第21話
僕の目の前で、国王が喉を鳴らしながらワインを飲む。
飲み干すと満足そうな顔をして、今度は鳥のもも肉に手を伸ばした。
「実に美味だ。お前が持ってきたこの【とこしえの杯】。芳醇な酒が無限に湧いてくるというのだからたまらない」
「恐縮です」
「この料理もだ。はじめはただの布切れから料理が出てくるなど不気味だったが、この味を知ってしまうともう戻れぬな。この【美食のクロース】は特に余のお気に入りだ」
「ご満足いただけて何よりです」
僕がエリュズニルを探索するようになり、それなりの日々が経った。
当初の約束通り、必ず成果として神器を献上している。探索用に使えるものをのぞいても結構な数が手に入るので、もうこの国にある神器の数は他の国とは比較にならない。
だからか、最近では特に理由がなくともこうしてお褒めの言葉を貰うことも多い。
謁見のたびに嫌な顔をされていた頃とは大違いだが、だからと言って光栄だとも思えない。
今のように飽食の限りを尽くす姿を見せられてはなおさらだ。
「それより先日の件ですが……」
「フェリックスの聴取なら終わったぞ。潔白だ」
そっけなく返事をされる。
「業物であるのは確かだが、それ以外に特別なことは何もなかった。お前の言っていた剣とはよく似た別物だろう」
「どんな力を持つか、どんな方法で起動させるか、それは神器によって様々です。すぐに違うと決めつけることはできません」
「ではなおさらだ。神器だと証明する方法もない」
「……」
僕はフェリックスの持っていた剣がエリュズニルで盗まれた神器だと見て、すぐに王へ直訴した。
しかし目の前で盗まれた本人の証言だというのに、調査は実に淡々としたものだった。
僕が話を切り出したこの一週間までのあいだ、ろくに進捗も分からなかった。フェリックスも拘束されることすらなく、任意で話を聞いただけで今は普通の任務についている。
こうも対応に差があるようだと、流石に僕も黙っていられない。
「ありますよ。神器かどうかを区別する方法」
「なんだと?」
「エリュズニル二階層にある書物、僕が探索に使っている【神器大鑑】を用いればすぐにわかります」
それ自身も神器である神秘のカタログ。あれを目の前で披露すれば、いくら何でも言い逃れはできまい。
「それはつまり、一度エリュズニルに行ってその本を持ち帰ってくるということか?」
「ええそうです。時間は取らせませんよ」
「それは……いや、ダメだ。今はダンジョンへ行くことは許可できん」
一瞬、国王ジーモンの表情に焦りの色が見えた。
僕は眉をひそめる。
「何故ダメなんです。エリュズニル探索は僕の任務のはずです」
「今は……万全ではないからだ」
「万全? 僕ならいつでも行けますよ。他にどんな準備が必要だっていうんですか」
そう言って詰め寄る。
それに王が口ごもる中、突然謁見の間の扉が開く。
入ってきたのは、フーゴだった。
「準備の問題じゃない。エリュズニルの転送ルールの問題だ。……そうですよね、国王陛下」
「フーゴ、どういうことだ?」
「今朝、兄が秘密裏にダンジョンへ送られたんだ。探索任務を命じられた新たな騎士として」
「なんだって……!?」
エリュズニルには一人でしか探索できない。つまり一度誰かが入ったら、その人物が死ぬか帰還するまで別の探索者を送ることはできない。
こんなことが僕に無断で行われるなんて非常識にもほどがある。
僕とフーゴは一斉に国王のほうを向く。
非難の目を受けて王はわずかに息をのむが、辛うじて取り戻した威厳で言い返した。
「そうだ……フェリックスはダンジョン探索に向かわせた。このことはずっと前から計画されていたのだ。いまさら疑惑がどうので変更はできない」
「何故です!? 僕がいるのにわざわざ他の人間に行かせる理由なんてないでしょう」
「それは違う。お前がいるからこそ別の誰かが必要だったのだ」
「僕がいるから……?」
「お前は最初の宣言通り、多くの神器をこの国にもたらした。今やその数はこの大陸でもっとも多い。神器の数が国力に影響することは、お前たちも理解できるだろう」
