閑話001 二見 昴の慟哭その1
くそ!くそ!くそ!!なんでこんなことになった!!
俺は、石畳の道を走っていた。
俺は二見 昴(ふたみ すばる)、中学二年生だ。俺はクラスですこし、いやかなり浮いている。人だかりができるど人望があるのはいつだってあのカーストトップグループの奴らだ。
ただそんな俺でも、数名の女子は良く話しかけられていた。幼馴染の【絵里】も何かと世話を焼きたがってくるが、絵里もその女子もちょっとうざったいと思っていた。
それに俺には……つい最近、好きになった女がいる。
中学一年生の時。母親が事故で死んだことで、俺は自暴自棄になった。
血の気が多い俺は、よく年上の先輩や高校生からも絡まれ、喧嘩を売られていた。もちろん自分からしたことはねぇ。
クラスの奴らからも嫌われていたし、とにかく触るものは全部、傷つけた。乱暴者の俺だが、亡き母親の形見であるペンダントは常に身に着けていた。
ところが中学2年になって慣れてきた矢先に、新任の担任【大黒 美咲】の野郎がペンダントは校則違反だ!とねちねちといびり倒してきた。
ペンダントは没収されることになったが、さらにあの野郎は……。
「あーら?手がすべっちゃったわ~ぷ~くすくす。お母さんの形見が取り上げられて無くなった気分はどう?ねぇどう?乱暴者でクズのふ・た・みくぅん?」
こともあろうに形見のペンダントをわざと排水溝へ捨てやがった!!!!
誰から聞いたのか形見であることも知っていやがった!!!!
クズ教師が!!!!!!ぶっ殺してやる!!!!
慌てて探したが見つからなかった。他の教師に訴えたが、普段素行の悪い俺の言い分は誰も聞いてくれなかった。
くそっ!!
その日の放課後。
俺はすっかり意気消沈していた。
とぼとぼとやる気のない足取りで校門へ向かっている。
校門に着くと俺のことを待ち伏せしている女子がいた。
彼女の制服は汚れて、あちこち泥がついている。
それにちょっと失礼だがドブ臭かった。
どこかで見たことがある女子だ。
小さくて手足がすらっと細い。背も小さくてまだ小学生にみえる。眼鏡と長い前髪の所為でわかりにくいけど、綺麗な顔立ちの子だと思った。きっとオシャレにしたらアイドルと言われても不思議がないほどだ。
夕日に背に逆光になっている彼女は、まるで映画のワンシーンのように映えた。
そしてその女子は無言で、俺の視界に入るようにグーにして手を前に出した。
ジャラ……
拳から零れ落ちたのは、ペンダントだった。
零れたペンダントは彼女の手に吊るされてる。
「……ん」
そういって、彼女は「受け取れ」のゼスチャーをする。
「なっ?……あ……あ……ぅあ……」
これは……母親の形見の、俺のペンダント……!!!
俺は感極まって、震えながらそれ受け取った。
まるで今世紀最大のお宝のように、自分の心臓のように。
「うああああああああああ!!」
俺は子供の様に泣きじゃくった。いや、まだ俺は中坊のガキだ。泣いてもいいはず。母親に甘えるように泣きじゃくった。
ペンダントを持ってきた彼女は、泣きじゃくる俺を見て優しく微笑んだ。そんな気がした。
「(……よかったわね……すばるくん)」
「……っ!!」
そんな彼女の微笑みに、今は亡き母親の幻影がみえた。
荒み切っていた俺の魂に、ぶわっ!!!と風が吹いて……心の靄を吹き飛ばした。そんなのはただの妄想だと思うが、本当にそんな感覚がしたのだ。
この瞬間、俺は彼女に――
恋をした。
その時の彼女はそのまま無言で夕日に消えた。
泣きはらして高揚して、気が付いたら彼女はいなかったのだ。
お礼を言いたかった。
俺はあの彼女と仲良くなりたいと思った。友達でもいい。
できれば大切にしたいし、何かあったら守ってやりたい。
あの微笑みを守りたい!!
もしかなうなら……彼女になってほしい。
そう思って、彼女を必死に探そうと思ったらすぐに見つかった。
なんと同じクラスだった……。
うそだろ……名前も覚えてなかったなんて……。
なんて恥知らずなんだ俺は……。
興味のある話題は何か?
好きな物は?食べ物は?
勉強はできるのか?
運動は得意なのか?
絵は好きか?
音楽は好きか?
