第20話

三階層の転送装置は、一方通行ではなく自由に行き来できるようになっている。


おかげで小まめな休息と移動距離の短縮ができて大変便利だ。


「よし、じゃあ行きますか」


僕は関所以降の未開拓ルートを探索しつつ、ついでにノーム戦の下準備を行った。


三階層での探索はすでに大分慣れてきた。手記に書いてあった地図の力もあって、悠々と進んでいける。


いくつかの神器を見つけながら、僕はやがてノームのいる関所の門を開く。


目の前に鎮座する敵の姿を見て、僕はちょっと驚いた。


確かにゴーレムなのだが、クレインおじさんに比べて一回り大きい。


同じゴーレムといえど、性能は個体差があるらしい。


とはいえこちらも、多少のイレギュラーは織り込み済みだ。


「じゃ、みんなに頑張ってもらおうかな」


僕の手には【妖精の指揮棒】が握られている。


そして周囲には花瓶、タンス、壺、アクセサリーケースなど大小十個の品が指揮棒の力で浮いていた。


「それっ!」


僕は敵が接近してくる前に、浮かしていた物を全部ゴーレムへと叩きつけた。


もちろんそれらはただの家具。魔物にぶつけたからといって到底ダメージなど与えられない。


しかし次の瞬間、叩きつけられた家具の中から一斉に黒いものが飛び出してくる。


ミミックだ。


外部からの刺激で覚醒したミミックたちは、ほぼ反射的に目の前の動く標的――つまりゴーレムに攻撃を仕掛ける。


「よし、作戦通り」


僕はここまでの道中、神器を利用してミミックの巣になっている調度品を集めていた。


まずピヨすけの察知能力で魔物が潜んでいるかどうかを判断し、中にいるようなら【妖精の指揮棒】で刺激を与えないよう慎重に持ち運んだ。


ミミックは攻撃力と敏捷性に特化した魔物だ。


ゴーレムに、そしてその内部にいるノームに、鋼鉄の鎧をも切り裂く触腕が襲い掛かる。


相手も応戦するが、鈍重な巨体では四方八方から繰り出されるミミックの攻撃に対応できない。


そしてミミック側も即座に修復される岩の身体に、大きなダメージは与えられない。


この戦いは先日手だが、安全圏にいる僕はその様子をつぶさに監視していられる。


そして、もちろん何もせず見ているわけじゃない。


精神を集中させ、炎のエネルギーを腕に収束させる。


やがてミミックの攻撃は、相手のウィークポイントを露出させた。


背中の上部、頸椎の付近が砕かれる。岩の隙間からチラリと見える白いものは、まちがいなく植物の根――つまりはノームの姿だ。


僕は瞬時に攻撃を放つ。


火礫・龍絶槍ひれき・りゅうぜつそう


最大火力の遠距離攻撃。しかも拡散するはずの熱エネルギーを絞って、極限まで貫通性能を高めたものだ。


灼熱の槍は、修復されつつあった岩の装甲を完膚なきまでに破壊し、ゴーレムの背中をえぐる。


内部のノームは、反応する間もなく焼き尽くされた。操縦者を失ったゴーレムも、動く力をなくして床に倒れこむ。


三体目のエレメンタル、完全勝利だ。


「うーん、戦術が思い通りに決まると気持ちいいな」


残っていたミミックは流炎るえんで一掃する。


この魔物たちがゴーレム相手にここまで善戦したというのだから、相性差というのは面白い。


さて、と僕は部屋の奥に進んでいく。


いつもの神器取得タイムだ。


「今度のは……へえ、これまた正統派な」


目の前にあるのは剣だった。


鞘も柄も真っ黒で、眼球を模した装飾がついている。ちょっとグロテスクである。


ただ外見のセンスのなさを気にしなければ、まごうことなき純粋な武器だ。


思えば、今までは【不滅の種火】という火炎操作能力でのみ戦ってきた。


他の神器はその時々で有用なものを活用することはあるが、直接戦闘でメインになるようなものではない。


もしかしたらこの剣は、今までの戦い方を一変させるものかもしれない。


「【不滅の種火】も愛着がある神器だけど……ふふふ、これは選手交代かな?」


いかにも神器らしい神器だったこともあり、若干ウキウキしていたことは認めざるを得ない。


しかしここで不思議なことが起こった。


僕がその剣を掴もうとすると、すでに別の手が剣を掴んでいた。


「えっ」と思わず声をあげてしまう。


その腕は空中に開いた穴のようなものから伸びていた。そして、そのまま剣を引き抜いていこうとする。


僕は咄嗟に、謎の腕に向けて炎を放った。


