第六節 傷つく心
※多少暴力的な表現が強くなっております
※閲覧の際は自己責任にてお願いします
その日も、ブルメンガルテンの研究施設ではヤクたちへ実験が行われていた。体はもちろん、精神までをもボロボロに崩れていく子供たち。真っ白な閉ざされた空間でしか、自分たちの安寧はない。
今は、ほんのひと時だけ許された自由時間。自由といっても彼らは閉鎖された休憩場所の中から出ることはできず、ただ時間が過ぎるのを待つだけだった。それでも実験をされないということは、子供たちにとって救い以外に他ならない。
しかし彼らは、その安息が研究員たちによって仕組まれたものだとは知らない。絶望の日々の中で許された微かな希望。それを与えられた後に受ける苦痛は、彼らにさらなる絶望と恐怖を植え付けるのだから。恐怖で心を支配し、意のままに操ろうとしている世界保護施設の研究員たち。
誰か、死神でもいい。助けてくださいと。そう願う子供も、少なくない。かつてはヤクも願っていたが、先日聞いた真実が、彼から祈るという行為をはく奪した。自分は、唯一の双子の兄弟を殺して生き残ってしまった。その事実がヤクの、助かりたいという願いを打ち砕いてしまったのだ。暗い瞳のヤクに、メルツはもちろんのこと子供たちは彼を心配した。何かあったのか、と。しかしヤクは、自分が元々人柱だったこと、双子の兄弟を殺してしまったことを彼らに言えないでいた。
「ヤク……」
「大丈夫、だよ……。体がまだ、痛いだけだから……」
「……ごめんね、ヤク……」
「メルツは、悪くないよ……謝れるの、痛いよ……」
「……うん……」
穏やかな自由時間は、あっという間に終わりを告げた。研究員の一人が休憩室に入り込み、ヤクを睨む。
「ナンバー01、時間だ。来い」
「……ああ、終わっちゃった……」
「ヤク……!」
立ち上がるヤクに、心配そうに声をかけるメルツ。そんな彼に小さく笑ってからヤクは一言だけ。
「だい、じょうぶだよ……また、戻ってくるから……」
傷だらけの体を引きずり、ヤクは研究員のところへと向かう。連日の実験の傷はまだ癒えていないが、行かなければさらに何をされるかわかってものではない。そんな状態だから、満身創痍なヤクは気付けなかった。迎えに来た研究員がこぶしを振り上げていたことに。肩に手を置かれ、何事かと立ち止まった瞬間。鳩尾あたりに強い衝撃を受け、そのままヤクの意識は闇へと沈んでいく。倒れたヤクを見下ろした研究員の、卑しい表情もわからないままに。
******
次に目が覚めた時。まず最初に視界に映ったのは、ヤクを見下ろしていた薄暗い天井の明かりだけだった。今度は何の実験をさせられるのだろう、とぼんやり考えていたが、やけに冷たく感じる空気に違和感を覚えた。ちらり、と視線をそらしてみれば、自分は実験用の衣服を纏っていないことに気付く。さらに腕も足も何かに固定されているらしい。動かせる範囲が狭い。腕や足を動かすたびに、ジャラジャラと重たい金属音が耳に届く。
こんな状況に陥るのは初めてだ。漠然とした不安がヤクを包む。いったい何が起こるのだろうかと震えていると研究員の声が届く。しかも一人ではない。複数人の男の声だ。
「やっと目ェ覚ましやがったか死に損ない」
「やっとかよ、待ちくたびれたっつーの」
「おい、それよりもいいんだよな?」
「許可は取ってる。思う存分に可愛がれ、だとよ」
「え……な、なに……?」
近付いてきた研究員たちに視線を送る。彼らも自分と同じく、衣服を纏っていなかった。生まれたままの姿で、いつもの冷たい表情とは違う怪しい笑みを張り付けながら。ヤクが寝かされている質素なベッドを取り囲むように立つ男たち。
「今日も実験に失敗しやがったな、ナンバー01。これでお前たちが失敗した実験の数は何回だ?」
「テメェらは俺たちの実験の中で、2000回も失敗しやがったんだ。わかるか?2000回だぞ?実験に失敗は許されてねぇってのに、ふざけやがって」
「いい加減、怒り心頭なんだよ俺たちも。だから、お前の体使って発散してやろうって話になったんだよ」
「から、だ……?」
怪しい笑みが、ヤクにとっては恐怖の笑みにしか見えなかった。男たちが自分を見下ろす目に映る自分の姿に、何が起こるのか理解できないヤクは震える。その間もじりじりと男たちは近付いてくる。餌に這いよるハイエナのように。
「ガキ相手じゃ興奮しねぇとは思ったけどよ……大勢でヤるのは面白そうだって思ったんだよなぁ」
「メスガキはまだ大きさに耐えられねぇだろって話になったんだよ」
「そこで、髪切ってねぇ女に見えるテメェで妥協しようって落ち着いたワケだ」
