僕の故郷には、こんな言葉があるんだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しってね。何事もやりすぎるのは、やり足りないことと同じくらい良くないって意味なんだよ」
「ルーヴァさん……」
「僕に魔術を習う最初の目的は本当に、守りたかっただけかもしれない。だけどいつの間にか痛めつけたいって目的に変わってた。やり方も程度も間違えると、真実は捻じ曲がって伝わってしまう。今回、それが身に沁みてわかったんじゃないかな?」
「はい……」
「そして自分の軽率な行動のせいで、周りの人にどれだけ心配をかけてしまうのかもわかったよね?裏を返せばそれは、自分の周りには自分を想ってくれる人たちがいるってことなんだ。そんな人たちを自分の勝手で傷付けて、いいはずがないだろう?」
ルーヴァの言葉が、今は痛いくらいに響く。自分があまりにも独りよがりすぎたのだと、理解できていた。静かに頷いたヤクに、それにとルーヴァは付け加える。
「確かに約束を破ったことは許せなかったけど、それ以上に僕は悲しかった。自分の行いは正しいって、間違った正義を振りかざして誰かを傷付けようとしたことが、なによりもね。キミ達には、そんな風に間違った道に育ってほしくないんだ」
「……ごめんなさい」
「……いいかい、ヤク。それにスグリも。力そのものには、良いも悪いもない。全部は使う人の意識の持ちようで、簡単に善にも悪にもなるんだ。だから、覚えておいてほしい。力を持つものは決して、その使い方を誤ってはならないって」
ルーヴァは己が軍人であるために、いつもこのことに気を付けているのだと話す。軍人でなくとも力を悪用してはいけない、という彼の言葉に二人はしっかりと了承の返事を返す。二人の反応を確認して、ルーヴァにようやく笑顔が戻った。
「わかったうえで、もう一度僕とあの約束をしてくれるね?」
「はい。もう絶対に、約束を破ったりしないです」
「俺も。もしまた破りそうになったら、今度は絶対にそんなことさせない」
「ありがとう。なら、この話はこれでおしまい。ああでも、一つだけ。ヤク、この間は急に殴って、ごめんよ」
「ルーヴァさんは悪くないです!僕のせいなんですから」
ようやく三人の間にいつもの、いや、より強くも優しい空気が流れる。ルーヴァの思いを改めて感じた二人も、それからの学園生活を正しく生きるようになった。
******
それから月日が経つのは早いというもので、ヤクとスグリは十五歳となり、中等科最後の年の学園生活を送っていた。これまで様々な経験を謳歌し、思い出も増えた。中等科最後まで、二人はクラスが一緒になることはなかった。それでも互いに友達と呼べる人物も増え、寂しいと感じることはなかった。
そんな二人は今、一枚の紙を前に頭を抱えていた。その紙には希望進路と書かれてある。この中等科を卒業した後の進路を、二人は全く考えていなかったのだ。友達との会話の話題も最近はもっぱら卒業後の進路のこと。中等科を卒業した後いくつかの進路があることは、友達との会話の中で知った。
ある友達は家業を手伝い、ある友達はこのままエスカレーター式に高等科に進む。ヤクもスグリも最初は同じように、高等科に進もうと考えていたが。果たして本当にそれでいいのだろうか、と思い悩んでしまっていたのだ。
休校日の今日も部屋で進路に悩む二人。希望進路の紙の提出期限まで、そう短くはなかった。大きくため息を吐いたスグリが、ヤクに声をかける。
「なぁ、お前はどうする?」
「どうするも何も……わからないよ。どの道がいいのかな?」
「高等科に進むのも、悪くはないっては思うんだけどな。なんかこう、こう……」
「わかるよ。うまく言葉にできないけど、なんか思い止まっちゃうというか……」
「そうなんだよな~。本当にどうするかなぁ……」
はぁ、と重くため息を吐く二人。こういう時自分たちで考えても答えは出ず埒が明かないと思い、まずは身近な大人のリゲルに相談しようと落ち着く。善は急げと院長室に赴けば、リゲルは書類を整理していた。
彼は二人の来訪に、ある程度の予測は付いていたのだろうか。お茶を出すから座っていなさいと笑いかけてくれた。数分後、仕事の邪魔をしたことに謝罪を入れてから用意してくれたお茶を飲み、二人は早速本題に入る。
「なぁリゲル。中等科を卒業した後の進路のことで、相談したいんだ」
「そうだろうと思った。ここ最近、ずっとそれで悩んでいたようだったからな。いつ相談に来るかと待っていたくらいだ」
「ありがとうございます、院長先生。その……僕たち、どうしたいのか自分たちでも全然わからなくて」
考えても行き詰まっていたので、何か他の道があるのかどうか救いの手が欲しいとリゲルに話す。順当に高等科に進学することも悪くないと思えるはずなのに、なぜかあと一歩が踏み出せない、とも。話の流れから、リゲル自身はどう進路を決めたのかと尋ねてみることにした。
「リゲルは当時どうしたんだ?」
「私かね?そうさなぁ……私の家系は代々医者をしていてな。それもあって私も漠然と将来は医者になるって決めていた。だから今のお前たちのように迷うという選択肢は、もとからなかったのだよ」
「そっか……」
「でも、僕たちと同じ学園に通ってたんですよね?」
「ああ、そこはお前たちと同じだ。私もその学園の卒業生だぞ。進路を決める頃の私は、今まで家族がなったことのない医者になろうと考えていた。それもあって、ミズガルーズ国家防衛軍の軍人となるため、軍の士官学校に通うことにしたのだよ」
彼の言葉に衝撃を受ける。リゲルがまさか、軍に所属していた時期があったとは思いもよらなかったのだ。驚愕のあまり言葉を失ってしまったヤクとスグリの様子に苦笑してから、リゲルは話を続ける。
「驚いただろう?これでも元軍人で、軍医を務めていた時もあったのだよ」
「それがどうして、今は孤児院の院長を?」
ヤクの質問にリゲルは、ややあってからどこか懐かしむような、後悔を思い出しているような、なんとも言い表しようのない表情で語る。
「軍の任務で遠征によく赴いて、そこで自分が想像した以上の数の孤児たちと出会ってな。彼らとやり取りをしていくなかで、その孤児たちの受け皿となる場所が必要だと感じたのだ」
「受け皿?」
「孤児たちは常に不安と孤独の中にいるからな……。彼らの不安を少しでも和らげたくて、私は孤児院を開くことにしたのだよ」
そうして建てられたのが、この孤児院なのだと。境遇の近しい者たちが、笑って安心した毎日を過ごせるように。そんな思いがこの孤児院に詰まっているのだと、初めてその事実を知る。
そしてそのために動きルーヴァの協力も相まって、今はこうして軍の内側と外側から孤児たちを守るために、日夜働いているのだと聞いた二人であった。
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