第1話

 龍は天災も起こすし吉兆の印にもなる。だから龍と心を通わせることが出来る龍の民は一所にとどまらず、定期的な旅をして世界を見て回らないといけない。それが龍の民の子として生まれた宿命なのだと、学校の先生をしているお坊さんは言う。生まれた時から龍にあやされ続けてきた私達龍の民には分からないけれど、普通の人は龍の言葉が分からないのだと言う。それはそれで不思議だ。遠ざかるパオを後ろに見ていると、流石に首が痛くなって、ぐるぐる回してしまう。

「お別れはもう良いのか? 流花」

「お別れじゃないよお兄ちゃん。半年もしたら帰って来るんだから」

「お前が行く先々で喰いまくって老龍の背を痛めさせなかったらの話だけどな」

「ひどーい!」

 ぷんすこ怒っていると、老龍が笑う。

『我もそんなに軟ではないが、流花は昔からよく食う子だったからなあ。少しは心配だ』

「もー老龍まで! おやつ上げないよ!」

『それは困るな』

「老龍、取り合うな。こいつは一人で飯食うのが一番嫌いな奴だ」

「うっ」

『それもそうだったな』

 なんだかんだと年下をネタに……!

 ぷいっとそっぽを向くと、感覚が伝わったのかお兄ちゃんも老龍も笑う。だけど私は空中ではお兄ちゃんから離れられない。そんなことしたら真っ逆さまに落ちてしまうからだ。かと言ってお兄ちゃんにしがみついているのも暇だ。竜の胃袋製のポシェットから角砂糖を出すと、老龍が口を開けたら、ぽいっと放り込んであげる。うまうましてるんだから老龍だって結構な食いしん坊だ。でも龍の胃袋は効率よく食事をするために入ったものは小さくなる。糞だって人間と変わらないぐらいだ。食べる量は結構だけど、それも水で足りるぐらいだから、『えこ』な身体をしていると思う。こっちは食べた分すぐお腹の肉になっちゃうんだから、ちょっとは年頃の乙女として羨ましい。水かあ。私もやってみようかな、水だけダイエット。夏になったら。今はまだ外は秋だ。寒いし冷たいのは嫌だ。こういう横着さが私を形作ってるんだと思う。いいじゃない別に。ぶー。

 でも不作の年に一人分だけパンを出されているのはすごく嫌だったのだ。普段はお母さんとお父さんとお兄ちゃんとおばあちゃんとおじいちゃんと、六人そろってたテーブルに、ポン、だ。お兄ちゃんまで手伝ってるのに私は末っ子だからと家を任されるのは、怖いし寂しくて嫌いだった。それは分かって欲しいんだけど、きっとこの二人は笑うだろう。弱虫毛虫泣き虫流花。昔みたいに笑うんだろうな、と思うと、ずっと秘密にしておかなきゃならない気もする。まああの時は龍の堆肥で何とか飢饉は逃れたけど。万能。龍万能。

 そんな万能な龍と一緒だからこそ、成人して間もない子供と一緒に龍との旅が進められるんだろう。と、けふっとお兄ちゃんが咳をした。

「お兄ちゃん?」

「なんか埃っぽい……この先の村。もしかしたら日照り続きかもしんないぞ」

「そうなったら老龍の出番だね! 水のドロップたくさん持って来てるから、大丈夫だよ!」

『何をもって大丈夫なんだかのう。まあ我らの仕事には変わらないか』

 龍の民一番の仕事。

 それは飢饉を抑えることなのだ。


 雨雲を喰っては雨を降らす。龍の基本的な食事と排泄はそれだ。龍の中で浄化されたお水だから肥やす必要もないし人々にはむしろ美味な水になると聞いている。聞いている、と言うのは、生まれてから今までそれ以外の水を飲んだことがない所為だ。よそのお水がどんな味なのかは知らない。それはさておき、向かった村は確かに乾いていた。植物も見えないぐらい。そして『龍』と書かれた大きな旗が立っている。龍は信仰対象でもあるらしいので――本当私達には分からないことばっかりだ――だからの旅なのだけれど――その旗の掛かった村には龍が必要なのだとも、分かる。

 旅に出る方向はみんなあっちこっちだ。その方が色んな村を見て行けるから。私たちはひたすら西に進むことにしていた。コンパス見るのも楽だし、幸いそっちに向かった龍の民もそれほどいなかったから。でもその所為で旗を掲げるほどになっちゃったのなら悪かったな。思っていると、村々から人が出て来て、こっちに何かを叫んでいる。雲の真下を行く私達には何を言っているのか分からないけれど、助けを求められているのは解ったから私は老龍に水の入ったドロップを食べさせた。おやつの一つだ。みるみる周りの白かった雲が黒くなり、雨が降り始める。雲の中は蒸し暑くてあまり好きじゃない。だけど下の人たちの様子を見るためには必須だ。我慢我慢。すると村人が一斉に村の外に出る。併せて私達も雨を降らせながら付いていく。そこには大きな池の跡があった。なるほど、今まではそこに水があったけれど、日照り続きで干上がっちゃったのか。

「お兄ちゃん、ドロップもう一つあげて良い?」

 一応お伺いを立てると。

「それ以外俺達に出来ることがあるか?」

 クールな返事に、私はえへへっと笑いながら老龍の口にドロップをもう一つ放り込んだ。

 たちまち豪雨になって、水が溜まっていく。最初は乾いていたけれど、もう溜まり始めていた。私はお兄ちゃんの背中を机代わりに地図を出して、村の位置に印をつける。補給完了の赤丸だ。老龍が動かないでいてくれるのがありがたい、ほっとしてから私は龍の胃袋に地図と鉛筆をしまった。そうするとこの地方の水瓶も満タンになったようで、ついでに畑も水やりしていくと、わあわあきゃあきゃあ嬉しそうな声が出る。にししししっとそれを笑っていると、だらしないぞ、とお兄ちゃんには怒られてしまった。でもでも、村一つ救えたってすごくない? ねー老龍、と声を掛けて見ると、困ったように目じりにしわを寄せられてしまった。

『あくまで一時凌ぎにしかならんだろうさ。干ばつが続けばまた元通りだ。彼らは龍の旗を掲げなおすだろうて』

「でも『一時』助けられたんだよ? それじゃすごくないの? ずっとずっと救いを求め続けられるよりいいと思うけれどな」

「お前は物事を単純に考えすぎだ。老龍の言う通り、一時だけ救われても仕方がない。大方地下水脈が尽きたんだろう、あそこは。水が戻ることはおそらくない。それまで定期的な雨を願うしかないな」

「ぶー……あんなに嬉しそうにしてもらったのに、二人とも考えが固いよー」

「お前が馬鹿なだけだ」

「馬鹿じゃないよ! お兄ちゃんより成績良いもん!」

「机上の空論って言葉は知ってるか?」

「ぶーっ……」

『ついでに怪我の功名もだな』

「へ?」

『我が呼んだ雨雲しばらくあそこにいてくれるようだ』

 龍は雲の声を聞ける。

 私は後ろを向いて黒雲に声を掛けた。

「ありがとー、お願いねー!」

 元気良く叫ぶと、ごろごろごろっと雷の音がした。

 よし。

 良い事したぞ、私!

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