第九話 死へのホワイトアウト

……


……


……ズキズキ


……


……


……ズキズキ



「これは上物じゃねえですかぁ旦那ぁ!」

「そうだろう?これでまだ13だ。長く稼げそうだろ?」

「ちいと痩せすぎだが……これなら整えれば物好きなお貴族様には人気がたかいですぜっ!」


だれ?……何の話だろう?

頭が割れるように痛い……。


……ズキズキ


それに誰?男二人?

視界がぼやけて、よくわからない……。

それに身体が痺れて、力が入らない。


「して、いくら出せる?」

「こ~の娘ならぁ……小金貨5枚でどぅ~うですか?」

「中金貨1枚だ!」

「そ~りゃ無理ですぜ~じゃあ小金貨7枚!」

「ふっ、それでいいだろう」

「交渉成立~ですねぇ……じゃ~あ奴隷紋の付与と首輪、つ~けちゃいますね」

「ああ金はギルドカードへ」


随分特徴のある話し方をする男と、寡黙そうな黒い鎧の男だった。

何か手続きが完了したようで、握手をしている。

もしかして……


ドガッ!


「……っぅ……ぅ……ぅぐ……ぅぇ」


びちゃっびちゃ!


かなり強烈な蹴りを受けて吐き気がすごかったけど、何も食べなくて胃に何も入ってない。

胃液、唾液、それと血液ばかりを嘔吐する。


「っ!……ゃ……ぇ……」

「おいクソ女。起きろっ!」


ぐいっ!と男は慣れてるように私の髪の毛をつかんで、乱暴に無理やり上に向かせた。

い、いたい……。



「へへっへー。お前は、こ~れからうちの奴隷商品とな~~~る」

「お前は、国から売られたんだよ」


「っ!!!!!!!!!」





そ、そんな……。




しょしょわああああああ……。




「……ゃ……らぁ……」


やだぁ……。

……必死に否定するけど、局所麻酔されたように呂律が回らない。

なにか薬を使われているようだった。


「ふふっ……この絶望する顔っ!いいねぇ。いつ見てもたまらんよぉ!」

「おいおい~恐怖のあま~り、こいつ漏らしてやがった。それにして~も旦那もいい趣味してらぁ」

「それは誉め言葉として受け取っておくよ」


横で見ている黒い鎧に身を包んだ男は私を見下して、恍惚の笑みを浮かべているようだ。

まさしく変態。


私は絶望・恐怖、両方の理由で漏らしていた。



「とりあえ~ず、奴隷の手続きをす~すめるぜぇ。ま~ずはこいつだっ!」


ガシャ!



「っひぅ!」


奴隷商の男は高熱に熱せられた焼き小手を窯から出し、私へと近づけてくる。



いや……。


ちょろちょろと太ももに生暖かさが伝う。

力が入らないうえに、頭をがっちりホールドされててまったく動けない。

手足はブランと重力に任せて、垂れ下がっているだけ。



「じゃあ、大人~しくして~ろ?」




じりじりと焼き小手を私の顔に近づける……。


やめて……。


「……ゃ……めぇ……」



目からはぼろぼろ涙が、鼻から鼻水、力が入らず半開きになってる口からよだれが垂れる。




「いく~ぜぇ?……絶望し~ろ!」




いやーーーーーーーーーーーーー!!!!

いくら叫ぼうとしても、喉が潰れていたように、まったく声が出ない。


ジュゥウウウウウウウウウ!!!


「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!」


あづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづい。


「っ……!っ……!っ……!っ……!っ……!っ……!」




「おおーおおーすげーっ!こいつ声上げなかったぜっ!お前はいい奴隷になるぞ!」



あづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづい。


本当にあつい!!!!それと自分の肌と肉が焼ける臭いがする。

初めて嗅いだ異臭に、脳が焼き切れそうになる。


……人間て臭い!


って何時まで押し当ててるの!!

本当に熱いって!!!そして痛すぎる!!!


顔を固定されていて動かせないので、私は下半身だけばったばったと暴れる。

いやどちらかというと、身体の神経が勝手に反応して、ビクンビクンと自動的に跳ねている。


……しばらくの苦痛のあと、だんだんと視界が悪くなっていくのを感じた。

身体がかってに跳ねているのに、感覚がない。


だんだん頭が白くなる……。

あれ?……逆にほわほわとして気持ちよくなってきた……。


私の体力だと、痛みで奴隷になる前に死んでしまうでは……?

そんな不安が生まれた。



怖い怖い怖い怖い怖い……。


ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……?


恐怖して、恐怖が増すほど……脳内が気持ちいい……もう真っ白に……。


ほ、本当に死が近づいているのがわかるっ!!!


