第三十四節 ひそかな喜び

 その日のヤクの受けた授業は、魔術基礎生物学という授業だった。自然界に漂うマナの発生方法や、それをどう活用していくかの基礎を学ぶ授業だとのこと。ボードに図形を描きながら説明をしていく先生の話を、しっかりと聞くヤクである。

 魔術について知ることは、ヤクがこの学園に通う目的の一つでもある。己の力をしっかり理解し、使いこなせるようになりたい思いで、学園に通うことを決めたのだ。これは自分が学ぶべきことだ、と考えながらノートをとっていく。


「最初に覚えることが一番厄介だが、各々間違えないように」


 そうして説明されたものが「血中マナ含有量」と「血中マナ伝達量」だった。簡潔に説明するならば、これらはそれぞれ「血液中に含むことのできるマナの量」と「体外に魔力を放出する際の血液中を流れるマナの伝達力」とのことだ。

 このカウニスに住む人類はみな、個人差はあれど「血中マナ含有量」と「血中マナ伝達量」という値を持っている。これらの値が基本値より高い値にあり自由に扱える人物たちのことを俗に、魔術師と呼ぶのだそうだ。

 この「血中マナ含有量」と「血中マナ伝達量」は連動するものである。しかし「血中マナ伝達量」は、魔術の修行を重ねることで値が大きく変化していくものだと説明を受けた。だがそれは「血中マナ含有量」と値が同じくらいであるならば、という仮定の下での話。例えるならばコップに貯め込める水の量は同じでも、努力次第で水を放出するために使う蛇口の大きさを、変えることができるということ。ここがひっかけ問題になるところだ、と先生が付け加えて解説する。


「まぁここはテストに出すからな」


 ちなみに「血中マナ含有量」と「血中マナ伝達量」の値が低くても、それなりに魔術を使いこなせる人もいるのだとか。そういった人たちはみな、魔術具と呼ばれる道具を使用するのだと、教科書に記されてある。

 道具の種類も様々で、元々魔力が込められている道具を扱う人や、己の「血中マナ伝達量」を上げるための道具を使う人など、多種多様に溢れている。この値を知っておくということは、自分の可能性を見つけられるということなのだと説明された。その言葉に、自分を含めたクラスメイトは目をキラキラとさせる。


 そんな説明を聞いてしまったら、自分の中の「血中マナ含有量」と「血中マナ伝達量」の値を知りたくなるというもの。何か値を知れる方法はないのかと、クラスメイトたちの目は先生に訴えかける。しかしその訴えに返ってきた言葉は無常のものだった。


「正確な値は健康診断の時くらいしか分からないぞ」


 先生の言葉に明らかに落胆した空気となる教室内。それがあからさますぎたのか、先生は一つ苦笑をすると簡単なテストくらいはできると、妥協案を自分たちに話し始めた。座ったままできると説明を受け、教室の重い空気が一気に吹き飛ぶ。


「その前に一つ覚えておくことがあるから聞くように。魔術師になって魔術を自由に使うためには、あることを常に意識する必要がある。何かわかるかー?」


 先生の質問にクラスメイトは頭をひねる。マナを大量に集めておくこと、修行を重ねることなど、憶測が飛び交う。その答えにどれも違う、と答える先生。


「魔術師に一番大切なことは、想像力だ。自分が放出する魔術のイメージを膨らませることが、魔術師になるにあたって大切なことになってくる。イメージのない魔術は失敗することがほとんどだ。余程の天才でもない限り、そんな芸当ができる魔術師はいない」


 想像力が大事、という言葉は最初意外に感じたが、よく考えてみれば自分が使う魔術をイメージしないで発動するのは確かに難しいかもしれない。自分の中で納得が言ったヤクは、その言葉もノートに書き留めておいた。

 そのまま早速、先生の説明のもと簡単な魔術を使ってみることに。机の上で何かを抱え込むように手を広げる。


「魔術は自分の体の中に流れているマナを体外に放出することで発動する。まずは手と手の間に意識を集中させて、力を集めるようなイメージをしてみるんだ」


 先生の言葉の通り、頭の中でイメージを膨らませてみる。自分の中に流れているマナというのはいまだによくわからないが、力を一点集中させることなのだろうかと考え、意識を傾けてみる。すると、じんわりとだが手のひらが暖かくなるような感覚を覚えた。


「なんとなく力が集まってきたように感じたら、次はそれをどうやって放出するかをイメージする。今回は風を起こすような想像をしてみること。そうして出現した風の威力の大きさで、自分の中にどれくらいのマナを貯め込んでおけるかおおざっぱにわかるぞ~」


