第18話

「フーゴ!」


拠点の近くまで戻ってきたところ、血相を変えたフェリックスに遭遇した。


彼も戦いの気配を感じ取り、弟のことを心配したのだろう。


しかしフーゴ本人はもうすでにけろりとしていて、自慢げに戦果を報告する。


「兄貴! 見てくれよこれ、俺が退治したんだぜ!」


叩き潰されたナイトストーカーからはぎ取った黒い翼。それをどうだとばかりに掲げてみせるが、フェリックスの表情はかえって険しくなる。


「何を考えているんだ!? お前たちはただ見回りをしていればよかったんだ、なぜ魔物なんかと戦った!?」


「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ。フェリックスさんも罠仕掛けの時はゴブリンと遭遇戦をしたじゃないですか」


フーゴの肩を掴み叱咤するフェリックスの様子が尋常でなかったため、僕は割って入るように言い返した。


フェリックスが鋭い目でこちらを睨む。


「フーゴはまだ新米もいいところだぞ! いきなり魔物との戦いなんてできるはずもないだろう!」


「戦わせるつもりがないならなんで連れてきたんですか。それに、フーゴは魔物相手でも臆せず立ち向かっていましたよ」


「それが愚かなんだ! あいつの力量で魔物にかなうはずがない!」


言ってしまってからフェリックスははっとなったようだ。


フェリックスがフーゴのほうを向くと、彼は困ったような顔をする。


「まあ実際、俺はエルマーの足手まといだったよ。こいつの助けがなけりゃ死んでたかもしれないし」


「フーゴ、そんなふうに自分を卑下する必要は……」


「ん? 別に卑下してるわけじゃないぜ。『今はまだ足手まとい』ってだけだ。自分の力量を分かったし、こっからガンガンのし上がってやるよ」


フーゴの瞳にはゆるぎない決意の光が宿っていた。


彼はもう心配することはないだろう。この戦いは、フーゴを騎士として一歩成長させたようだ。


フェリックスはその様子を憂うような、焦がれるような、複雑な表情で見ていた。しかしやがて、ため息を吐いてこちらに背を向ける。


「……まあ、いい。魔物の退治を完遂したというならば、ここでの用事はもう済んだ。もう夜だから今日だけここで野宿して、明朝に町へ戻ろう」


「あの、例の件はいいんですか。ナイトストーカーはこっちで倒してしまいましたが」


妨害が危惧されたので、結局フェリックスのいない間に魔物退治を行った。


これでは任務の裏の目的が達成できていないので、そこを突っつかれるものと思っていたが――


「正しい騎士と烙印の騎士との協力を演出する、というのが目的の本質だ。俺はいなかったがフーゴがいて、しかも戦果も揃っているなら何とでもなる。みんなへもちゃんと話は通しておく」


意外にも彼はこれを不問としてくれるようだ。


そして話は終わりだ、とばかりにフェリックスは背を向けて拠点へ戻る。


その背中を見つめながら、フーゴがぽつりとつぶやいた。


「何となく話がかみ合わないと思ってたけど……やっぱりこの任務には別の目的があったんだな」


「え、あれっ!? フーゴは知らなかったの!? ごめん、てっきりお兄さんから話を聞いているものとばかり……」


「いや、いいんだ。エルマーはさ、さっきなんで僕を連れてきたのかって兄貴に言ってたけど、多分自分の活躍を見せたかっただけなんだろうな」


はにかむような表情でそう言うフーゴに、僕は何も答えられなかった。


僕自身も理由はそんなところだろうと思っていたからだ。


「なんでそんなことするんだろうな。今も昔も、兄貴は変わらず俺の自慢だったのに」


「……」


フーゴの顔は変わらずフェリックスの背中を向いていたが、その瞳はどこか別の遠くを見ているようでもあった。




夜が明けてから、僕たちは森を出て町へ戻った。


森にひそんでた魔物を退治したことを知らせると、町民たちはみんな大いに喜んだ。


町長は盛大に宴会を開こうと言ってくれたが、僕らはそれをやんわりと断って帰路につく。


オードランゼンから王都へと戻る道の途中、宿場である父娘に出くわした。


彼らは僕たちとは逆に王都から町へ戻る途中なのだと言う。


「この子は病気を患っていたんです。ただあの町には医者もいなくて、高熱を出した時に意を決して王都まで診せに行きました」


「でもお医者さまに診察してもらうと『これぐらいならすぐ治るよ』って。死んじゃうかもって思ってた自分が恥ずかしい……」


娘さんは手で顔を隠し、父親も照れ笑いをした。微笑ましい二人だ。


僕は少女の目線に合わせて膝をつく。


「でも具合が良くなって安心したでしょ? お父さんの決断はきっといいことだったよ」


「うん……。ねえ、お兄ちゃんは騎士さまでしょ? どこかで魔物を倒してきたの?」


「そうだよ。あの森にいた魔物を退治してきたところ」


「? そうなんだ」


少女は自分の町の近くに魔物が住んでいたということに、いまいちピンと来ていないようだった。


その一方父親は大いに反応する。


「あの魔物を倒してくださったんですか!? 実は私も森の道を通って王都まで来たので、襲われるんじゃないかと内心ビクビクしていました」


「やっぱりそうだったんですね。今後はもう心配しなくても大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。王都と町の行き交いがしやすくなれば、みんなの暮らしも良くなります。くだらない病で身体を悪くする者も減るでしょう」


「騎士として当然の仕事です。むしろ僕は、今まで本来の役目を怠っていたようなものですから……」


「?」


二人は僕の言っている意味が分からないようで、小首をかしげる。


「いえ、なんでもないんです。忘れてください」


ダンジョンを攻略し、神器を集めるのは勿論意味があることだと思っている。


しかし騎士の本分とは、こうやって力ない民衆のために戦うことだ。今回の任務で、どこか初心に帰れたような気持ちになる。


「ねえ騎士さま」


少女が耳打ちを誘うような仕草をする。


僕が応じて耳を近づけると、彼女はそんまま顔の向きをスライドさせ、頬に口づけをした。


「えっ……」


「お礼。町を良くしてくれたんでしょ?」


「こ、こらっ。すいません、マセた子どもで」


「だって感謝の気持ちは、言葉よりも行動して示したほうがいいんでしょ?」


確かに中々のおませさんだった。


しかし感謝の気持ちは本物のようだ。おそらく話の半分も分かってないはずだが、それでも自分に関わりのあることだと分かっているのだろう。


こうやって自分の行いを実際に喜ばれるというのも、僕には新鮮な経験だった。


やがて彼らは馬の体力が戻ったというので、僕らより早めに宿場を出発した。


見送り終わると、暇をしていたフーゴが僕に声をかけてくる。


「エルマー、お前やけにあの人たちのことを気にしてたな。知り合いでもないのに」


「うん、ちょっとね」


あの町でマンダレをくれたお婆さんが言っていたこと。


『熱を出した娘のために森の道を突っ切っていった若い男』がいたという話が気がかりだったのだ。


森の中で死体は見つけられなかった。それでも不安はぬぐえなかったが、ちゃんと王都について医者にも診てもらっていたのだ。


ナイトストーカーが今までに襲った者たちは救えない。しかし運よく逃れた者もあり、この先の犠牲者をなくすことができた。


これで少しだけ、報いることが出来た気がする。


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