第15話
「そういえば……あの転送装置のことミアは知らなかったの?」
エリュズニルの二階に戻ってからしばらく経つ。
僕はミアの甲斐甲斐しい手当てを受けた結果、全身包帯でグルグル巻きの状態にされた。
【魔女の軟膏】をたっぷり塗ったので、安静にしていればひとまず問題はないだろう。
しかしこう何度も怪我をしていてはたまらない。もう少し戦い方を考えなければ。
「申し訳ありません。私もここ以外の階は詳しくなくて……。でも、さっき倉庫整理をしていたら三階の地図が見つかりました」
「本当? ちょっと見せて」
頷いてミアが取り出したのは、かなり古い手帳のようだった。
ボロボロのページに、手書きで地図が書かれている。大昔ここに潜っていた騎士のものだろうか。
もしそうならガルウリム建国以前……分裂前の古帝国アルゴンの騎士が書いた手記ということになる。
文字は読めないが、地図部分の書き方はかなり精密だ。僕がマッピングしたものとも重なっている。
この地図を見た限り、どうも三階層は"関所"のような場所を通って進む形になるらしい。
さっき僕がサラマンダーと戦った部屋も関所の一つだ。どうやら転送装置の奥に進む道があり、逆に他の道は最終的に行き止まりになるらしい。
関所の数は最初のを合わせて四つ。
門番がサラマンダーだったのを考えると――
「この先に何がいるのかは、なんとなく予想がついてしまうな」
「そうなんですか?」
「うん。エレメンタル種もちょうど四種類なんだ。彼らは希少だけど、四体同時に発見されることが多い」
すなわち、サラマンダーの他にノーム、シルフ、ウンディーネ。
この魔物たちについても何か書かれていないかと読み進めてみるが、門番については簡単なメモ書きしかなかった。
その文章も、僕にはさっぱり分からない古い言語のものだ。
「この手記の持ち主は、三階層も突破してどこまで進んだんだろう」
「さあ……。でもここにあるということは、誰かが持ち帰った遺品なんだと思います」
「そっか。そうだよね」
遥か過去の、歴史に残らなかった騎士の姿に思いをはせた。
僕にとっては偉大な先達だ。志半ばで亡くなったとしても、せめて満足いく人生だったことを願う。
少しの間沈黙が流れる。ミアは黙ってしまった僕のことを気にしたのだろう。
不意に【瑠璃のひな鳥】をつかまえてこんなことを言った。
「ところでエルマー様、この子の名前はなんなんですか?」
「名前? いや、つける気ないけど」
「そんな! こんなに愛らしい生き物ですよ!? つけてあげないと可哀そうです!」
「ピヨ!」
ミアはそう訴え、ガラスの鳥も同調するようにひと鳴きする。
個人的には、あくまでも神器という感覚が強かったが、名前があって困るということもない。
「うーんそうだな……じゃあ偉大な鳥という意味をこめてグレートウイングで」
「ピピーッ!」
「えっ。それは凶兆(ダメ)なときの鳴き声……? じゃあ天空を支配する者という意味でカイザー・オブ・スカイ」
「ピピーッ! ピピーッ!」
「……どうもこの鳥は好みにうるさいみたいだ。ミアも何か案を出してよ」
ミアそう言われて少し悩みこむような仕草をしたが、やがてポンと手を打って答えた。
「えっと……じゃあ『ピヨすけ』! ピヨすけではどうですか?」
「ピヨは鳴き声だよね……スケってなに?」
「東洋の名前に使われる伝統的な言葉です。助ける、という意味だとか。きっとエルマー様の心強い味方になりますよ」
「ピヨ! ピヨ! ピヨ!」
ガラスの鳥は、僕の時とはうってかわって上機嫌な鳴き声だ。
ちょっと釈然としないものはあるけど、ミアが僕を気づかって名付けてくれたと思えば悪い気はしない。
「じゃ、お前の名前はこれからピヨすけだよ。よろしくね」
「ピヨピヨ」
「ふふっ、あなたもエルマー様のお役に立つのよ?」
それからしばらくの間、二人と一羽で歓談を楽しんだ。
ミアといっしょにいるとなんだかとても楽しい。
危険な魔物がはびこるダンジョンの中だということを、この二階層でだけは忘れていられた。
とはいえ、僕も本来は地上の人間だ。
「……さて、傷も癒えてきたようだしそろそろ戻ろうかな。ミア、転送を頼んでいい」
「はい。あの、次はいつここに来られますか?」
「それはちょっと分からないな。僕もこのダンジョンへの出入りが自由に認められてるわけじゃないから」
僕は国王の命令に応じる形でエリュズニルに挑んでいる。
自分の意志で勝手に転送装置を起動させることはできないし、逆に命じられたら必ずここに来なくちゃならない。
「でも多分、数日か数週間かぐらいでまた来ることになると思うよ」
「でも、数年先まで来れない可能性もありますよね」
そう言うミアの表情が、ひどく不安げなものになっていて驚いた。
さっきまで楽しそうに笑っていたのに。
「僕にダンジョン探索をさせるつもりがないなら、この前の時に死刑になってるよ。それに……ほら」
僕は折りたたんだ服の中から首飾りを取り出す。
「【ほうき星のかけら】だっけ? 君がくれたこの転送用の神器もある。長くは待たせないよ」
「はい。……ごめんなさい、変なことを言って。なんだか急に不安になったんです。エルマー様といる時間があまりに楽しくて、この時間を失いたくないと感じているんです」
