第三十三節 日々あらたに

 入学式を無事に終え、スグリたちの学園生活が本格的に始まった。スグリのその日の授業は歴史からだった。今日の授業内容は、今自分たちが住むこの惑星カウニスの歩みを教わるとのことだ。


 この惑星では過去に何度も、世界全土を巻き込んだ戦争が起きたのだと。すべての種族が争いを繰り返し、その先にあるのが今の平和な世の中なのだと、歴史の担当の先生が解説する。戦争が起こる理由については様々だ。

 最初の世界戦争のきっかけは、世界中に漂っているマナの減少が原因。当時すでに小規模ながらも国や村などの集落があった。そしてその集落ごとに保有していたマナの量に差があることに不満が溢れ、そんなきっかけからマナの奪い合いが始まったそうだ。その奪い合いが世界中に感染したかのように広がり、戦争となった、と。

 二度目の戦争では他国への領地侵入が原因だった。小さい国同士の争いだけだったはずなのに、それが世界各地に飛び火してしまったと記されていた。


 そんな世界戦争の中でも、現在の国の成り立ちを大きく決めるきっかけとなったものが五百年前に起こった、第三次世界大戦。

 その戦争はそれまでの世界戦争の中でもとりわけ期間が長かった、と教科書には記されている。人間やそのほかの種族はもちろん、魔物さえも巻き込んで行われた戦争なのだそうだ。戦争の結末は、人間側の勝利で幕引きとなった。その功労者が今のミズガルーズの基礎から作り上げ、国王になったシグ・ガンダルヴその人。


「シグ様は偉大な魔術と優れた剣術の持ち主だということは、教科書にある通りだ。そして当時人間であるのにもかかわらず人間側を裏切った、とある人物を打ち取ったことで、戦争の流れを大きく変えてくださった方でもあるんだ」


 その人物の名前が教科書に記されている、と先生が促す。裏切り者の名前はロプト・ヴァンテイン。人間であった彼は何故か、人間以外の他の種族に力を貸していたというのだ。しかし彼が裏切った理由については、明確な解明は記されていない。


「ちなみにここテストに出すからなー。しっかり覚えておくように」


 先生の言葉に、教室からは嫌そうな生徒たちの声が漏れる。その言葉を聞きながらスグリが思い出していたのは、5年ほど前のことだった。

 まだガッセ村にいた頃、村の近くでとある争いが起きた。なんでも見知らぬ賊が、略奪のために村の一つに火を放ったのだと聞いた覚えがある。比較的ガッセ村から近い村で火の手が上がったこともあり、村のみんなを守るためにと父親のアマツが数人の部下を引き連れて、賊の討伐に向かった。

 当時はまだ現役で魔物討伐に赴いていたアマツのことを知っていたから、父親なら族にだって負けないとスグリは信じていた。しかし屋敷に帰還してきたアマツは重度の負傷を負い、それが原因で思うように剣を振るえなくなってしまったのだ。それに加え何やら精神的な面でアマツが変わってしまったと、幼いながら感じ取った。どこか覇気がなくなったと言えばいいのだろうか。どう言い表せばいいか分からないが、それからのアマツはすっかり気力を失ったかのように思えて仕方なかった。

 賊の討伐に赴いたアマツにいったい何が起きたのか、結局今でも分からないまま。もっとよく聞いてみればよかったと考えるが、その思いは胸にしまうことにした。今となってはもう、確かめようがないのだから。


 そのまま歴史の授業が終わり、あっという間に昼休みに突入した。スグリは仲良くなったクラスメイトと共に昼食をとる。今日の昼ごはんは、学園内に併設されている売店で購入した味噌カツパンと塩焼きそばパンだ。昼食をとりながらの話題は、自分たちの出身地のことから始まる。大抵のみんながミズガルーズの出身であるなか、スグリ一人だけがアウスガールズ出身だということで、いろいろ質問攻めにされる。


「アウスガールズって言っても、俺のいたところは大陸南部の自然が多い田舎の方の村だぞ」

「いやでも大陸挟んでるから気になるんだよな。どんな生活してたんだ?」

「どんなって、別にお前たちと変わらないと思うけどな?剣術の稽古してたり、家の仕事手伝ってみたりとかそんなんだぞ?」

「剣術習ってんのかよベンダバル!」

「すげーな、次元が違うわ」

「なんだよそれ?」


 楽しく談笑するスグリたちだが、そんな彼らの耳にこんな言葉が届いてくる。


「おい聞いたかよ、アウスガールズ南部って貧乏な田舎じゃねぇか」

「どうりで田舎くせぇ顔だと思ったよ」

「子供のころから剣術習うなんて、野蛮人かよ」


 それは謂れのない誹謗中傷の言葉だった。しかもわざとらしく、スグリに聞こえるように言うものだから性格が悪い。しかしそんな言葉を投げかけられても、どこ吹く風だ。ああいうものは、勝手に言わせたいだけ言わせておけばいいのだ。そんな風に振る舞うスグリに対し、友人が問いかけてくる。