剣を掴んだ腕が一瞬怯んだようだが、剣を手放さずそのまま穴の中へ消えていった。


「……」


なんだ今のは。


僕は混乱して穴が開いてたところに手を伸ばすが、もはや空を切るだけ。今ここで起こったことの痕跡は全て消えていた。


こんなこと今までになかったので、戸惑うことしかできない。


確かなのは、あの神器はもう僕の手元にないということだけだ。


「せっかく勝ったのに……報酬なしってこと?」


調子に乗っていたので「お前じゃダメだ」とダンジョンの神様に没収されたのだろうか。


なんにせよ落胆はぬぐい切れず、がっくりと肩を落とす。


僕は落ち込みつつも隠し扉から転送装置を起動させ、二階層に戻った。


僕が二階に帰還するのとほぼ同時に、ドアが開いて部屋にミアが入ってくる。


「ミ……」


「エルマーさま、ご無事でしたか!?」


僕が呼びかけるよりも早く、ミアが慌てた調子でそう言った。


と同時に、ミアに次いで二階の面々がわらわらと部屋の中に入ってくる。


「え? 何? どうかしたの!?」


「そりゃこっちの台詞だよ。三階層で何もなかったかい?」


アリーおばさんがそう言って問いただす。


何もなかったかといえば、何かはあった。


僕は先ほどの空間の穴を通って出てきた腕、そしてその腕に神器をとられたことを説明する。


すると魔物たちの間にざわめきが広がる。


「あの、僕にもわかるように説明してくれない?」


「はい。先ほどこのエリュズニルに、不正な手段で侵入したものがいると感知されました」


「不正な手段……?」


「現状、この城とパスがつながっているのはエルマー様が通る王都の神殿のみです。それ以外の転移は『侵入』となり、楔の一族である私や、転送を手伝ってもらっているみんなにも察知できるようになってるんです」


「……あ、なるほど。さっきのはその侵入者の腕だったってことか」


「当たり前だろ。いったいなんだと思ってたんだい」


「いや、ほら、このダンジョンは一人ずつしか入れないって話だったからさ」


他の誰か、という考えには思い至らなかった。


しかしそうか。前に貰った【ほうき星のかけら】のように別の転移手段があれば入ってこれないでもないのか。


「でも、少し安心しました。侵入者がエルマー様に危害を加えていたらどうしようかと」


「うん、神器は奪われちゃったけどね」


「はい! それも許せません! とりあえず今回と同じ方法で侵入はできないよう、こちらで転移術式を変更しておきました!」


「まあ、とられたのは門番を倒して手に入れた神器なんだろ? それならあっちも性能までは発揮できないはずだよ」


「そうだね、とりあえず今回はそれでよしとしておこう」


しかし、僕以外の人間がこのダンジョンに入ってきたことは、留意しておかなければならないかもしれない。


そもそも転移自体が神器かそれに類する技術でなくては不可能なこと。


それが使える相手となると数は限られている。


無許可の神器保持者か、あるいは他国の諜報員。


封鎖されていたエリュズニルを攻略し始めたのは、もう他の国にも知れ渡っているはずだ。


僕たちはその後ダンジョン内を少し見回りして、他に盗まれたものや荒らされた場所がないことを確認した。


地上に戻ってからこの事を国王にも報告したが、残念ながら真剣には取り合っては貰えなかった。


もともとエリュズニルの事は僕以外には手を出せないのだ。不服はあるが、関心を払えというのも難しい話なのだろう。


そして、地上に戻ってから数日が経ったある日。


僕は驚くべきものを見た。


「やあ、エルマー君。久しぶりだね」


魔物退治のために遠征していたというフェリックスが帰還したのだ。


悪名の高い危険な魔物を倒したというので、派手な凱旋が催された。


巨大なサルのような魔物の首級を台車に乗せ、騎士団の先頭を歩くフェリックス。


その手には、禍々しい剣が握られていた。


「ああ、これかい? 馴染みの店で買った掘り出し物さ。魔物の首を切断するほどの切れ味を持った、実に素晴らしい武器だ」


「……」


「きっと、君の炎の術にだって負けないよ」


彼はニヤリと不気味に笑う。


黒い鞘に黒い柄、眼球のような装飾。


それはあの時奪われた、剣の神器だった。



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