第四節 優しい思い出

 その日、ベンダバル家の屋敷内は忙しなかった。従者たちは廊下を行き来し、アマツもヤナギも何やら準備をしている。そしてスグリもまた、部屋で従者の一人であるナカマドから正装を着付けてもらっていた。

 今日はガッセ村に客人が来るのだ。しかもその相手は、アウスガールズを収めるアウスガールズ本国の国王陛下と王妃。一国の王が、視察のために領内の村でもあるここガッセ村に訪れるのだと。そのため国王陛下たちへ失礼のないようにと、村が一丸となって準備を整えている。


 スグリも今年で12歳になるからと、アマツと共に遠くアウスガールズ本国から訪ねてくる国王陛下たちに、謁見することになった。

 スグリとしては初めての、国王たちとの顔合わせ。丁寧に着付けてもらった正装を着崩さないようにと、今は部屋で待機している。じっと、石のように動かない彼にヴェルザンディが声をかけた。


『おや、ガラにもなく緊張しているのかい?』

「あ、当たり前だろ!?だって、父上の上の上の、そのまたさらに上にいるような国の国王様たちなんだから。俺だって、緊張くらいはするさ……!」

『そんなにガチガチにならなくても。ありのままのキミでいればいいのさ』

「そんなの失礼になったら悪いだろ……!」

『キミが思っているより、アウスガールズ本国の国王陛下も王妃も怖いお方ではないよ。安心するといい』

「そんなこと言われたって……」

『第一、女神の私に対してこんな風に気さくに接しているんだ。国王陛下たちには緊張して私には緊張しないなんて、ちょっと失礼に当たるんじゃないかい?』


 言葉とは裏腹に、ヴェルザンディの声は楽しそうである。まるで、スグリをからかっているかのような雰囲気だ。なんだよ、と言い返す前に迎えの声が届く。


「若様、お客様がお見えになりましたぞ。我らも参りましょうぞ」

「あっ、はい!」


 ヤナギに呼ばれ、急いでアマツが待っていた屋敷の玄関へと向かう。玄関口に到着すれば、アマツが笑顔でスグリを迎える。緊張していた彼の頭に一度手を乗せ、大丈夫だと言葉をかけた。その言葉で若干緊張が和らぐスグリ。ほっと息をついて玄関を見守る。

 屋敷の従者の一人が引き戸を開ける。その奥から、警備に囲まれゆっくりとこちらに歩いてくる、異種族の二人の姿が目に入る。白い耳が特徴的な、平和を愛する種族。リョースアールヴ族の二人。その種族こそ、アウスガールズ本国を治めている種族だ。女性の方は、何かを大事そうに抱えている。そんな二人を、まずはアマツが歓迎した。


「遠いところを、よくお越しくださいました。パシフィ陛下、クシオン王妃」

「ええ、ご無沙汰しておりますアマツ殿。村の皆さんの歓迎、心より感謝します」

「本日はよろしくお願いいたしますわ、アマツ殿。あら、そちらは?」


 クシオン王妃と呼ばれた女性が、スグリに視線を向ける。アマツにぽん、と背中を叩かれる。最初にアマツが彼を紹介した。


「私の息子になります。もう12になるので、こういった会合も経験しても良いかと思いましてな。スグリ、あいさつを」

「お、お初にお目にかかりますパシフィ陛下、王妃様。自分はスグリ・ベンダバルと申します!以後、よろしくお願いしますっ」

「そうか、キミは未来の領主となるのだね。澄んだ瞳の、いい子だ。よろしく」


 緊張しながら自己紹介をする彼にパシフィは笑顔で答え、手を差し出す。その手が握手の意味だと理解したスグリは、彼の手を握る。そんなスグリの様子を見守ったクシオンが彼の目線と合わせるように屈み、腕に抱えていたものを見せる。彼女が抱えていたのは、赤ん坊だった。ふわふわして、綿毛のように白い子供。スグリを見つめる瞳は、自分よりも薄い緑の、草原の色。


「はじめまして、未来の領主様。この子は私たちの子、ケルスですわ。いつか、成長した貴方と出会う子となりましょう。この子共々、よろしくお願いいたします」

「はい!ケルス殿下、はじめまして。スグリといいます。よろしく……!」


 ケルスを除いて笑いながら自己紹介すれば、赤ん坊のケルスはふにゃりと笑う。微笑ましい光景だったが、いつまでも玄関先では失礼だと、三人を屋敷にあげる。そのまま客間へと案内し、そこで村近辺の様子やアウスガールズ本国の様子を聞くことになった。


 そこで一つ、暗い話題が出た。「世界保護施設」という施設についてだった。その話題になった途端、アマツの表情も硬くなる。スグリは、子供ながらにその話題を理解しようとした。

