第19話
王都に戻った僕らは、国王に任務の達成を報告した。
結果は上々といえるだろう。烙印の騎士――弑逆者の紋章を持つ僕が、魔物退治という目に見える成果を出したことで、市井の反発はやや穏やかになった。
またフーゴは、新米でありながら魔物の討伐数を稼いだことで賞賛を受けることになる。
神器の力を借りたということもあり本人は申し訳なさそうにしていたが、そんなことを自白されるとこっちが困るので、素直に受け止めるよう説得しておいた。
問題は他の騎士連中からの評判だ。フェリックスは宣言通り僕が活躍したことを語ったようだが、あまり心証に変化はなさそうだ。
彼の語り口がおざなりだったのか、それとも国王が予想していたより疑いの目は厳しかったのか。それは僕には分からない。
だが僕は自分の役割をまっとうしたのだ。
また再びダンジョンに行くことを止められることはなかった。
そして――
今、僕は三階層二つ目の関所にて、門番のシルフと戦っている。
「
てのひらからいくつもの火球が生まれ、次々と放たれる。
それをすいすいと避ける敵の姿。
シルフのことを『風の妖精』などと可愛らしい呼び方をする者もいるが、実際はそんなものではない。
例えるなら、芋虫にそのまま三対の羽をくっつけたような形をしている。
魔物としては比較的小型だが、それでも人間の赤子ぐらいの大きさだ。
空中をくねくねと遊泳するさまは、不気味なことこの上ない。
また、その攻撃も苛烈だ。
「――っ!」
僕がとっさに飛び退くと、後方の壁に亀裂が入る。
シルフは空気を操り、これを刃のようにして放つ能力を持っている。
不可視の斬撃。これを防ぐのは容易くないだろう。
しかし今回の僕は、これに対して対策を用意してきた。
今羽織っている外套、【夜半の狩人】だ。
五感を鋭くする神器。ナイトストーカーとの戦いで、この神器は特定の状況化でかなり優秀なことが分かった。
そのため関所攻略を真夜中まで待って、万全の状態で挑んだのだ。
今の僕には、空気を圧縮する際の微妙な光の屈折を捉えることができる。また攻撃が放たれる瞬間の風圧を、皮膚触感で察知することも可能だ。
ここまで準備ができたのは、前回見つけたあの先代探索者の手帳が大きい。あれには関所の攻略法こそ載っていなかったが、それぞれ炎、つむじ風、岩、水滴のマークがついていた。
相手がエレメンタルだということが分かっていれば、次を予測することもできるというわけだ。
「
迸る斬撃の嵐を、空中機動で回避し続ける。
そして隙を視つつこちらも
――そろそろ準備が整ったかな。
攻撃の波が一旦止まったところで、僕は炎の剣を床に突き刺す。
「起動!」
言葉とともに、床や壁からいくつもの火柱が立つ。
至近距離からの予期せぬ奇襲に、シルフの動きは大きく乱れる。
その炎は、先ほど放った
実は連射攻撃に交えて、設置式の技を同時に放っていたのだ。
その名も
火柱は次々と増えていく。シルフは持ち前の俊敏さで何とか回避を続けているが、その動きはこちらが誘導したものだ。
炎に周囲を囲まれた中、シルフの逃げ込む先に僕の剣が伸びる。
一閃。
炎熱の刃はシルフの胴体を両断し、そのまま燃やし尽くした。
「よし、これで第二関門も突破だ」
僕は奥にある神器を確認する。
台座に置かれていたのは、工芸品めいた不気味な指輪だった。
【獣の王の指輪】
古く力ある獣の牙から作られた指輪。
これを嵌めると闘争本能や生存本能がたかぶり、精神に変調をきたす。
しかしその真の力は、資格ある者が瀕死の危機に陥ったとき発動する。
抑え込まれた本能の覚醒は持ち主の潜在能力を極限まで高めるだろう。
僕は一読して【神器大鑑】をパタンと閉じる。
「いや……これただの危険物だ」
嵌めたら凶暴化する指輪なんて怖すぎる。
一応『死にそうになったら凄いことが起きる』みたいなことが書かれているが、効果の説明が曖昧で不安要素が大きい。
「百歩譲って死にかけるまでは使いたくない……まあ大切にしまっておきますか」
指輪をポケットに入れ、僕は一息つく。
これで三階層はようやく半分だ。どういう理屈かは知らないが、一階、二階に比べて規模が大きい気がする。
それだけに途中の転送装置が大切だった。
「ピヨすけ、今回も見つけてくれるか?」
「ピヨピヨ!」
呼びかけると、ピヨすけは懐からすぐに飛び出してくる。
くるくると辺りの飛び回った後、壁の隅っこで羽ばたく。
「ピヨ! ピヨ! ピヨ!」
「はいはい、そっちね」
先のナイトストーカー戦でのこともあり、何だかんだ言ってこの小鳥には助けられている。
ピヨすけ、という名前にもそれなりに愛着がわいてきた。
「じゃ、戻ろうか」
「ピヨ」
僕は隠し通路を通って転送装置を起動させる。
二階層に戻ってくると、転送部屋の片隅でミアが眠っていた。
「ミア……ずっと待ってたの?」
外に出れない身の上とはいえ、彼女も夜に眠て朝に起きる規則正しい生活をしている。
戦う前に真夜中まで待つことは伝えていたはずだが、それでも戻ってくるのを待っていたようだ。
