第四十節  友達のよしみ

 リゲルの話を聞いた数日後。その日はルーヴァが孤児院に様子を見に来る日。相変わらず自分たちの今後の進路について迷っていたヤクとスグリにとってルーヴァが来てくれるということは、まさに渡りに船だ。二人はルーヴァが他の子供たちと遊び終わった頃を見計らって、彼に相談を持ち掛けた。


「そうか、もうそんな時期だったね。早いものだなぁ」


 いつものように食堂でクッキーを食べながらヤクとスグリの話を聞いていたルーヴァが、どこか懐かしいと言いたげな表情で呟く。楽しそうに笑うルーヴァとは打って変わって、ヤクとスグリは重くため息を吐いた。


「ルーヴァさん、絶対他人事だと思ってるだろ……」

「あはは、ごめんよ。でも、そう焦って決めるものでもないと思うな」


 苦笑して宥めるルーヴァを恨めしそうに眺めながら、スグリはクッキーをかじる。彼の言う通り、焦って決めたところでいい結果なんて出ないだろう。しかしそういうわけにもいかないのだと、ルーヴァの言葉にヤクが説明する。


「それが……友達の中ではもう決めてる人もいて、その道に向かって勉強を始めたり家業の手伝いみたいなことをしてるんです。だからなんていうか、追いていかれているような気がしなくもなくて……」


 不安を吐き出すようにため息をついてから、ヤクはココアを口にする。

 実際、ヤクとスグリの友達の中ではすでに進路を決めている生徒もいるのだ。高等科の中でも、より専門的なことを学べるクラスに入学するために試験勉強をする友達や、中等科で学んで得た知識を使い家業を手伝うと決めている友達。はたまた卒業後は別の国で仕事に就くと決めた友達まで。全員とは言わないが、友達の多くは既に己の進路をすでに決めているのだ。


 二人はそんな生徒たちを応援したいと思う反面、何も決まらずに日々を過ごす自分たちが彼らに置いていかれているように感じていた。とどのつまりは焦燥感に駆られていたのだ。

 このまま決まらず、という状況が続いていいとは思わない。しかしどうにも先が見通せず、いつまでも自分の将来が不透明なのだ。この先自分たちは、何になりたいのか。そのために何をすればいいのか。それが全く分からないでいる。胸の内に溜まっている不安を吐露すれば、納得したようにルーヴァは頷いた。そんな彼に、スグリが尋ねる。


「それこそ、ルーヴァさんはどうして軍人になったんだ?そういえば聞いたことないし、せっかくだから知りたい」

「そう言われてみれば、確かに……聞いたことない」

「んー、僕の話を聞いても参考にならないと思うけど?」

「それでもいいから聞いてみたい!」


 スグリの言葉に同意するようにヤクも頷く。スグリの言葉で思い返すと、確かに今までルーヴァが何故軍人になったのか、その理由を全く知らないということに気付いた。今までの特に気にも留めていなかったが、一度気になってしまった途端、俄然興味が湧くというもの。目を輝かせ、興味津々と言った様子の二人を前にしたルーヴァは、わかったと苦笑してから話し始めた。


「とはいっても、僕もキミ達とさほど変わらないよ。僕の生まれはアウスガールズの北側の方だったんだけど、親の仕事の関係で、家族とあちこちの村を転々としながら生活していたんだ」

「へぇ……面白いな」

「そうだね。でもある時だったかな……とある村のいざこざに巻き込まれて、両親は死んでしまった。僕には姉さんが一人いたんだけど、姉さんは僕を逃がすために必死に逃げ道を作ってくれていたんだ」

「っ……」

「姉さんが活路を開いてくれたお陰で、僕は命からがら逃げることができた。でもその先は、一人じゃ何もできなくてね。そんなときに僕を助けてくれたのが当時のミズガルーズ国家防衛軍の軍医で、今はここの院長をしてるリゲル先生だったんだ」


 初めて聞くルーヴァの過去に、ヤクもスグリも言葉が出なかった。今はこんなにも優しく微笑みかけてくれるルーヴァにも、苦しい過去があったのかと思うと、どうしようもなく遣る瀬無い気持ちを抱いてしまう。二人の心情はいざ知らず、懐古に目を細めながら語るルーヴァ。


「リゲル先生に助けられたから、僕は生きてこれたんだ。その当時はまだここのような孤児院なんてなかったけど、先生は自分の家まで僕を連れて一緒に住もうって言ってくれた」


