第三十二節 つつましい幸せ

 ついに来たミズガルーズ国立魔法学園の入学式当日。朝から緊張し続けていたスグリとヤクだが、ルーヴァに大丈夫だと背中を押されながら孤児院を後にする。

 今日は午前中に入学式が行われ、その後振り分けられた教室で担任の紹介等で授業は終わるとのことだ。お昼前には解散になるだろうと、入学式に向かう道中でルーヴァから説明を受けた。彼の話を聞きながら何気なく街を一瞥すれば、自分たちと同じように制服を着て、己の保護者らしき人物と共に歩く同い年くらいの青少年の姿が視界に映る。


「スグリ?大丈夫かい?」

「へっ!?あ、うん。大丈夫!」

「もしかして、昨日寝れなかったから眠い?」

「いやいや違う違う。ほら、俺らと同じような人がいるなぁって思ってさ」


 どうやら思っていたよりも意識がそれてしまっていたようだ。いつの間にか話を振られていたことに気付かなかったスグリだが、慌てて弁明する。彼の言葉を聞いたヤクとルーヴァも、同じように視線だけ向けた。


「そうだね、きっと二人の同級生になる子たちだね」

「あ……あの人、説明会の時にいました。見覚えある」

「お前よく覚えてるな」


 談笑しながら学園に向かっていると、孤児院に出る前に感じていた不安はいつの間にか消えていた。リラックスした状態で学園の正門まで到着する。正門前には"中等科入学式"と書かれた立て看板が置いてある。それを見て、いよいよ学園生活が始まるんだな、と期待に胸を膨らませながら学園内に入った。


「じゃあ僕は先に会場の体育館に行くよ。二人とも、入学式頑張って。保護者席から見ているからね」

「ありがとう、ルーヴァさん」

「ありがとうございます」


 一度ルーヴァと離れ、各々の教室に向かう。クラスが離れ離れと言っても教室は隣同士だ、いつでも会えるからとヤクと話し合い、カバンを置くために教室に入る。教室内にはすでに何名かの新入生がいて、談笑している姿も視界に入った。


 ちなみにスグリのクラスとヤクのクラスは、中等科から入学する生徒で編成されているらしい。このらしい、というのは事前にルーヴァから教えてもらった情報で、彼自身からこの情報に正確性はないかもしれない、と告げられていた。

 なんでも初等科からエスカレーター式に中等科に入る生徒と中等科から入学する生徒では、学園に対しての慣れの度合いが違うとのこと。まずは学園に慣れてもらうことから大事だということで、そのような編成にしているのだとか。その考えも一理ある。最初から何もかもわかっている生徒とそうでない生徒の間には、大きな差が生まれてしまう。その差を少しでも縮めるための対策、なのだろうかと考えた。


 スグリは自分の席に座ると、早速隣に座っていた男子生徒から声をかけられる。


「よぉ、はじめまして。これからよろしく」

「ああ、こちらこそよろしくな」

「お前も中等科からの入学生なんだよな?」

「そうだな。いろいろあって入学が遅れたんだ」

「俺も俺も~。お前気が合うじゃんか」


 初対面だというのに持ち前の性格の明るさが功を奏したのか、もう同級生と会話が弾むスグリである。そのあとも数人の生徒と話をしていたが、入学式の時間となる。教室に来たのは引率の先生だろうか、体育館前の廊下で列になるよう指示され、大人しく従う。その後の入学式はつつがなく進行し、あっという間に終わる。実のところ学園長先生の長い話の時に眠くなりそうだったことは秘密だ。


 教室に戻ったあとは、最初に来た引率の先生が自分のクラス担任だということを伝えられたりなどの確認事項などを伝えられた。時間割表というものを渡され、明日からその表に書いてあるように授業を受けてもらうことになる、とのこと。

