もう一度天まで ~龍の一族探訪記~

ぜろ

プロローグ

流花ルーファ! 荷物の用意出来たか?」

「待ってお兄ちゃん、もうちょっと!」

 言って私は飛文フェイウェンお兄ちゃんの後ろを、『龍の胃袋』を腰にぶら下げながら付いていく。その先にいるのは私たちの龍、老龍ラオロンだ。三代は我が家に使えていると聞いたことがあるけれど、その前はもっと自由気ままに辺りを飛んでいたんだと思う。名前の通り老龍は顔のしわが多く、身体も長い。龍の若さは身体の長さで分かると聞いたことがある。十五メートル級の老龍は、結構なお年寄りだと思う。

 龍の胃袋に摘めたのはハンカチを数枚におやつをたっぷりだ。竜の胃袋には中のものを小さくする効果があって、ポシェットサイズでも十立方メートルは入る、と聞いたことがある。学校で。

 その学校もしばらくはお休みだ。龍の民――私達のことだ――は、十五歳になると龍と一緒に世界を一周する旅に出ることが決められている。とはいえお兄ちゃんは十七歳だ。間抜けでどんくさい妹が一人で龍と旅が出来る訳がないと、村長に掛け合ったせいだ。お兄ちゃんはこの二年、旅を終えた級友達にからかわれ続けたという。一人で旅が出来ないのはお前はじゃないかとか、あんな自由を知らないなんてもったいないやつだとか。それでもやっと私が十五歳になると、張り切って荷物をまとめ龍の胃袋に突っ込んだ。私みたいに行き当たりばったりじゃなく、服、下着、お金、飲み水、龍の食事と必要なものをてきぱき。きっと私よりこの日を楽しみにしていたんだろうことが分かる。お兄ちゃんは持病もあるから――咳がひどいのだ、身体を起こしていないと眠れないぐらい――お兄ちゃんにとっても私にとってもこの旅は互恵的だった。最後にお兄ちゃんの薬を入れて、緒を締める。お兄ちゃんはもう老龍に乗りかかってその角を握っていたから、私はその腰にギュッと抱き着いた。小さな頃から前に乗せて貰ったことはない。多分楽しいんだろうな、とは思うけれどねだったりしない。自分の不器用さは知ってるから、きっとしっちゃかめっちゃかになってしまうだろう。老龍の角を改めて掴んでみると、お父さんとお母さん、近所の人たち、学校の友達が不安そうに私達を見上げていた。だいじょーぶだいじょーぶ、私達しっかり者の兄妹だし。主にお兄ちゃんが。

「お父さん、お母さん、行ってきまーす!」

「気を付けるのよ、飛文、流花! くれぐれも怪我はしないようにね!」

「解ってるって! 飛ぶぞ流花!」

「はい、お兄ちゃん!」

 老龍は身体をのそりと起こし、そのまま空を上っていく。

 私たちの旅の始まりは、大体そんな感じだった。

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