なんとも甲斐甲斐しい。それともこれが、『楔の一族』たる自分の役目だと思っているのだろうか。
「……」
あの日、彼女に恋愛とは何かと問われた。
どうやら僕は彼女の世間知らずぶりを侮っていたようだ。無邪気に問う彼女に結局僕は答えを出せず、未だ曖昧な態度を取っている。
多分、僕はミアのことが好きだ。
彼女も僕のことを意識してくれていると思う。
けど、その気持ちは一族の義務感やこのダンジョンという環境の問題と切り離せないだろう。
恋だの愛だのを語るにはあまりに厄介な立場だ。
「……とりあえず、ここで寝かしておくわけにもいかないな」
起こさないようにそっと肩を抱き、ミアを両手で抱きかかえた。
扉を開いたところで、ちょうどクレインおじさんに出会う。
「ああ、やっぱり眠ってしまいましたか」
「うん。悪いけど寝室まで案内してくれない?」
「ええ」
そのままクレインおじさんについていく。
寝室と言っても彼女個人の部屋はない。ベットが置いてあって、他の魔物がいない部屋に寝かせるだけだ。
毛布をかけて部屋を出ると、なんとなく彼と話すことになる。
「クレインおじさんはここに来てどれぐらい経つの」
「十年とちょっとぐらいですかね」
「……意外。もっと長いのかと思ってた」
「愛称がおじさん、ですからね。自我に目覚めるまでの期間がはっきりしないので、私たちの年齢感覚はわりと適当なんですよ」
そうは言うものの、彼の言動には紳士的というか、年月を感じさせる堂々とした風格があるような気がする。
ミアも、アリーおばさんと並んで彼を頼りにしている印象があった。そういうところが「おじさん」と呼ばせるのだろう。
「じゃあクレインおじさんが来た頃ってミアの両親はいたの?」
「いえ、あの頃から人間はミア一人だけでしたよ。他の魔物はいましたが」
「その時の魔物たちって今もいる?」
「……いいえ。多分あなたが思っているよりも、魔物は短命ですよ。死期を悟って出て行く者も多い。今となっては彼女が一番の古株なのです」
「そっか……」
僕は彼女の境遇について、知らないことが多すぎる。
『楔の一族』は騎士を助ける人間だと言っていたが、このダンジョンは長い間封鎖されていたのだ。
そしてその一族についての文献は地上には残っていなかった。
もはや忘れ去られた一族の唯一の生き残り、ということになるのだろうか。
「僕には、普通の女の子にしか見えないけど……」
「普通ですよ、彼女は。ところでエルマーさんは休まないんですか? ミアもそうですが、人間は眠らないと体力が回復しないのでしょう」
「いや、僕は少ししたらまた三階層に戻るつもり」
「一度地上に戻らないのですか?」
「実は……神殿の人から、迷惑だから時間外に戻ってくるなって言われてるんだよね」
僕にはダンジョンから帰還したあと、調査結果の報告や細かい質問事項に答える義務があった。
それを警備の兵士たちには任せられないので、詰所に放り込まれることになる。
それは相手にとってもこっちにとっても面倒なだけだ。
「一応仮眠はとってるし、次の関所まで一気に進むつもり」
「サラマンダー、シルフと来て、次のはノームですか。私と同じ種族ですね」
「うんうん……え?」
「あ、やっぱり気付いてなかったんですね」
クレインおじさんはゴーレムにしか見えないが。
しかし彼が胸元を開くと、みるみるうちに岩石の身体がひび割れ、その中から植物の根のようなものが姿を現す。
カブに似ているが、人型に近い形をしている。目と口の部分には空洞があった。
「こちらが私の本来の姿です」
「確かに記録通りのノームの姿……。ゴーレムに擬態してたの?」
「というより、ゴーレムを操縦するのがノームとしての性質なんです」
土に根付く植物型の魔物。それがダンジョン内ではゴーレムとの共存状態になるということだろうか。
しかし戦う前にそれを知れたのは大きい。折角なのでもっと情報が欲しいところだ。
「ちなみに弱点とかあるの?」
「ありますよ。この植物の身体は脆いですので、ゴーレムの中から引っ張り出されるとなすすべなしです。ただ……」
言いながらするりと中へ戻っていく。そして穴が空いていた岩石の装甲はすぐに塞がれてしまった。
「このようにゴーレム自体は自由に修復可能ですので、ちょっとやそっとひび割れたぐらいじゃ効果はないでしょう」
「そっか。僕の炎は熱量はあっても物理的な攻撃としてはそんなに強くないから、そこは課題だね」
「それと、どこに隠れているかはそれぞれの個体によるので、まずそれを見つけ出さなければなりません」
再生する装甲と、発見の困難なコア。
その二つを打開する戦い方が必要ということか。
「なるほど……よし、思いついた」
「早いですね」
「上手くいくかは分からないけどね。早速試したいからすぐ出発するよ」
僕はそう答えて、もう一度転送部屋へと向かった。
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