第七節 あなたを思うと胸が痛む
休憩場所でこの日、初めてヤクとメルツが言い争いをした。ヤクが、メルツに対して言葉を荒げたのだ。どうしてあの時、無茶をしたのかと。
彼の言う無茶とは、連日行われていた男たちからの暴力行為についてのことだった。ヤクは、自分が全部ひとりで背負い込めば、メルツやほかの子供たちが傷つかなくて済むと思っていた。実際、ヤク以外の子供に対してはあのような行為はしていなかったようだ。
だからこそ、自分が傷つくことでほかの子供たちを守れるのならと。暴力を受けている間は確かに苦しかった、怖かった、逃げ出したかった。しかしほかの子供たちに、あんな恐ろしい思いをさせるくらいならと。自分一人が頑張っていれば、誰も苦しまなくて済むのなら。そんな思いで彼は、男たちからの暴力に耐えていた。
それなのに、あの夜。メルツまで巻き込まれることになってしまうことになるとは、ヤクは思ってもみなかったのだ。しかもその理由が、自分にばかり苦しい思いをさせるのは嫌だ、だなんて。メルツが自分から苦しみに行くことを、ヤクは理解できなかった。
「あんな思い、メルツにはしてほしくなかったのに……!」
「そんなの、ぼくだって同じだよっ!」
ヤクの言葉に、メルツが反論の声を上げる。普段は温厚で、彼の良き理解者でもあるメルツだが。これでもかと眉を吊り上げ、怒りの表情を露わにしてヤクに噛み付く。
「ヤク、この間から変だよ!前はずっと、一緒に頑張ろうねって言ってたのに!もうずっと一人だけで頑張ってばかり!ヤクが苦しくて痛い思いしてるの、そんなことぼくもヤクにさせたくないのに!」
「変なんかじゃない!僕はずっと、僕のままだよ!痛いのも苦しいのも、ずっと一緒だった!なにも、変わってないよ!」
「そんなのウソだ!最近のヤクは、ぼくに全然、助けてって言わなくなった!絶対何かあったんだ!なんで教えてくれないの!?」
メルツの指摘に、ヤクは一瞬たじろぐ。メルツは、よく気付く子だ。ヤクが、己が双子の片割れを殺してしまったと知った日から。彼はヤクに対しての違和感に、気付いていたのだろうか。しかしどうしても、打ち明けることはできなかった。自分が誰かの命を踏み台に生きているということを、彼らには知られたくないと。ヤクも意地になり、メルツの反論に反論を重ねた。
「そんなことない!メルツの勘違いだよ!」
「勘違いじゃない!ヤクのうそつき!」
「うそなんかついてない!」
「それだってうそじゃないか!」
「そんなこと──」
ない、と叫ぼうとした瞬間。いつの間にか休憩場所に入ってきていた研究員の男から、力一杯に殴られ地面に叩きつけられた。苛立ちを隠しもせずに、研究員は彼らに吠える。
「うるっせぇんだよクソガキ共が!!さっさと準備しやがれやオラァッ!」
荒々しい暴言の後に、腹いせと言わんばかりにヤクの腹に蹴りを入れる研究員。二発目を入れられる前にと、ヤクはよろよろと立ち上がる。そのままフラフラとした足取りで、休憩場所の出入り口へ向かい連行されるのであった。
助けて、なんて。言えるわけがない。唯一の家族の命を奪って生きている自分が、誰かに助けを求めるなんて。メルツたちに甘えるなんて。できるわけがない。
自分は、罰せられるべき人間だ。どんなに苦しくても、どんなに痛くても。助けてと手を伸ばすことは、きっと自分には許されないこと。他人の、ましてや唯一の兄弟の命を踏み台にしておきながら自分は生きたいだなんて。そんな行為をする自分は、ここの研究員たちと同じではないかと。
メルツの言葉は、本当に自分を気遣ってのものなのだろう。それは理解できる。だからこそ、その優しさに甘えることなんて、できない。何度も頭の中で彼に謝罪しながら、ヤクは心の中で泣いていた。
そして、今日もヤクは実験が終わってすぐに男たちに慰み者にされていた。いやだと苦しむ声も、研究員たちには聞こえない。男たちが満足した頃だろうか、部屋の奥からある人物が研究員の一人とともに歩いてきた。嘲笑染みた、卑しい笑みが張り付いている男。助けに来てくれたわけではなさそうだ。まるで品定めをするかのように、白く汚れているヤクを見下ろして控えていた研究員に声をかける。
「ほう、こいつかね?」
「ええ、ベンダバルさん。こいつが例の、9年前に入れ替わりをしたガキです。相当の金を出したってーのに、生き延びやがったんすよ。ベンダバルさんにも、迷惑をかけて申し訳ないです。お金の援助をしてくれたっていうのに」