そうだ。未知のテクノロジーである神器をより多く保持していることは、純粋のその国の力である。
さきほどまで王が自らの飽食のために使っていた【とこしえの杯】や【美食のクロース】も、使い方を変えれば食糧問題の根本的な解決を果たすことができる。
「もともと封鎖されたダンジョンと一種類の神器しか持っていなかった我が国は、他二ヵ国と比べて立場が弱かった。お前はそのバランスを大きく変えてしまったのだ」
「それは良いことのはずです。何故今のまま通りエルマーではダメなんですか?」
フーゴが疑問の声をあげるが、僕にはそれが段々理解できてきた。
そして、思い切って王に尋ねてみる。
「考えてしまったんですか。もし僕がいなくなったら……と」
「えっ!?」
「……そうだ」
国王は重々しく答える。
「今の力関係はいびつだ。騎士一人が国の力を支えている。それも弑逆者の紋章をたまわった、烙印の騎士に」
「まだそんなことを……!」
「国を担う者として、余は確かめねばならなかった。エリュズニルは本当に魔物の巣窟なのか。我が騎士たちでは生きて帰ることすら困難なダンジョンなのか。……もし必ずしもそうでないなら、エルマーの任を解きより相応しい騎士を探索に向かわせる」
「それが僕の兄――フェリックスだった、と?」
「あやつは余の憂いに理解を示し、己の身の危険を顧みず探索に志願してくれたのだ。あの者なら信頼に値する。兄弟であるお前ならわかるのではないか、フーゴよ」
すがるように彼の目を見つめる国王だったが、フーゴはゆっくりと首を振る。
「僕はここ数日、兄の動向を探っていました。それはある意味兄を信じたかったからです。しかし今日、こんなものを見つけてしまいました」
そう言ってフーゴは、僕と国王の前に書簡らしきものを広げる。
送り主の名前は、隣国クレイクランの宰相のものだった。
「これは……密書!?」
「この書面にはクレイクランの騎士に討伐任務を代行させたこと、被害偽装のため魔物の生息地区を荒らした旨が書かれています。更に兄はこの対価としてガルウリム国の機密事項を漏らしており、文面だけでも入手した神器のリストがあちらに渡っていることが分かります」
「ば、馬鹿な……! フェリックスはこの国一番の騎士だぞ! 何故そんな真似をする必要がある」
「いつ頃からかは分かりません。ですが、その栄誉の大部分は虚飾だったと見ていいでしょう」
フーゴは淡々と、兄の罪を告発していく。
その冷淡な表情から、本来の快活とした姿をうかがい知ることは難しいだろう。
「砂漠の国クレイクランからすれば、土の肥えたガルウリムの土地は欲しくてたまらないはず。そして兄は来る日のために密偵として仕立て上がられていた。……陛下、あなたの信じた騎士は売国奴です」
「馬鹿な……! で、ではあの剣も?」
「やっぱり……。エリュズニルへの侵入は転移の力が必要不可欠。クレイクラン側の神器による介入だとすれば辻褄があう」
僕は放心する国王を無視して、身を翻して謁見の間から立ち去る。
一刻も早くフェリックスを追わねばならなかった。神殿の転送装置はすでに二階層に繋がっている。
そこでフェリックスはミアと喋る魔物たちに出会うはずだ。彼が魔物と共存する人間にどれほどの嫌悪を抱くかは想像に難くない。
去り際、フーゴが追いかけてきて腕を掴む。
「すまなかった」
「……フーゴ」
「兄は……エルマーのことを陥れようとしているんだろう? 俺はそれに気付かなかった」
「フーゴが謝ることじゃないよ。……でもここから先は、僕も使命を果たさなきゃいけない」
「使命……」
「君が兄弟であることを超えてフェリックスを弾劾したように、僕も彼に逆賊としての責任を取らせる」
そう答えるとフーゴが少し苦しそうに顔を歪め、それでもゆっくりとうなずいた。
「ダンジョンまでは俺もついていけないからな。――兄のことは任せた」
「ああ、任された」
僕は一言返すと、すぐに背を向けて歩き出した。
振り返ることはしない。後ろでフーゴが、押し殺すように泣いているのを知っているから。
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