第22話

城を出た僕は、歩きながら人気のないところを探す。


転送口である神殿にはもう兵士たちが向かっているだろう。


だが自分のすべきことは彼らとともに待ち構えることではない。今ダンジョンにいるフェリックスを止めることだ。


周囲に誰もいなくなったことを確認して、僕は胸元からペンダントを取り出す。


【ほうき星のかけら】。


かつてミアから貰った神器、神殿を介することなくエリュズニルへと向かえる唯一の転送装置だ。


まさか巡り巡って、こんな形で使うことになるとは。


だが、今は貰っていたことを感謝するばかりだ。


「流星の神器よ、俺を届けてくれ。かの地へ。あの娘がいる、僕の大切な場所へ――!」


浮遊感とともに自分の身体が光に包まれ、高速で空へと飛び上がる。


そして遥か上空――エリュズニルの迷彩結界を通り抜けて、二階層のバルコニーに降り立つ。


地面に足が着いたのを感じると、僕はすぐに駆け出して内部への扉を開く。


目に飛び込んできた光景に、僕は思わず絶句した。


「うっ……!」


ミアたちがいつも団らんの時を過ごしていた大広間は、家具や調度品が激しく散乱していた。


そして倒れこみ、呻きを挙げている魔物たち。おびただしい血に塗れ、傷ついている魔物たちの姿があった。


「みんな、大丈夫!?」


呼びかけると、辛うじて動けるらしい者たちがこちらに気付いた。


「エルマー……よかった、来てくれたようだね」


「アリーおばさん! これはフェリ……ここに来た騎士がやったの?」


「ああ、そうだよ……。あんたも思い当たることがあるみたいだね」


アリーおばさんは傷の痛みに耐えながらも、フェリックスが来た時の様子を語ってくれた。


最初ミアは、転送部屋から僕以外の人間が来たことに動揺しながらも、新しい騎士を歓迎したらしい。


しかしフェリックスの方は、ダンジョンに住んでいるというミアの存在を気味悪がった。


そしてアリーおばさん等喋る魔物たちが姿を見せた瞬間、本格的に態度を一変。嫌悪と侮蔑の言葉を喚きながら剣を抜いて見境なく魔物たちに斬りかかったという。


「なんてひどいことを……!」


「ふっ……アンタが珍しいだけで、所詮人間なんてこんなもんさ。私たちのことはいい、問題はミアだよ」


「確かにあの娘の姿が見えない。ミアは、どうなった?」


「……連れ去らわれた。あいつは嫌がるミアの手を引っ張って、三階へ登っていったんだ」


ギリっと歯を噛み締める。


不可解な存在であるミアのことを鍵かなにかだと思っているのだろうか。


彼女がここで命を奪われなかったのは幸いだが、危険な上層へ連れていかれてはまだ安心できない。あそこには未討伐の強敵もいるはずだ。


「アリーおばさん、本当ならここを何とかしたいところだけど、僕は……」


「私みたいに多少な動ける者もいるし、幸いここには薬もある。心配なのは今何をされてるか分からないミアのほうだ。エルマー、あの子を頼むよ」


「……うん!」


僕は駆け出した。階段を上り三階層へ。


炎の剣はすでに抜いてある。出会い頭に飛び出してきたミミックがいたが、僕はこれを走りながら両断する。


フェリックスとミアがどこにいるか分からない今、道中の敵にかかずらっている時間はない。


しかしそうやってダンジョン内を走り回っている中、奇妙なフロアにぶち当たる。


「――!」


そこには十数体のミミックが、床や壁、天井にびっしりとひしめいていた。


明らかに待ち伏せの構えだ。


驚きもつかの間、フロア内のミミックたちが一斉に襲い掛かってくる。


――だが、この魔物たちとはもう何度も戦った。


紅衣・十二火殻くれないごろも・じゅうにかかく!」


叫びと同時に、高圧、高熱の炎が僕の身体から噴き出していた。


刃を突き立てようとしていたミミックたちが、一気に燃え上がる。


僕だって伊逹にこの階層を何度も行き来したわけではない。同時攻撃を仕掛けようとしていたミミックたちは、逆に一網打尽となった。


「ふぅ、こんなもんか」


黒焦げになったミミックたちの死骸を確認して一息吐く。ただ、違和感は払拭されたわけではない。


数の多さもそうだが、ミミックたちが姿を晒していたのも奇妙なことだ。


普段は物陰に隠れて休眠しているという彼らの生態に反している。


まるで何者かに、戦いそのものを強いられたかのような――。


『なるほどな。流石にこんなものでは死んでくれないか』


突如、フロア内に声が響き渡る。


脳裏にこだまするかのような奇妙な感覚。しかし誰の声かは明白だった。


「フェリックス!?」


『このダンジョンは一人ずつしか入れないはずだが……どうやって私を追ってきた?』


「答える義務はない! 貴方には国家機密を漏洩を含め幾つもの嫌疑がかかっている。すぐにこのダンジョンから帰還して司法の裁きに身をゆだねるんだ」


『何だと……?』


「フーゴが貴方とクレイクランが通じている証拠を見つけてくれた。すでに入口は封鎖されているぞ」


そう言うと、相手の声に息をのむような気配があった。


数秒の沈黙のあと、震えまじりの笑い声が聞こえてくる。


『はっ、はははっ……不肖の弟が、中々ふざけた真似をしてくれる!』


「フーゴは立派なやつだ。例え身内であっても許されることと許されないことの分別を知っている。貴方は彼の兄として、恥ずかしくないのか?」


『黙れ! 御託を抜かすな! ……はっ、もはや身内などどうでもいい。脱出すればこの国とはおさらばだ』


「逃げられると思っているのか?」


『ああ。しかしその前に、お前との決着をつけておかないとな』


「決着? 何を馬鹿なことを……」


その時、背後の通路から別の音が聞こえて来る。


何かが激しくうごめき、ひしめき合う音。


しばらくすると、扉の向こうから無数のミミックが這い出てきた。


十や二十ではきかない、さっきよりも更に大勢の魔物たちだ。


咄嗟に攻撃を仕掛けようとしたが、ミミックたちは僕を避けるように壁や天井を伝い、そのまま別の扉の先まで進んでいく。


「どういうことだ……?」


『エルマー・フォン・ノクスハイム、この醜い魔物たちの向かう先に、私はいる』


「!?」


『そして、お前が探している女も一緒だ』


「ミアを……彼女をどうするつもりだ!」


『それはお前次第となるだろう。この女の命が惜しいならば追ってこい。もしいらぬならば、クククッ――』


頭の中に響く声は、そのまま霞のように消えてしまった。


僕は舌打ちをして、そのまま魔物たちの列に加わるように走り出す。


魔物たちは決して僕を襲ってこない。ただ無心のままダンジョンの中で大移動を繰り広げる。


そして、僕にも理解できた。この道がどこに続いているのかを。


そう、それは三つの関所を越えた先。まだ僕が未探索の区画の、更に最奥。


四つ目の門にして、最後のエレメンタルが待っているはずの三階層最終地点。


ミミックの群れとともに、僕はその部屋へとたどり着いた。


中央にはフェリックスと、ミアの姿。


「ようこそエルマー、偽りの騎士よ」


フェリックスの顔には、残忍な笑顔が浮かんでいた。

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