「おいベンダバル、言われてんぞ?」

「いいのかよ、反論しなくて」

「いいんだよ、言わせておけば。田舎の村だってことは本当だしな。気にするだけ無駄ってもんだ。それに俺が反応しちまえば、あいつらの思う壺だろうよ」

「はぁ~……大人だなぁお前」

「腹が立ってないかって聞かれたら腹は立ってるけどな。けど相手にするだけこっちが馬鹿見ることはわかってんだから、無視するさ」


 そう笑うスグリ。彼が自分たちの言葉に何か反応してくると期待していたのだろうか、誹謗中傷の言葉を投げかけてきた人物たちを横目で一瞥すれば、面白くなさそうな表情をしていた。正直、内心ざまあみろと思ってしまう。自分と同じように彼らを横目で見たらしい同級生の一人が、どこか納得したように言葉を零す。


「あいつら、初等科から中等科にエスカレーターで進級した奴らだわ。どうりでこっち側を見下してくるはずだ」

「どうりでって、なんでだ?」

「初等科からこの学園に通ってる奴には、自分はエリートだって意識を持ってる奴も中にはいるんだよ」


 同級生はこう零す。学園側は中等科から入学する生徒はまず、学園に慣れてもらうことから大事だということで、中等科から入学する生徒と初等科からエスカレーター式に中等科に入る生徒を一緒のクラスにならないよう編成している。中等科から入学する生徒は初等科からエスカレーター式に中等科に入る生徒と比べ、学園に対しての慣れの度合いが違う。その差をなるべく早めに埋めるためだそうだが、初等科からこの学園に通っている生徒の"慣れ"が変な方向に成長すると、あのように中等科からの入学生を下に見る態度が出るのだと。

 もちろん、すべてのエスカレーター式で進級した生徒全員がそうだとは言わない。しかし圧倒的に見下す生徒が多いのだそうだ。


「なるほど、簡単に言えば差別ってやつか」

「そういうこと。だからあまり気にすんな、連中は面白がりたいだけなんだろうし」

「ありがとな」


 そのあとの授業も終わり、あっという間に下校時刻になる。まだ委員会などの役割は決まっていないため、大人しく帰ることに。校門前にはヤクがすでに待っていた。万が一委員会になり一緒に帰れないとき以外は、なるべく一緒に帰ろうと彼と約束しているのだ。


「悪い、待たせたか?」

「大丈夫だよ」

「そんじゃあ帰るか」

「うん」


 二人はそのまま歩きながら、今日受けた授業について話しあう。どんな授業だったのか、購買部に売っていたあのパンが美味しい、自分が苦手そうな授業はこれかもしれないなど、いろんなことを話し合う。その中でテストのことなんかも話していたが、ヤクがおもむろにとあることを尋ねてきた。


「スグリ……その、これ聞いていいか分からないけど、その……」

「どうした?ためらう必要ないぜ」

「その、聞いちゃったんだ。スグリが田舎者って、笑われていたこと……」

「ああ、そのことか。お前が気にすることなんてないさ。俺だって気にしてないんだから」


 ヤクに笑いかけながら言葉を続ける。自分は田舎者と言われることを気にしてないこと、実際にガッセ村は田舎であること。そういう人物たちは、勝手に言わせておけばいいと考えていること。そう答えてもどこか腑に落ちないような表情になっているヤクだが、大丈夫だと笑う。


「俺が気にしてないんだから、お前が気に病むことなんてないんだぜ」

「……うん、わかった」

「それよりも、だ。今日もお前俺より先に校門前にいたけど、ちゃんとクラスの奴らと話してるんか?」

「うん、話してるよ。自分からは中々話しかけられない時も、あるけど……」

「ちゃんと友達作れるように頑張らないとな」

「そうだね、頑張る」


 そんなこんなで、今日も穏やかな学園生活が終わる。明日は何があるのだろうかと考えながら、その日はぐっすりと眠るのであった。

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