 「世界保護施設」とは名ばかりで、その実態は明らかになっていないこと。その施設ができてからというものの、アウスガールズ国内外で、不審な船が目撃されていること。どうやらその施設は数年前から、ここアウスガールズ国内で活動を始めるようになったらしい、ということ。実態を調べるために調査をしているが、その全容は未だ不明なこと。

 アマツはそれに関連しているかどうかはわからないが、と前置きを置いてからパシフィたちに伝える。ここ最近近隣の村から子供の姿が消えている報告を受けている、ということを。


「なんと、そのようなことが……」

「こちらも調査をしておりますが、今のところ掴むのは雲ばかり……。何かわかりますれば、ただちにお知らせいたしましょう」

「感謝しますわ、アマツ殿。わたくしたち本国も、協力は惜しみません」

「ありがたきお言葉でございます」


 何やら物騒な会話に、スグリはアマツを見上げた。思わず不安になってしまったのだ。そんな様子のスグリに気付いたアマツは彼の頭に手を置き、優しく撫でる。


「怖がらせてしまったな、すまんなスグリ」

「父上……」

「ご子息を安心させるためにも、我らはこれからも互いに協力してまいりましょうぞ。アマツ殿」

「パシフィ陛下、お心遣い痛み入ります」


 そのあとは話題も切り替わり、会合は滞りなく終わる。無事にパシフィたちを送り届けたアマツたち。緊張からの疲労で、会合が終わった後のスグリは夕食時までぐっすりと眠ってしまっていた。


 その日の夜のこと。スグリはアマツから大事な話があると部屋に呼ばれた。昼間の会合のことだろうか、と心配しながらアマツの部屋へと向かう。廊下を歩き、アマツの部屋の前に着いたスグリ。部屋に到着するまで多少の違和感を感じたが、まずは中にいるであろうアマツに声をかける。


「父上、話って何?」

「ああ、来たか。まずは入りなさいスグリ」


 アマツに言われた通りに部屋に入る。そこでスグリはようやく、違和感の正体に気付いた。いつもはアマツの部屋の隅にいるであろうヤナギが、いない。それどころかアマツの部屋の周りで待機しているであろう従者たちが、今は一人もいない。きょろきょろと部屋を見た自分に、アマツも彼が感じたことに気付いたのだろう。スグリに説明をする。二人だけで話したいことがあるから、と。

 アマツの前に用意されていた座布団に座り、姿勢を正す。なんとなく、そうしなければならない空気を感じたのだ。アマツもスグリに向き直り、語り始める。


「お前に、伝えておこうと思ったのだよ。我が家の家宝……守り神について」

「守り、神……?」


 そうだと一つ頷くアマツ。彼は、奇麗な布に包まれた長い包みを持ち、ゆっくりと布を捲る。中に保管されていたのは、一振りの刀剣だった。研ぎ澄まされたその刀剣から強いマナが内包されていると、スグリは感じる。


「その、刀が……?」

「そうだ。宝刀"草薙"……これが、我がベンダバル家に伝わる守り神」


 アマツが"草薙"と呼んだ刀剣について説明する。"草薙"とは、代々ベンダバル家に受け継がれてきた宝刀。その昔その刀は世界戦争の折に、ある大蛇の腹の中から出てきたと云われているらしい。

 今から約500年前に行われた、世界全体を巻き込んだ第三次世界戦争。その戦争の終結後、当時アウスガールズ本国を治めていたリョースアールヴ族が、協力関係にあったベンダバル家の領主にそれを授けたのだと。

 おそらくそれは、和平条約の証のようなもの。第三次世界戦争終結後も、長くリョースアールヴ族とベンダバル家の橋渡しとして、この刀剣は代々受け継がれている。遠い未来も、お互いに協力関係を崩さないように。リョースアールヴ族の、和平を想う心を自分たちも守り抜くように。


「宝刀"草薙"……」

「本当はお前が成人してから伝えるべき話なのだがな。今日、国王陛下や王妃、そして殿下と出会っただろう?お前が未来、守っていかなればならない方々だ。何があっても、彼らとの絆を切ってはならん。そのことを、知っておいてほしかったのだよ」

「父上……」

「お前はかすがいだ、スグリ。このガッセ村の、そして私たちの。これからも私の跡を継ぐ領主として、懸命に精進するのだぞ」


 笑って頭を優しく撫でられる感覚に、スグリは破顔して答える。


「当たり前だろっ。俺は、父上の息子なんだから!」

「はは、楽しみにしているぞ」

「任せてくれよな。俺が、みんなを守ってみせるぜ!」


 威勢のいい答えに、アマツも満足そうに笑う。その様子を、ただ一人ヴェルザンディが楽しそうに見守るのであった。

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