俺は彼女について何も知らない。
俺はここ1年は喧嘩中心で、周りが全く見えてなかったことを後悔した。
俺は最近の話題はわからないし、スマホも古い世代のものだ。
彼女とメッセアプリのIDを交換したい……。
いきなり何を話していいかわからなかったから、俺はまず彼女を観察した。聞こえてくる会話。しぐさから噂まで。
まるでストーカーの様だと、自分の姿に苦笑した。
ここ数日で彼女について、いくつかのことが分かった。
彼女はコミュニケーションが苦手だ。おしゃべりも聞くばかりだし、発するのは片言。IDを知りたいと思ってたのに、何と彼女はスマホはおろか携帯も持っていなかった。
お昼休みに飯を誘おうと思えば、毎日教室からいなくなってた。学食でも行ってるのかと思ったら、見つけることが出来なかった。おかしいと思って尾行してみたら、トイレからずっと出てこなかったり、屋上の扉の前の階段でずっと膝を抱えたまま動かなかったりした。
おかしい……昼食を摂ってる様子がない。
あんなに身体が小さいのは飯が足りてないんじゃないのか?
階段で膝を抱えてる時に彼女の太ももが見えた。
偶然見えてしまっただけで、覗くつもりはなかった。
俺だって思春期の男だ。つい見えたら凝視してしまうのは仕方がない。
だがそんな性的な感情は一瞬で消えた。
彼女の太ももから、血色の悪い大きな痣が見えたからだ。
それが気になって、授業中明るいところでもう少し彼女を凝視してみる。
暑くなってきた今日でも一人だけ長袖だ。
やっぱりおかしい……。
放課後はなかなか家へ帰らずに図書室で本を読んでるか、試験前でもないのに勉強をしていた。しかもそれが至福の時と言わんばかりに一番楽しそうにしてた。
あまりに楽しそうに本を読み、勉強をしているその光景は、一枚の絵になりそうなほどまぶしい。そのため俺は声をかけることが出来ないでいた。
ずっと見ていたい……。
でもすごく不思議だった。あんな女子、今のご時世で有り得ない。
家では俺も親父もあまり会話がないが、ふと皿洗いをしながらその話題を話してみた。
はじめは女の子に興味を示した俺に、母親の死を吹っ切れたのだろうと嬉しそうにしていた親父。
話して説明が終わると、親父は訝しげな顔をした。
結局その子は家庭環境が劣悪なのではないだろうか?という結論に至った。
「貧乏と言うこと?」
「いや……。それ以上だな……おそらく」
「というと?」
「……児相か警察が動く必要のある話かもなぁ……」
親父の深刻な顔に、俺は「ひゅ!!」っと息をのんだ。
さらに……。
彼女はクラスのグループでイジメにあっていた……。
スクールカーストAグループの中でも特に仲の良い小さな塊のグループだ。周りに見せつけるようにグループ内でパシリをやらされ、軽い暴力を振るわれていた。
俺は怒り狂った。なんてひどい事をするんだ!!!!!
なんで彼女ばかりこんな仕打ちを受ける?神様がいたらぶん殴ってやりたい!俺は彼女の素性を知れば知るほど、心が引き裂かれそうなほど、苦しくなった。
俺のことはどうでもいい!今はとにかく行動だ!
俺はグループリーダーの女子に問い詰めた。
「おい!お前っ!なんてことをするんだ!!!これはもう犯罪だぞ!!!!」
「ゲッ!二見……。い、いいでしょ?なにしようとあーしらの勝手」
「そ、そうだよ昴くん。それにこれはただの遊びだよ?」
「それなーっ!」
「だって花咲も了承してるんだよ?私たちの遊びを邪魔しないで?」
「なっ!……テ、テメーら……」
俺とその女子グループ全員とにらみ合いになった。
しかしそれもすぐに彼女の言葉で霧散する。
「……わ……私……ふひひ……へ、平気。あ、あそ……んでる……だけ……」
ああ……なんてか細い、弱弱しい声……。
だけれど澄んでいて守ってやりたい愛おしい声だった。
「じゃそういうことだから?もう絡んでくんなよクズ不良!」
「じゃあね。昴くん。今日は部活ないからいっしょに帰ろう?」
「おーおーお熱いねぇ~幼馴染うらやましぃ」
「それなーっ!」
彼女たちは去っていく。
一番最後尾の花咲さんはペコリと深々とお辞儀をして後に続いた。
そうか、彼女は【花咲】さんというのか。
この時俺は、初めて彼女の名前を知った。
って!ああ、くそ!!!……俺は無力だ。
女子に対抗するには暴力は全く役に立たないのだ。
そういえば、あのグループには俺の幼馴染である絵里がいた。
絵里に頼めば、もうちょっと情報が得られるだろうか?
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