 見ず知らずの孤児にそこまで心を砕いてくれたリゲルに対して、ルーヴァは恩を感じるようになったのだと話す。そしていつしか、彼に恩返しをしたいと考えるようになったのだと。


「先生と一緒にミズガルーズで生活するようになって、学園にも通わせてくれた。先生には、たくさんの幸せをもらったからね。何かで恩を返したいって強く思うようになったのは、ちょうど学園に入学する頃だったかな」

「恩返しをするために、学園に入学したんですか?」

「それもあるけど、僕も楽しみだったんだよ。自分の知らない世界って、どんなのかなってワクワクもしていたものさ」


 懐かしいなと、くすくすと笑うルーヴァにつられて思わず笑ってしまう二人。それから彼は己の学園生活の中での思い出を語り、そして進路を決めるときのことを話す。


「僕が今のキミ達くらいの頃は、そうだね。やっぱり恩返しがしたくて。だけど僕は先生と違って医療の知識に関してはからきしで。代わりに何ができるかなって考えた結果が、先生と同じ軍人になって、少しでも先生の仕事の負担を減らすことだった」


 そして軍に入隊するための方法を調べ、最終的に中等科を卒業したあとはすぐに士官学校に入学するため、残りの学園生活は勉強を勤しんでいた、とのこと。すべて話し終えてから、キミ達と変わらないでしょうと笑うルーヴァ。

 そんな彼にすぐに答えることができないヤクとスグリ。聞いた話の内容はとても、笑って受け流せるものではないのだから。かける言葉を探していたが、ルーヴァが口を開く。


「今の僕の話は僕の過去であって、キミ達が気に病む必要はないことだよ。それに僕は、その過去があったから今の僕になっているんだ。だからこの話はここまで。それでいいね?」


 つまりは気にしないでほしい、というルーヴァなりの慰めだった。彼の言葉の意図を理解できた二人は、お互いに顔を見合わせてから一つ頷いた。それはそうと、とルーヴァは話題を二人の進路のことに戻す。


「二人の保護者として言わせてもらうなら、普通に高等科に進学することも悪くないと思う。中等科だけでは学びきれないことを多く学べるし、学園生活ももっと充実したものになるだろうからね」

「最初は俺もヤクも、高等科に進むのも悪くないって思ったんだけど……」

「こう、本当にそれでいいのかって……色々考えると、なかなか決まらないんです」

「うーん、そうかぁ……」

「将来的に何になりたいかとかも、これっていうものはまだ決まらないし……」


 さてどうしたものか。

 自分たちには手伝える家業はなく、特段この職に就きたいという願望もない。確かに高等科に進学することが一番、楽な道ではあるのだろう。しかし、本当にそれでいいのだろうか。もっと他に道らしき道もあるのかもしれないが──。


「僕個人としては本当は、あんまりお勧めしたくはないんだけど……」

「ルーヴァさん?」


 前置きをしてからルーヴァは苦笑して二人に伝える。もしも興味があるのなら、と。


「進路の選択肢を一つ増やしてみるってことで、ね。軍の士官学校は毎年新しい生徒たちに向けて、月一で説明会を開いているんだ」

「説明会なんて、そんなのがあるんですか?」

「あるよ。士官学校での生活や学んでいくことを知って、士官学校に興味を持ってもらうために開かれるんだ。二人さえよければ、それに参加してみないかい?」


 士官学校を卒業した後は、そのままミズガルーズ国家防衛軍に入隊することになるとルーヴァが説明する。軍に入隊するということは、平和な生活には戻れないということ。ルーヴァが二人に士官学校を勧めなかった理由も、そこにあると告げられる。


「本当はキミ達には、平和で楽しく暮らしてほしいって思ってるんだけど……。僕の一存で二人の将来や未来を潰したくはないからね。ただまぁ堅苦しく考えないで。中等科卒業後にはこんな進路先もあるんだって知っておくのもいいかもっていう、気楽な気持ちでいてくれればいいよ」


 どうする、と尋ねられるヤクとスグリ。ルーヴァからの突然の申し出に、すぐに行きたいと返事を返すことはできなかった。しかし彼の言葉で、自分たちは今まで悩むだけで何も行動を起こしてはいなかったと気付く。そんな中でのこの提案だ。

 顔を見合わせた二人はやがて決断し、ルーヴァの言葉に返事を返したのであった。


 第二話 完

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