第14話
「よう嬢ちゃん、変わったベストだな。銀貨一枚でどうだ?」
「すみません、私はマネキンじゃないしこのベストは大切なものなのでお売りできません」
大陸の最初の市、何故か私は外で待たされてお兄ちゃんが帰って来るのを待っている。曰く応龍が言っていたことが気になったそうで、龍の民の印であるベストを隠すための外套を探しに行ったのだ。かと言ってベストを脱ぐと言う選択肢がないのは私達に無いのは、誇りを持っているからだ。それに脱いだ方が盗まれやすい。
大陸は砂礫と言うより岩石が多く、それが私には馴染みがなくてきょろきょろしていたから良いカモに見えたんだろう。普通のベストじゃない、なんて鼻が利く人だ。薄く龍のうろこ模様が出てる所為かもしれない。それにしても銀貨一枚とは剛毅だ。そんなに価値があるように見えるのだろうか。と、そこに買い物を終えたお兄ちゃんが割り込んできてくれる。
「うちの妹が何か?」
「お、兄ちゃんもおそろいのベストかい。二枚合わせて銀貨三枚ならどうだい?」
「申し訳ありませんが実用品なので値段交渉や売買交渉は受け付けかねます。流花、外套は丁度良いか」
「うん、お兄ちゃん」
「ルーファ? あんた達東の民かい?」
「それが何か?」
「東には龍がいるんだろ。そんなおっかない所で良く住んでられるもんだ。まさかそのうろこ模様、龍染めじゃあるまいな」
「質問の意図が分かりかねます。それでは」
市の中に入ってしまえば私達はただの二人連れだ、さっさと買い出しを済ませよう。うーリンゴ安ーい。でも水のドロップたかーい。買いだめして置いて良かった、ほっとしているとお兄ちゃんにてきぱきと荷物を押し付けられる。龍のとぐろでパオ代わり、って言うのもこのあたりじゃ難しそうだら、簡易テントを買った。重いからさっさと龍の胃袋に入れると、ざわ、とする。しまった、龍染めですら眉を顰められるところで龍の胃袋はまずったか。お兄ちゃんに無言でゴンッと殴られる。痛い。エルボーより骨を立てられたそっちの方が痛い。久しぶりに殴られた。ぶー。
お兄ちゃんが人ごみに紛れると、私もその藍色の外套を追いかけて行く事になる。あっという間にさっきまでの私達をかこっていたサークルはなくなって、市は賑わいを取り戻した。でもお兄ちゃんは荷物を持たないから、私が持つことになる。龍の胃袋が切に使いたい。こっちの大陸は結構冷えるらしいから、テントもパオみたいな風通しのいい素材じゃなく重い布だった。だからの緊急手段だったのに。あー絶対たんこぶ出来てるよこれ、ひどいなーうちのお兄ちゃんは。食料はまだ余裕があるとして、凍えないための装備は必要だ。龍王寺で貰った毛布も大活躍だろう。問題はお兄ちゃんの薬だな。この辺りは砂風邪がないから、さっさと渡ってしまわないと残が少なくなる。そうなると怖いのは発作だ。いざという時は老龍に頼んでうろこ一枚貰わないと。私の時は多分スパルタンで治まるまで待つ戦法を取られそうなだけに。うう、兄ちゃん妹に冷たい。でも嫌いになれないのがブラコンの罪深い所なのです、よよよ。
市の外に出て大量の毛布を雑貨袋に入れる。勿論人に見られないようにこっそりとだ。龍で渡るのは夜だけ、それまではテントで休むか歩くかのどちらかだ。寒い時は歩く、暑い時は休む。龍の上でも外套を脱ぐのは禁止。長い付き合いになりそうだね、外套。地図を見ると結構長い大陸だから、抜けるまで大変そうだ。時々は雨も降らせなきゃいけないし、これは面倒な旅になるぞ。
地図を見ている私達に、またさっきのおじさんが寄って来る。
「何だい、随分長いこと旅をしてるんだねえ」
「まだ四か月です」
「そりゃ相当だ。よかったらうちの馬貸そうかい?」
「返せないので結構です」
「そんなに長い旅かい。世界一周でもしてるのかい?」
兄ちゃんが答えないから私も答えない。へらへらしているようなこーゆーおじさんが一番危ないことは、誘拐された時に思い知っている。
「行くぞ流花」
「はい、お兄ちゃん」
未練がまし気なおじさんの視線を無視して、お兄ちゃんが歩き出す。勿論手は繋いでだ。馬で掻っ攫われたらたまらない。馬って言う動物がどんなのかはうろ覚えだけど。コブのないラクダみたいなのだっけ? 曖昧だ、うぎー。
