第三十五節 柔和な心

 学園生活にもだいぶ慣れたある日のこと。スグリはすっかり友達になった同級生と共に、放課後に出掛けることになった。ちなみにヤクはヤクで何やら友人に慣れた同級生と用事があるらしく、それならとその日は別々に下校することにした。

 ヤク以外との友達と共に街に出掛けるということが初めてということもあり、スグリは楽しみで仕方なかった。ちなみに中等科に入学してから、ルーヴァからはお小遣いということで毎月3,000クローネのお金をもらっている。そのお金のどう使うかは自由だが、大切に使うようにと言い渡されている。お金の使い方を学んでほしいという、ルーヴァの考えがあってのことだ。

 先月分は特にこれといった使い道もなかったため、結構な額が残っている。その分を合わせれば、友達と遊びに行くには十分なくらいの金額だ。今日は街の中でも比較的にぎわっている中央部に行ってみようということになった。


 目的地である街の中央部は賑わいを見せており、彼らは食べ歩きをしながら放課後の時間を楽しむ。その道中でふと、ある店に目が釘付けになった一行。看板には、武具店と書かれてある。店の窓からは、様々な魔術道具や武器などが展示されている様子が見て取れる。そして店の中にいるお客の年齢層は意外にも、自分たちと同じような年代の子供だった。


 この国で憧れられている職業の一つが、ミズガルーズ国家防衛軍の軍人だ。強く勇ましくかっこいいその姿を見て、将来的に軍人になりたいと思う子供は数多い。その延長線上で、自分だけの武器というものを持ってみたいという気持ちを持つ子供も多いのだ。

 無論、スグリや彼の同級生も同じ気持ちを持っている。特にスグリの場合は、すぐ近くにルーヴァがいる。強くて優しい、大事な人を守れる彼のような大人になりたいと、心の奥で考えているのだ。


 普通の武器屋は大人ばかりで溢れ返り入ることをためらってしまうが、好奇心に勝てなかったスグリたちは思い切って入店してみることに。


 店内に飾られていた様々な武器の長さは、自分たちのような年代の子供が持つにちょうどいい大きさだ。そこまで来てようやく、この店が子供向けの武具店だということに気付く。色とりどりの魔術具や武器に目移りしてしまう。

 個人的に嬉しかったことと言えば、アウスガールズで主に使用されている刀まで飾られていたことだ。ミズガルーズ国家防衛軍に所属しているほとんどの兵士は、自分が扱ったことのない片手剣を使用しているから──これは以前、ルーヴァが教えてくれたことだ──珍しい、と思ってしまった。

 刀に目を奪われていたことに気付かなかったスグリだが、友達の自分を呼ぶ声でようやく我に返った。


「どうしたんだよベンダバル。大丈夫か?」

「ああ、悪い。なんでもない」

「この剣見てたのか。なんか、珍しい形してるな?」


 刀を見たことがなかったのだろう、同級生が興味深そうに刀を見上げる。そんな彼らにスグリは、これは剣ではなく刀ということ、刀はミズガルーズでは珍しいものだということ、自分のいたアウスガールズ南部では普通に出回り使われていたこと、そして自分の剣術の修業で使っていたものは、これに似たようなものだということを説明する。

 彼の言葉に同級生は目を輝かせながら問いかけてきた。


「てことはお前、これ使えんの!?」

「どうだろうな。自分に合う剣ってのがあるように、自分に合う刀ってのもあるから。それにこれは売り物だし、俺らじゃとても買えるものじゃないだろ」

「そりゃそうだろうけど、どんな風に使うかってのを見てみたいじゃんか」


 わいわいと会話が盛り上がっている中で、店員の一人が彼らに声をかける。何やら店の奥で、店側が用意した武器のお試し体験をすることができるそうだ。そんなことを言われしまっては試さないわけがない。一行は店員に案内されて店の奥に向かった。


 お試し場と書かれていたそこでは、店員に説明を受けながら剣を振るう子供や、道具を使用して魔術を発動させてみる子供がいた。彼らはみな、それぞれ目を輝かせながら武具を振るっている。その姿を見て、影響されないわけがない。早速スグリたちも店員から指南を受け、各々武具を振るってみることにした。

 一人は杖を使い魔術を出していて、また一人は片手剣を使って藁を切ってみる。そんな中スグリは慣れた手つきで刀を腰に差し、記憶の中にある抜刀の構えをとる。それだけなのに、友達の同級生からは感嘆の声があがる。


 最近はめっきり、剣術の修行なんてしていなかったけども。それでも体は覚えているものなんだなと感じながら、抜刀して藁を切る。一瞬、間をおいてから藁はすっぱりと切れ、床に落ちた。その様子を見た同級生のテンションはうなぎのぼりだ。


「すっげぇえ!」

「おお、やべぇ鳥肌立った!」

「ほお、お見事。随分と使い慣れているね」


 店員にも褒められたスグリだが、内心では腕が鈍ったと感じていた。ここしばらく修行をしていなかったつけかな、なんて内心反省しつつも友達たちには悟られないよう明るく振る舞う。その後も店内のお試し場でいろいろと体験して満足した一行は、時間も時間ということで帰路につくことにした。