「けど、生きててある意味よかったっすよ。こいつ、コッチの素質はありますし。そういう手合いの女よりヤりがいありますわ」
「なるほどなるほど、それは確かめないわけにはいかんなぁ」
にやにや、と。ベンダバルと呼ばれた男の、自分を見る目が嫌に恐ろしく感じた。身に纏っていた衣服を脱いでいく男。現れた男の凶悪な姿に、体がすくむ。研究員が楽しそうに男に告げた。
「もう十分に解してはあるんで、一気に入れても問題ないっすよ」
「それは本当かね?」
「ええ。ついさっきイッたばかりだし、ほら見てくださいよ。物足りないって言ってるみたいにヒクついてます。きっとベンダバルさんのモノ、気に入りますぜ」
「い、やっ……!!」
研究員の男たちが、ヤクの足を持ち上げ大きく広げる。自分の様子を見て楽しそうに笑みを深くしたベンダバルという男が、開かれた足の間に割って入るように体を屈めた。これから何をされるのか、ここ数日で嫌というほど理解したヤクは体をよじる。しかし大勢の成人した男たちの前には力が及ぶはずもなく。
「やだ……やめ、てぇ……!」
「どれ、ならばお言葉に甘えて一気に貫いてやろうではないか」
男の言葉の直後。ヤクは男が持っていた槍で体を貫かれる。勢いも、それにかかる重量も、これまでの研究員の男たちとは桁が違いすぎた。圧迫される体に、はくはくと悲鳴の声すら上げられなかった。
一方の男はというと、好い手ごたえを感じたのだろう。一つ熱い息を吐いてからその分厚い体でヤクを押しつぶしながら、言葉を漏らす。
「おお!これは確かに、処理道具としては立派だな!」
その言葉の後のことは、よく覚えてはいなかった。ただただ、重苦しくて暑苦しくて息苦しかったことしか、覚えていない。気付けば休憩場所に放り捨てられて、目が覚めたらメルツがヤクの手を握っていた。メルツの顔は、まるで自分が苦しんでいるかのように歪み切っていて、瞳には涙が溜まっていた。
「め、るつ……」
「ヤクは、ばかだよ……!ぼくが、ぼくたちが、こんなに心配してるのに、一人だけでどっか、いきそうになってて……!!もういやだよ、ぼくもう、誰にもいなくなってほしくないのに……!」
ぽろぽろと。メルツは心情を吐露し泣き出す。冷たい涙は何度もヤクの顔に落ちて、落ちて、彼の顔を濡らしていく。ぎゅ、と握ってきたメルツの手は、震えている。彼の言葉でヤクはようやく、一緒だった子供たちを失っているのは自分だけではなかったんだと思い出す。手を握り返し、ぽつりと呟く。
「……ごめんなさい」
「ヤク……」
「……メルツ、僕ね……兄弟が、いたんだって。それで、僕は本当は、もうとっくに死んでなきゃいけなかったって、言われて……」
それからヤクは、ゆっくりと研究員たちから言われたことを話す。双子の兄弟がいたこと、その兄弟は9年前に、自分の代わりに死んでしまったこと。本当に死ななければならなかったのは、自分の方だったこと。だから今の自分は、その兄弟の命を踏み台にしてしまっていること。
「そんな僕が助けてなんて言えないよ……!僕が、家族を殺したのに!」
「ヤク、そんな……」
「だからもう、僕がみんなの代わりに傷付いてみんなを守ることしか、できないっ……!甘えることなんて、できないよ……!!」
ヤクの苦しい告白に、メルツは何を思ったのだろうか。彼はヤクを優しく抱きしめてから、背中を撫でる。そして、吐き出すように言葉をぶつけた。
「ヤクの、ばか……!そんな大事なこと、どうして言ってくれなかったの?ヤクが悪いなら、ぼくだってヤクの家族を見殺しにした悪い子だよ!それに、もしヤクまでいなくなっちゃったら、ぼくは本当に独りぼっちになっちゃうよ。そんなのはいやだよぉ……!」
「メルツは悪くないよ!僕が、僕が……僕が全部、悪いのに……!」
「もしいなくなったら、ヤクは大悪者になっちゃうよ!ぼく、一人は嫌だよ……そんなの、こわいよぉ……!!」
そう言うなり、メルツはヤクをさらに強く抱きしめ、嗚咽を漏らし始める。それだけ彼は、ヤクのことが心配だと。大事なのだと。彼の言葉に、ようやくヤクは己が彼に対して冷たいことをしていたと理解する。つられるように泣き始め、メルツを抱きしめる。
「ごめん……ごめんね、メルツ。ごめんなさい……!」
「うん。ずっと、一緒だからね……!!いなくなっちゃ、いやだからね……!」
「うん……うん……!!」
泣きあいながら仲直りする二人。その日の二人は、くっつきあうようにして眠りにつくのであった。
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