夜も近付いて外が暗くなると、私達は立ち止まってきょろきょろ辺りを見回す。町の気配はなさそうだ。老龍に出て来てもらって、その頭に乗る。しばらくはこんな昼夜逆転した生活が続くのかあ。地図で見た限り海よりもうちょっと広かったから、四日ぐらいかな? 老龍には無理させることになりそうで、私はそれが心配だった。一気に空まで上ると、下でタァン、と銃声がした。やっぱり後着けられてたのか。ドライに納得するのと、銛みたいなのじゃなく銃を使ってくれたことに感謝がこみ上げる。あんな小さな弾じゃ、老龍は傷つかない。おまけによっぽど夜目が利かないと保護色の龍は捕まえられないだろう。小さな頃は胃袋だけが見える透明さだったけれど、大人になると胃袋は隠れるし透明と言うより鏡のようになるのだ。だから保護色。一気に天まで上る老龍に、一応私は聞いてみる。
「老龍大丈夫? 銃弾当たらなかった?」
『掠りもせんわあんなもの。しかし我のいつものペースで行くと、連中の馬に追い付かれるな。少し速度を上げるら、付いて来い』
「わわわっ」
いきなり身体にかかる風の圧力が増して、お兄ちゃんにぎゅっと引っ付く。下を見ると確かに、馬が全速力が走っているのが見えた。それでも離されていく。帽子をかぶった男の人たちが畜生、とか言ってるのが聞こえた。べー、っと舌を出して私は彼らを見下ろす。龍は強いのだ。古今東西でもベストファイブに入る。ちなみに残りは朱雀、玄武、白虎、麒麟だ。この五つが拮抗して世界を守っていた。過去形だ。今は他の四部族がどうしているのか分からない。長い戦争があったらしくて、だから私達の旅はその仲間を探すためでもあるのだと言う。もっともこの大陸にはいないだろうけれど。こっちの大陸は機械仕掛けが多いと授業で習ったことがある。だから獣の神は珍しいのだと。そして奇異の視線は畏れに変わる。畏れの感情は淘汰に向かう。だからこっちの大陸では、多分どの部族に会うこともないだろう。ちなみに毛先生は猫の一族だったから、白虎の加護を受けている。もっとも他の一族は龍みたいに奔放じゃないからひっそりと、って言うことがあるらしい。案外あのクロヒョウに化けていたのかも。
閑話休題、夜の空は寒くておまけに高スピードだったから、私は垂れて来る鼻水を何度もずびずび啜った。腕を離したら振り落とされそうな蛇行のドリフト。どこに向かっているかばれないように。まあまっすぐ西だから、そう攪乱にもならないだろうけれど。南に行ったり北に行ったりしながらも、進む方向は西だ。やがて日が昇って来るのを合図に私達は地に降り、龍の胃袋に老龍を隠して、テントを張る。初めてだから手際が悪くてお兄ちゃんには怒られたけど、なかなか立派なものが立った。おおー、と思っていると、さっさと入れと促される。はいはい、感慨持たせてくんないのね、おにーちゃんは。ぶーっとなりながら、龍王寺で貰った毛布と、市場で仕入れた毛布を出す。お兄ちゃんには薬も渡した。そしてお兄ちゃんはそれ、と龍王寺の毛布を指さす。
「多分こっちの大陸では使えないぞ」
「えっ。なんで」
「水を含んでるから砂漠では有効だが、こういう土地には向かない」
「えー……なんか申し訳ないな」
「帰ったら使えばいい。向こうなら年中無休だろうからな」
「それもそっか。でもこの毛布で耐えられるかなあ」
「耐えろ。俺はこの三枚を使うからな」
「えっ待って私には二枚なのに? おにーちゃ」
「ぐぅ……」
ひどい、寝に逃げた。くすんとなりながら二枚の毛布にくるまっていると、それでもいくらか暖かくて、私達はすかすかと眠ってしまった
目が覚めると外は夜で、いくらか寒く感じた。朝方に寝たから時間間隔が暗闇で止まっている。幸い龍の一族は夜目が利く方だから、困ることはない。お兄ちゃんから毛布をはぎ取り、私の毛布もたたんで、雑貨袋に入れる。そしてテントの解体だ。やっと目を覚ましてきたらしいお兄ちゃんが、それを手伝ってくれる。否当たり前のことなんだよね。二人で使ったテントなんだから。でも普段がスパルタンなお兄ちゃんが手伝ってくれると、妙に嬉しく感じると言うか。ドメスティックにバイオレンスなお兄ちゃんと共同作業してるとなんか妙な心地になると言うか。
老龍を水袋から出して。水のドロップを一つ上げる。目を細めたその頭に乗って、今日の旅の始まりだ。夜だけど。めっちゃ夜だけど、今が一日の始まりになるのだ、私達は。
「老龍大丈夫? 眠くない?」
『多少の眠気はあるが、問題はないよ。今日は煩い人間もいないようだしな』
「ちゃんと諦めてくれたなら良いんだけど……この辺岩石ばっかりで解毒薬も作れなさそうだし」