だれか……たす……?……きもちいい……きもちいい……きもちいい。


とその時。








キーーーーーーーーーーン









急に周りの感覚がなくなった。




急に周囲が全くの無音になったときの、鼓膜が引っ張られる感覚。

その所為で耳鳴りがしたように感じる。

それはまるで時が止まったような……。




「……うぅうううぅ」


「……な、……なに……がっ!!!!」


「……だ、だれかいる……のか?」


ドサッドサッ!


目の前は真っ白で、上下の感覚もない。

でも、ふっと音が戻って世界が動き出した気がする。

私の奴隷取引をしていた二人の反応がない。







プハッっと息が急気に肺に入ってきた。


……はっ……はっ……はっ。


私はやっと肩で息ができるようになって、徐々に白い視界からぼやけた現実の視界へとクロスフェードした。


しばらくして、ぼやけた視界も戻ってくると、二人が倒れている。

結構時間が経っているのか、盛られた痺れ薬の効果も薄れてきたようで、少し感覚がもどった。




私は不思議に思ってたけれど、これは逃げるチャンスなのでは?

周囲をキョロキョロと見渡して、人がいないことを確認する。

私の手錠のカギは、あの醜い奴隷商人の腰にぶら下げてるキーホルダのどれかだ。

急いで合うカギをさがした。

こんな場面を見られたら私が殺したと誤解されちゃう。


カチャカチャ……。


カチャカチャ……。

……これでもない。


カチャカチャ……。

早く早く……。


カチャカチャ……。

……こっちでもない。


あー焦るけど、薬で痺れていて指が動かし難い。


カチャカチャ……。


カチャカチャ……。

ちがうちがう。


カチャカチャ……。


カチャカチャ……。

……カチ!。



開いた!これだ。さぁ逃げないとっ!

私はばれないように慎重にその場を後にした。






とぼとぼ……とぼとぼ……


急いだけど、私は薬が効いているし、すぐに疲れたので歩いてる。

もうかなり夜遅い時間だった。

辺りに人影は少なく、不審な奴隷に成り下がった私でも怪しまれずに歩ける。


歩きながら色々考える。


私が連れ込まれた場所は、スラム街の最奥付近にあたる。

あそこは官憲や兵士どころか正規の人間は誰も来ない。

あの二人が死んじゃったら、私、殺人罪?


だだだだ、大丈夫だよね?私のほうが襲われたんだし。

確か王国の法律だと、その場の状況次第で、とかいい加減な記述だった。

貴族がよく人を殺すからだって。でも今の私って奴隷?浮浪者?追放者?

とにかく何も発言権がなさそう……。


……んむぅ。

いまどんな状態かわからないけど、捨てられたことは確か。

だったらもう犯罪かどうかより、生き残れるかどうかだけ考えた方が得策かな?

となると、今晩は街でうろつくのは良くないよね。

宿屋に行きたかったけど、もうみんな寝てるでしょ。

誰も頼れる人がいないはつらい……。


とぼとぼ……とぼとぼ……


とぼとぼ……とぼとぼ……


……ぅぅ。ちょっと寂しくなってきた。

メイファさんどうしてるかなぁ……。優しくて楽しかったメイファさんとの時間はもう帰ってこないだろうなぁ。

リコともちゃんとお別れしてない……。



とぼとぼ……とぼとぼ……


とぼとぼ……とぼとぼ……


そして私はどこへ向かっているかというと、街の外。

今は人間のほうが怖いから、とある場所へ向かってます。

(次回までに当ててみてね)




街の門には夜勤の2人の平民兵士がいたけど、居眠りしてる。

大きな門は格子で閉じられてるけど、小さい勝手口みないな扉は開いたままだ。

モンスターならこれで入ってこれないのかな?盗賊は自由に出入りできそうだけど。

私は普通に通り抜けることができた。


門からすこし東側へ街の外壁沿いに歩いていく……。

今日も夜空がきれいだった。


とぼとぼ……とぼとぼ……


とぼとぼ……とぼとぼ……



到着!



(ふふ……ここなら野営しても大丈夫)



そこにちょこんと腰かける。身を預ければ、疲れが一気に噴き出した。



はぁ~……私、生きてる……。



私は夜空に広がるめいいっぱいの星を見つめた。

心地よい夜風が頬に当たると、先ほど熱い焼き小手を圧しつけられた痕がヒリヒリと痛む。

おしっこを何度も漏らして、パンツが気持ち悪い……。あとでかぶれそうだから脱いでおこう。

「生きてるって素晴らしい」とか「美しき生命」とか、ラジオで聞いて私はそういう言葉や曲が好きだった。でも今は綺麗な言葉がゴミに感じる。

自分で「死のホワイトアウト」を経験をしてしまうと、言葉ってちっぽけだなって。




……ひっく……ひっく




ぐす……。





今日はもう遅いので、明日明るくなったら考えよう。この先のこと。

今は、もう何も考えたくない……。






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