 そんな帰り道の途中、以前スグリのことを田舎者となじった生徒と偶然鉢合わせてしまう。彼らはスグリを見つけた途端、また人の悪い笑みを浮かべながら陰口をたたき始めた。


「おいおい、田舎者が武器屋から出てくとか物騒だなぁ」

「あいつってアウスガールズ南部の出なんだろ?そこって暗殺者がいるような場所って聞いたことあるけど?」

「マジかよこえぇな、そんな奴が学園なんか来るなよな」


 相変わらずスグリに聞こえるように言うあたり、性格が悪い。気にしていないとは言いつつも、顔を合わせるたびに言われると少しずつストレスが溜まってきてしまいそうになる。彼らの陰口を無視して視界から遠ざけてから、スグリは思わず重いため気を吐いた。そんな彼を心配して声をかけてくれる同級生。


「懲りねぇなアイツらも」

「気にすんなよな」

「ありがとな、そう言ってもらえると俺も気が紛れる」

「でも聞いたか?どうもあいつら、学園の不良グループと一緒に行動してるって。だから気を付けとけよ、何されるか分からないし」

「不良グループって……。でも学園には生徒護衛委員がいるじゃんか」


 生徒護衛委員とは、その名の通り生徒を護衛するための委員会である。生徒会や風紀委員とは違い、彼らには魔術等の実力行使による事態の鎮静化が認められているのだ。その委員会に任命される者は、生徒たちの中から選ばれた、正しく力を振るえる者だけに限られている。

 活動内容としては生徒同士の争いやいざこざを初期段階で鎮静化させ、被害の拡大を防ぐことに特化している。過去にはその委員会の生徒が、学園内の不良グループを実力で叩き潰したこともあるそうだ。その委員会が目を光らせている限りは、大きな抗争や喧嘩は未然に防げるはずだが。そう疑問をぶつければ、同級生がこう答える。


「最近奴らも猫を被ることを学んでいるからなぁ。それに、手口だって狡猾になってるって話も聞くぜ。表向きは誠実に振る舞ってるつもりでも、裏で脅したりな」

「なるほどな……悪知恵が働くってやつか」

「そういうこと。なんかあったら俺たちを頼れよ?」

「いいのか?」

「友達だからな」

「……ありがとな、本当。助かるわ」


 大丈夫だとカラカラ笑う友達に支えられ、そのことに感謝しながら孤児院に帰るスグリであった。


 その出かけた日から数日後、スグリはどういうわけか学園校舎の裏側に呼び出されていた。呼び出してきたのはあの、自分をいつもからかっていたエスカレーター式で入学した学生だ。加えて今日は彼らだけではなく、彼らの先輩にあたるらしい人物たちもいるという始末。お世辞にも優等生には見えない。不良と呼ぶにふさわしいいでたちだ。あまりにもあからさまな光景に、思わずため息を吐く。


「……何の用だ」

「最近てめぇが調子乗ってるって聞いたからよ、教育的指導ってやつをしてもらおうって思ったんだよ」

「くだらない。俺がお前たちに何かしたわけでもないだろ」

「そういう態度がムカつくっつってんだろ!田舎者のくせして優等生気どりしてんじゃねぇよ!」


 つまりは何をどうしても、彼らは自分のことが気に食わないらしい。あきれた、と態度に表せば彼らの先輩にあたるらしい人物たちが口を挟んできた。


「俺の可愛い後輩が随分世話になってるみたいってんで、俺らも挨拶してやろうと思ったんだよ。お前、アウスガールズ南部の田舎者だろ?ここはお前みたいな土臭い奴が来るところじゃないんだぜ?」

「何をどう説明されたかは知りませんけど、俺は別に何もしてないんで。……もういいっすかね、俺も暇じゃないんですよ」

「どう暇じゃねぇってんだ、孤児院暮らしの家族なし野郎のくせしてよ」

「そんなの関係ないでしょ」


 彼らとのやり取りにいい加減飽き飽きしていたが、不意に先輩生徒の一人がスグリに挑発をかけた。


「俺らにそんな態度とっていいんか?お前のツレを俺たちがマワしてやってもいいんだぞ?」

「どういうことっすか」

「お前のツレだよ、空色の髪したアイツ。知ってんだぜ、お前……アイツとデキてんだろ?お前が俺たちと後輩たちにそんな態度とり続けるんなら、教育の一環としてアイツにも俺たちの礼儀ってもんを教え込んでやるってんだよ」

「……ヤクは、関係ないだろ」


 これは明らかな脅しだ。しかし自分はともかく、ヤクにまで手を出そうとする彼らに対してじわじわと怒りが沸いてきていた。雰囲気が変わったスグリを見て、激高するどころか面白がる生徒たち。


「なんだよ庇うってことは、本当にデキてやがんのか?変態かよ!」

「だから、関係ないって言ってるだろ。お前たちと話してても時間の無駄だ、帰らせてもら──」

「まぁまぁ話は最後まで聞けってんだ!」


 言うが早いか、先輩の一人に肩を掴まれたと思ったら腹に強い衝撃を受けた。受け身も取れないままボディブローを受けたスグリの息が、一瞬止まる。思っていたよりも重い一撃だったらしい、思わず片膝をついた。


「ゴホッ……っ、なにしやがる……!」

「マワされたくなかったら、その舐めた態度をどうにかするんだな!」


 今度は横腹を足蹴にされる。体勢を整えきれなかったスグリは勢いそのまま地面に倒れ、不良グループは一斉にスグリに手を上げていく。

 何度も殴られ、足蹴にされていたが、不良グループの一人の悲鳴が耳に届いた。その声で周囲が一瞬静まり返り、何が起きたのかと視線を一点に向ける。そして、スグリは目の前に飛び込んできた光景に唖然とするのであった。


「ヤク……!?」


 そこにあったのは、明らかな怒気を瞳に孕ませ、こちらを射殺さんばかりに睨みつけているヤクの姿であった。

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