 先生の言葉を聞いたクラスメイトたちが、思うように風を出現させていく。そよ風のような優しい風を吹かせる生徒がほとんどの中、ヤクも同じように風を手と手の間に出現させてみることに。教えられたとおりに、手のひらの熱を外に出すようなイメージで。

 すると一瞬掌が重く感じた直後に突風のような風が吹き荒れた。想像以上に風が強く、混乱するヤク。しかし手のひらの熱が収まる感覚と比較するように、風もやがて収まっていった。その光景に、教室内には感嘆の声で溢れる。


「え、えっ!?」

「おお~なかなかやるじゃないかノーチェ」

「先生?でも僕、今何が起きたのか……」


 混乱が収まらないヤクに、周りのクラスメイトも凄いねと声をかけてくる。最初こそわいわいしていた教室内だが、何故か授業後半になると疲れた様子を見せる生徒で溢れていた。ヤクももちろん、その一人。はしゃぎすぎたのかと思ったが、原因はどうやら別にあるらしく先生が解説する。


「ちなみにマナの集束と放出は慣れないうちは反動が返ってきて疲れてしまうからなー。反復練習すればいずれは慣れてくるが、そうじゃないうちは少しずつ放出することにしろよ」


 そういったことは先に言ってほしかった、とどこか恨めしそうに先生を見る。そこに加えて先生はこうも付け加えた。


「あと、いくら疲れてるからって授業中に寝るんじゃないぞ~」


 その言葉に思わず、先生は鬼なんだなと内心思ってしまったヤクである。

 その後の授業中は睡魔と戦いながらなんとか過ごし、ようやく昼時間になる。購買部で買っておいたサンドイッチを食べていると、ふと同級生から声をかけられた。


「なぁ、ノーチェ。一緒に食べていい?」

「てか一緒に昼食おうぜ」

「え?あ……うん。いいよ」


 ヤクは自分から同級生に話しかけることがまだ苦手なため、こうして誰かから話しかけてくれることはありがたかった。正直まだ、スグリ以外の同じくらいの年の人との接し方がいまいちわからない。

 友達を作るには自分も心を開かなければいけないんだと、昨日スグリから教えてもらった。そのことを思い出しながら話しかけてきたクラスメイトを受け入れれば、彼らも笑って隣に座る。各々手にした昼食を食べながら談笑する。


「さっきの授業さ、眠気やばくなかった?」

「わかる。てか俺少し寝てた」

「ノーチェはどうだった?」

「そうだね……本音を言うと、寝たかったかな」


 そう言って苦笑すれば、寝なかったなんて優等生かよとからかわれる。しかしそれは嫌なからかわれ方ではないと感じた。そんなんじゃないよと軽く反論すれば、同級生も笑いながら言葉をかける。話していると、とても楽しいと感じる。


「それにしても、魔術基礎生物学の時はすごかったな」

「だよな。ノーチェお前、学園に来る前に魔術の訓練でもしてたのか?」

「そんなことはしてないよ。あの時は僕も混乱して……」

「感覚でやったって感じ?」

「そう、だね。そういうことになるのかな」


 談笑しながら昼時間を過ごしていたヤク達。話題は委員会についてに変わった。

 この学園内には委員会というものが存在している。簡単に言ってしまえば、課外活動というものだ。期間は前期と後期の二回に分けられ、学園生活の運営の一部を助ける役割でもあるのだそうだ。今日の午後の授業で、その委員会を決めるのだと。


「誰か立候補してくれないかなぁ。俺、委員会にはなりたくない」

「どうして?」

「だって面倒だし!」

「うわ素直」


 詳しく話を聞くと、委員会は様々あるらしい。中でも役が興味を惹かれたのが、図書館の司書代わりに生徒の本の貸し借りを管理する図書委員だ。孤児院で本の虫になっているヤクにとって読書は心穏やかになれるものであり、何より本が好きなのだ。


「なんだよ素直いいだろ。ノーチェは?」

「そうだね……。図書委員になら、なってみたいかも」

「っかー!ますます優等生かよ!?」

「そうじゃなくて、本が好きなんだ。それに好きな時に本が読めるのはなんか、面白そうだなって思っただけだよ」

「そんじゃあ立候補しろよ?してくれよ?俺の自由のために……!」


 必死に懇願してくる同級生に苦笑しながら答える。楽しい昼時間のひと時を過ごしたヤクであった。

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