緑の草原なんてオアシスの一角でしか見たことないよ。西は豊かだったのかなあ、なんて詮のないことを考えながら、今日も蛇行気味の旅をする。雲より上だから、下からはよっぽどでないと見えないだろう。と、崩れかけの町はずれでおーい、と呼ぶ声がした。おーい、おーいと両手をぶんぶん振られて、お兄ちゃんと顔を合わせる。武器は持っていない、むしろ粗末な衣服だった。仕方ないな、とお兄ちゃんが呟いて、ちょっと警戒した距離、十メートルぐらい上から男の子を見下ろす形で下りてみる。
「なあ、あんたら龍の一族だろ!?」
「だったらどうした」
いきなり切り込んでこられて言葉に詰まる私と、さらりと返すお兄ちゃん。
「俺も龍に乗ってみたいんだ、乗せてくれよ!」
「断る。一族以外に龍を任すのは禁忌だからな」
「……そっかー」
しょぼんと肩を落とした男の子は、それでも負けじと顔を上げる。
「じゃあさ、雨を降らせてくれないか!?」
「なんだ、日照りでも続いてるのか?」
「うん、このまんまじゃ一週間で飲み水も尽きるって言われてる……」
「それなら、龍の民の仕事だな」
もう一度天まで上ると、お兄ちゃんに軽く肘を入れられる。分かってるよ、兄妹ですから? 私は水のドロップを老龍に放って、黒雲を呼び寄せる。ざあああああああああ――――――っと豪雨になると、町のいたるところから歓喜の声が上がって来るのが見えた。地図を見て大体この辺の街かなと当たりを付けて、赤丸を付ける。この大陸では初めての水だ。水の降ってる間にとシャワー代わりにする人もいれば、あらん限りの器で水をためる人もいる。その辺りは砂漠も一緒だな、なんて、ちょっと懐かしい気分になった。
「黒雲はしばらく置いておく。一か月はもつだろう」
「ありがとう! 龍の民の人!」
「じゃあな」
そっけない態度だけれどお兄ちゃんはふっと笑って、老龍と一緒に天まで上る。でもさー。お兄ちゃんさー。
「お兄ちゃんいつだったかこれは『私の旅』だって言ってなかったっけ?」
「言ったがどうした」
「だったらああいう交渉事、私も混ぜてくれるべきだと思うんだけどなっ」
「お前に任せたら禁忌破りに龍泥棒されてただろうな」
「泥棒っ?」
「やはり気付いてなかったか。あの子供、腰にナイフを差してたぞ」
「こんな暗がりでよく分かったね、おにーちゃん……」
「日頃の研鑽の賜物だ。愚か者め」
「ぶー」
「豚め」
「何か前もやった気がするなこのやり取り……お父さんたちがいないからって豚豚言いすぎじゃない? おにーちゃん」
「お前が愚か者だからだ。うつけめ、大うつけめ」
「ひどい……」
半ば本気で傷付いているのに、お兄ちゃんも老龍も笑うばかりだった。
ひっどいなあ、もう。水のドロップ上げないぞ。なんてことが実行出来ないのが私だけれど。何せそれで一度老龍を殺しかけている。怖い怖い。一人は怖い。三人一緒に旅をするのが私たちなのだから。それにしてもこの大陸は荒れてるなあ。あんな子供がナイフなんて。ぶるっとちょっと震えてしまう。す、砂風邪じゃないよね? 一応毛先生から私の分も薬貰ってあるけれど、ぎりぎりまでそれはお兄ちゃん用のストックにしておきたかったり。だってお兄ちゃん身体弱いもん。でも旅に出てからはそうでもないな。一回死ぬと体質も変わるんだろうか。
そんなことを思いながら、私達は空を行く。今日は追っ手もないからのんびりといつもの速度だ。雷雲で受けたマイナスイオンで気持ちが良い。レナード現象、って奴だと本で読んだことがある。どうして雷雲なのに気持ち良いのか知りたくて。
『このあたりの街は龍にはあまり好意的ではないらしいな』
「雲さん情報?」
『ああ。雨があまりにも降らないことを恨みに思っているらしい』
「そんなこと言われてもなー……龍だって世界中にいるわけじゃないんだからなあ」
「だから迂闊に近付くべきじゃない」
「最初に老龍下ろしたのはお兄ちゃんだよ?」
「ちゃんと距離は置いてた」
「毒銛とかで攻撃されてたらどうしたの」
「あんな萎れた街にそんなものはないと判断した」
「なんか言いくるめられてる気がする……」
「良いから行くぞ、老龍」
「私はっ!?」
がびんっとなりながらお兄ちゃんの背中にしがみつく。
うー。お兄ちゃんにはやっぱり、敵わない。
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