第21話
結果として毛先生は村にやって来た。村中がその新しい薬師を見物していたけれど、毛先生も負けずに龍の民を観察していて、それはちょっと滑稽な風景だった。そしてその異様なまでの幼い容貌に、お兄ちゃんにロリコン疑惑がかけられたりもした。うん。妹もちょっとそう思ってます。天龍は最初お兄ちゃんを取られるかもしれないと思ってか威嚇ばっかりしていたけれど、撫でられて行くうちにそれも無くなって、くるくるとハンドリングされるようになった。先生は友達のクロヒョウも連れて来ていて、だけどそれは大人しい性質だから、子供達には絶好の遊び相手だった。噛むことも吠えることもしないんじゃストレスが堪らないんだろーかと私は時々干し肉を与えていたけれど、老成してるからだいじょーぶだよ、と言う毛先生の言葉を信じることにして、ほどほど撫でることにした。だって龍たちと違ってふわふわなんだもんー。
砂浴び小屋も小さなパオを作って、その龍染めは全部私が行った。毛先生には手に貼り付いてしまったうろこの模様に驚かれたけど、事情を話すとはーっと息を吐かれる。
「龍染めって結構身体削ってるんだねー、驚きだわ。私のパオも、アリガトね、流花ちゃん」
「ほっ骨組みと布張りは俺がやりました!」
「うん、ありがとう飛文君。そしてよろしく、旦那様」
ぼんっとお兄ちゃんが赤くなる。さすがに十八歳での結婚は龍の民でも若い方だから、やっぱり方々からからかわれた。若い嫁さん貰って。否、彼女お兄ちゃんより六つ年上なんだけどね。普段は医者としておじーちゃんの遺したパオに居座り、夜は我が家に帰って来る。私は結婚祝いとして龍染めのスカーフを贈った。あと巫術書二冊。東西の龍の業が書かれたそれが毛先生にも珍しいらしく、ふんふんと夜中まで読んでいる始末だった。そういう夜は兄ちゃんも彫り物をして過ごすらしい。そして仲良くベッドへ。学生結婚だからお金はないけど、今のところは両親と一緒のパオだから困ってもいない。いずれ独立するにしても、多分おじーちゃんの遺したパオになるだろうから、あんまり心配はない。お兄ちゃんは手が動かなくなるまで彫り物を続けるだろうし、いざとなったらシャーマンで薬師のお嫁さんもいる。良い嫁貰ったよ、おにーちゃん。
そして。
私にも春がやってこようとしている。
「もし流花ちゃんが嫌でなかったら、俺と結婚して欲しい」
一回り以上も年の違う李先生に告白されたのだ。
いやロリコンだったらもっと可愛げのある生徒はいっぱいいるだろうから、私限定だと思いたい。思いたいんだけど理由がよく解らない。そう言うと、ニッと笑って李先生は――王道さんは、言った。
「人を好きになるのに理由がいるかい? しかしそうだな、龍にも人間にも一生懸命になれる姿が気に入ったって所かな。龍染めだって頑張ってる。手が龍みたいになっちゃう程度には。そんな理由じゃ足りないかい?」
「でも私、まだ十六ですよ? 煮炊きは出来るけれど主婦にはまだまだ程遠いです」
「これからやって行けばいいさ。それに自慢じゃないが俺の炊飯技術は惨憺たるものだ」
「本当に自慢じゃないですね」
「うっ。まあ、そう言うわけで、検討しといてくれ」
検討しておくれって言ってもなあ。王道さん三十二歳だよ。ばっちり歳が真っ二つだよ。ついでにいつかはお寺に帰るだろう人だよ。どうしたもんかなあと泉に顔を映していると、先日盛大な結婚式を挙げて私の義姉になった毛先生のが写り込む。うわっとびっくりすると、足音を立てない歩き方をする猫の民の先生は、牙のネックレスと龍染めのベスト、両方を身に着けて笑った。
「何か悩んでるみたいだからって飛文に言われたんだけど、本当みたいだねえ。おねーさんに話してみるかい?」
「李先生に告白されました」
「お坊さんのそれって破戒じゃ」
「元から破戒僧みたいなもんでしたけど、まさかここまでとは思ってなくて、色々悩んでます」
「色々って例えば?」
「例えば子供が出来たとしてもいつかはお寺に帰っちゃうんじゃーないかとか」
「もう子供の心配かい。まだ身体は子供と大して変わんない体型だから難産になるよ。私もだけど」
「本当に私でないとダメなのかなーとか」
「ふむふむ」
「ただ村で一番気ごころ知れてるだけなんじゃないかなーとか」
「うん」
「そんなこんなで悩んでます」
「じゃあ、待ってもらったらどうだい?」
「待つ?」
キョトンとした私の鼻を突っついて、義姉さんは言う。
「例えば二十歳までとか。それでも好きなままでいてくれるなら、それはロリコンでもないし誠心だと思うな」
「やっぱ今のままはロリータですよねえ、私」
「背は伸びないかもしんないけど身体つきは変わるよ。大人になる。私みたいにね」
「義姉さんみたいにかあ」
「なんか文句がありそうだね?」
「いえそんな事は」
バリバリメリハリ体型の毛先生と比べられても困る、とは言えない。
でも待ってもらうのは効果的かもしれない。
そう言うわけで次の放課後、私は先生にそれを告げた。
「あと四年かあ……」
困ったように禿頭を掻く王道さんは、苦笑いをして見せた。
「俺、一応ここに骨沈める気だから良いけれど、その間に好きになってくれるかい? 流花ちゃん」
「努力します。って言うかここの民になるつもりだったんですか」
「一応ね。ここでなら龍への恩返しは十分に出来るだろ?」
「それはそうですね……」
「村が襲われても、一応僧兵の術ぐらい心得てるし、足手まといにはならないよ」
「じゃあ、龍のベスト贈りますね」
「そんなほいほい上げちゃっていいのかい? 大切なもんなんだろ?」
「大事なものなら子供のお包みにもしませんよ。それに、新しい血が入って来るなら、龍の民には嬉しいことですから」
「龍の民なら、か」
「もちろん私個人にもですけど」
「え。それは自惚れて良い言葉?」
「知りません。それじゃ私、染め物してきますね」
「流花ちゃん!」
呼ばれても振り向かないのが私である。特に今みたいな赤い顔では。
「四年後、楽しみにしてるよ」
さかさかさかっと速足になりながら、私は泉に向かう。そして布を突っ込んで、ごしごしごしだ。
四年後、私はどんな大人になっているだろう。
龍の民としていっぱしの龍使いになれてれば良いんだけど。
そしたら龍王寺に行って、桃龍と戯れるついでに結婚の報告もしなきゃなあ。
それで破門にされたらされたで頸木もなく一緒になれるけど。
その頃には桃龍も大きくなっているだろうか。
もう一度天まで、昇れるぐらいに。
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