男たちの息遣いが荒くなってきたことに、ヤクは肌に感じる生ぬるさで気付く。恐怖に縛られた視線は動かすことはできないが、顔の前まで移動してきた男の股間が膨らんでいたことに、生理的に嫌だと感じる。
「ぁ……や……いや、だ……!」
何をされるのだろうか。それを押し付けられるのだろうか。それは嫌だ。怖い。そう感じて頭を振るおうとして、目の前の男にガッシリと頭を掴まれる。大きく震えたそこはグロテスクそのもの。思わず息をのむ。
「ひっ……!」
「失敗のツケはテメェの体で支払ってもらうからな!!」
それが始まりの合図かのように。それらの言葉を告げた男たちは、一斉にヤクに襲い掛かった。彼の体の上に無数の手が這いずり回り、ところどころで指で弾き、つまみ、こねくり回す。小さな彼の顔には一人の男が覆いかぶさり、その大きな体で何度も彼の頭をベッドに叩きつける。彼の両手と両足にそれぞれが持つ槍の先端を当てては、ぐりぐりと擦り付ける。
嫌がり涙を流す彼の姿が面白いといわんばかりに、やめてと懇願するヤクを徹底的にいたぶる研究員たち。
彼らは自らが吐く息も、汗も、熱さえも。齢12になる小さな子供の体中に塗りたくる。何度も何度も。泣き叫ぶヤクの体に、遠慮なしに。無理矢理槍を突き立て、熱を注ぐ。そのたびにヤクは、絶望の悲鳴を上げる。それでも男たちの勢いは止まらない。もはやヤクの喉から発せられる声のすべてが、男たちにとっては心地よい音楽となってしまっているのだろう。何時間も、その責めは続いた。
ようやく解放されたのは、男たちが来てから4時間もたった後のことだ。ぐったりと横たわるヤクに、やはり冷たい視線を浴びせながら男たちは告げる。
「はは、こんなに満足できるとは思わなかったぜ」
「やっぱこいつ、素質があんだよ。ド変態の素質がな」
「今日だけで終わったと思うんじゃねぇぞ」
「ツケはまだまだまだまだ残ってんだからな。明日も支払えよ」
そんな男たちの言葉に、ヤクはどこまで意識を保てていたのだろうか。最後に理解できたことといえば、さっさと体を洗えと冷水をかけられたことだ。限界を通り越していたヤクの意識は深く沈むのであった。
この日から、ヤクの深くねっとりとした絶望の夜が始まった。
同じ時間に呼び出され、同じように気絶させられ、違う男たちの餌食になる長い夜のはじまり。しかも時々、研究員たち以外の見知らぬ男たちにも食い物にされていた。彼らからも研究員の男たちと同じように絶望の熱を注がれ、嘲られ、やはり逃げ出すことのできない状況に涙を流す。
そんな状態の中で心が崩壊していく感覚を、幼いながらにヤクはしっかりと感じ取っていた。このままでは、何もかもが壊れると。しかし力のない自分では、どうすることもできなかった。そしてそのことに、また絶望する日々。
そして、決定的な出来事がこの夜ヤクに起こった。
今日はベッドの上ではなく、床に放り投げられていた。目を覚まし、男たちが覆いかぶさってくるのかと思われたが、その日は少し違っていた。
「今日は、オトモダチもいるんだぜ?」
ほら、と顔を掴まれ、無理矢理とある方向へ向けられる。その先にあった光景を目にしたとき、ヤクは思わず叫ばずにはいられなかった。そこには、既にほかの男たちの槍を貫かれている、一糸纏わぬメルツの姿があったのだから。
「め……メルツ!どう、して……!?」
ヤクの悲鳴に、メルツに群がっていた男たちが彼の姿をヤクにまざまざと見せつける。メルツはヤクを視界に捉えると、泣きながらも微笑んだ。
「だって……ヤク、にばかりつらいの、やらせるの……ぼくは、いやなんだ……だから、ヤクのか、わりにぼくが……って……」
「そん、な……僕は、メルツに苦しんでほしく、ないのに!」
「それはぼ、くも……一緒だ、よ……。ヤク、ずっと苦しんでるのに……なにもできない、のい……やだ……ッ、ぁア!」
「メルツ!」
「あぁ、ン!」
メルツの悲鳴に、ヤクの体はがたがたと震える。そんな彼の肩に、研究員の男が手を置き嫌味たっぷりな口調で、ねっとりと話す。
「そっかそっかぁ、ざぁんねんだったなぁ。いいことを教えてやる。お前らに拒否権なんてない、決定権なんてない。お前らはただの俺たちの玩具。道具が意思を持つことも、意見を言うことも、許されねぇんだよなぁ!」
「っ!やだぁあ!!」
泣き叫ぶヤクに覆いかぶさる男たち。重い塊を押し付けられる感覚に戦慄く。熱い体に押しつぶされそうになりながら、ヤクは久しぶりに思った。
誰か、助けてくださいと。
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