 そのままあれよあれよと時間が過ぎ、あっという間に解散時間となる。スグリは仲良くなった生徒たちから一緒に出掛けないかと誘われたが、その申し出を断る。


「悪い、このあと少し用事があって。でもまた誘ってくれると嬉しい」

「そっか、用事があるのに悪かったな」

「いや、俺の方こそごめんな。この埋め合わせはするから」

「いいんだよそんなこと気にすんな」


 その後軽く挨拶を交わした後に教室を出ると、共有スペースのところにヤクがいることに気付く。片手をあげて声をかければ、彼も同じように笑って近寄ってきた。


「悪い、待たせたか?」

「ううん、大丈夫」

「そっか。ならルーヴァさんを待たせちゃ悪いし、行こうぜ」


 そう、用事とはこの後三人で昼食を食べに出かけることだ。終わりの時間がお昼時ということもあり、せっかくなら外食しようとルーヴァが誘ってくれたのである。


「もう、友達ができたの?」

「なんで?」

「楽しそうに話していたのが見えたから。邪魔したらいけないなって思って」

「そんなこと気にしないでお前も来ればよかったのに。でもまぁそうだな、うん。友達になっていきたいってやつと話してた。お前は?クラスの誰かと話できたか?」

「まぁ……それなり、に?初めての人とどう話せばいいのかって、難しいけど……。話しかけてきてくれた人はいたよ」


 そう笑って話すヤクの表情には憂いはなく、彼は彼なりに学園生活を楽しもうとしていることが理解できた。そのことに改めて安心感を覚えるスグリである。今までの経験が経験だったために不安を感じていた部分も多いが、ヤクは自分から学園に通いたいと言ったのだ。学園生活を送ることは、彼にとっては挑戦なのかもしれない。そう思えば、応援したくなるというもの。


「そっか。そいつと友達になれるといいな」

「僕もそう思う」


 二人で話しながら正門まで戻ってくれば、二人を待っていたルーヴァの姿が視界に入る。ルーヴァも自分たちに気付くと笑いかけ、お疲れさまとねぎらいの言葉をかけてくれた。


「入学式お疲れ様、二人とも」

「ルーヴァさんごめん、待たせたよな?」

「気にしないで、大丈夫。寧ろ早くここにきてたら心配するよ。同級生と話せなかったのかなってね」

「少しは、話せました」

「そう、よかった。それじゃあ、お昼ご飯食べに行こうか」


 学園を後にして、三人は街中にあるとあるレストランへと向かうことに。最近できたレストランらしく、店内はお客でにぎわっていた。ファミリーレストランと謳っているからか、様々な料理がメニューに描かれている。その中からスグリは海鮮丼を、ヤクはカルボナーラを、そしてルーヴァはデミソースオムライスを注文。さらに折角ならと、食後のデザートまで頼むことにした。

 そして料理が来るまでの間、ルーヴァに学園のことについていろいろ聞いてみることにした二人。学園での授業はどんなものになるのか、またどういったことを学んでいくのかなどなど、聞きたいことは山ほどある。彼らの質問にルーヴァも嫌な顔をすることなく、一つ一つ楽しそうに答えていく。


「学校行事もいろんなのがあるからね。きっと楽しめると思うよ」

「でも、試験が何回もあるのはキツイ……」

「学生の本分は勉強だからね、それを怠ってないかの確認のためでもあるんだから、頑張ること」

「はぁい……」

「あの……もしルーヴァさんが暇な時があったら、勉強教えてくれますか?」

「僕で教えられることがあれば、喜んで」


 そんな話をしている途中で注文していた料理が届く。スグリは海鮮丼に乗っている新鮮な魚に舌鼓を打つ。自分でも自覚していなかったが、慣れない場所で慣れないことをして体は緊張し続けていたのだろう。食べていると自然と疲れが取れるような感覚を覚えたスグリであった。

 楽しいお昼時を過ごして、食後のデザートも食べ終わりそうになった頃。ルーヴァが改まって二人に約束してほしいことがある、と話を振ってきた。どこか神妙な面持ちだ。そんな彼の雰囲気に、思わず背筋が伸びる。


「二人はこれから学園生活を送ることになって、いろんなことを学んでいく。それは自分自身に知識と力がついていくことになる。それはいいことだよ。……だけど僕と三つ、約束してほしいんだ」

「約束、ですか?」

「そう。自分が身につけた知識と力の使い方を、決して間違えないこと。それを誇示して、周りの迷惑を顧みない行動をしないこと。そして、知識と力を正しく理解して考えて使うこと。この三つの約束事を、守ってほしいんだ」


 ルーヴァはそのまま、何故この約束をしてほしいかの理由を説明する。学び、成長する中で自分たちには知恵もつく。しかし世の中にはその知恵を悪事に利用しようとする輩も、少なからず存在している。そんな大人に成長してほしくないのだと告げられるスグリとヤク。正しく成長した自分たちの姿を見たいと願うルーヴァの姿に、スグリもヤクも彼に反抗しようなどとは思わなかった。


「わかった。必ず約束する」

「僕も、守ります」

「二人とも……ありがとう。それが聞けて、僕も安心だよ」


 その場の雰囲気が和らぎ、元の楽しい空気が戻ってくる。談笑に花を咲かせながら、明日から本格的に始まる学園生活を楽しみにするのであった。

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