「……えっと、それは……」
僕も男だ。好みの女の子にそんなこと言われたらどきどきしてしまう。
思い切って聞いてみた。
「違ったらごめん。き、君は……僕のことが好きなの?」
「もちろんです。エルマー様のことは敬愛しています」
「け、敬愛? いや、そうじゃなくてさ、恋愛的な意味で……」
僕が勇気を出してそう質問すると、ミアは目をぱちくりさせて答えた。
「レンアイ、とはなんですか?」
地上に戻ったら、僕はまたもやジーモン国王に呼び出された。
「エルマーよ。お主には明日より王都をたち、北部地方にて魔物退治を行ってもらう」
「……さきほどダンジョンから帰ったばかりなのですが」
「ああ、今回もごくろうだった。次の任に向けて、一晩ゆっくり英気を養うが良い」
びっくりするほどねぎらいの気持ちを感じない言葉だ。
しかし意外でもある。僕にダンジョン探索以外の仕事が回ってくるとは思わなかった。
「強力な魔物なんですか?」
「さてな。ある森に魔物が住み着き、たびたび人が喰われるという報告があった。そして先日そこの領主から嘆願書が送られてきたので、ちょうどいいと思っただけだ」
「ちょうどいい……?」
「お主について我が狼王騎士団の者から様々な申し状が届いている。『神聖な騎士団に災いの種を置くべきではない』『自分の立場をかさに他の騎士たちを侮辱している』などとな」
「身に覚えがありません」
「『人外の術を使うところを見た』という噂もある」
「……」
そっちは身に覚えがあった。
「お主のことを他の騎士団員たちが認めないようでは、余にとっても都合が悪い。余はお主の存在をおおやけに認めているのだから、騎士団にも同じ立場をとって貰わねば」
国王は、こういうことをかなりあけすけに言う。
一度死刑にしかけた自分に対しては、わざわざ『愛される王』の仮面を被る必要はないということだろうか。
「それは騎士団(あちら)側の問題では?」
「誰も入ったことのないダンジョンの中の実績だけでは、認めるも認めないもないということだ。騎士団と同じ任につき、成果を上げること。それが溝を埋める近道となるだろう」
「仰りたいことは分かります。でもそれはあまりにも地道というか、一度や二度の任務では効果がないのでは? 治安維持の任務でダンジョン探索に支障が出ても困るはずです」
というか、実のところ僕自身が一番困る。
今日のミアのことも気になるし、エリュズニルに行く頻度が減るのはあまり歓迎できない。
おそらく国王としても、神器を得る機会が失われるのは困ると思うのだが――
「その点は問題ない。君の任務には私が同行するからね」
謁見の間に、突然僕たち以外の声が響く。
びっくりして振り返ると、そこに騎士の正装を着た一人の青年が立っていた。
金の長髪に、見目麗しい顔立ち。表情はにこやかながらも引き締まった印象があり、ひどく貴族然として見える。
王は特に驚いた様子を見せず、僕に問いかけた。
「彼を知っているかね?」
「……ええまあ。宿舎で何度か見かけたことがあります。フェリックス・ツー・オルティゲン……次期総団長との声も大きい優れた騎士だと」
「君にそこまで言われるのは何だかこそばゆいな」
フェリックスは優雅にほほ笑んだ。
フーゴの兄フェリックス。本格的に彼のことを知ったのは騎士になってからだが、その功績は実に華やかなものだった。
六年前、トロールによる市街襲撃事件が起こった。彼は当時見習いでありながら、その群れのボスを討伐した立役者だ。
その後も行く先々の任務で成果を上げ、年間魔物討伐数一位に輝く。さらにこの記録は過去の狼王騎士団でも上位で、今も更新し続けている。
新興貴族のオルティゲン家をここまで有名にしたのは、爵位を継いだ長男ではなくこの男だと言われているそうだ。
フーゴが兄に憧れて騎士になったのも至極当然だろう。
「だが私たちのしていることはあくまでも防衛と現状維持。君のようにダンジョンから神器を持ち帰り、国の発展に貢献することはできない」
「……フェリックスさん、あなたは僕のことを危険だとか不気味だとは思わないんですか?」
「まったく思わないね。君は弟を助けてくれただろう? そのことだけでも十分信頼に値する」
何のてらいもなくそう答えた。
助けた、というのは多分ダミアンとデニスの一件だろう。彼の耳にも入っていたらしい。
お互いのことは知れたと見て、改めて王様が話を始める。
「フェリックスは余も重用する騎士の一人だ。年季は足らんがその分考え方が柔軟で、次世代層への求心力もある。彼と協力して任務を達成すれば、一時にせよ悪評は収まるだろう」
「……体裁を理由にした協力関係なんて、正直気が乗りません」
「そういう考え方はいけないね、エルマー君」
フェリックスは指を振って眉をひそめた。
「なんであれ人を襲う魔物がいて、私たちにはそれを討伐する責務があることを忘れてはいけない。それに、騎士の中には実際に君が魔物と戦っているのか疑問視する者も多い。もし君が魔物退治に貢献できなければ、僕はその事実を団員の皆に公表するつもりだよ」
「なっ……フェリックス、それは話が違うぞ」
慌てたのはジーモン国王だ。しかしフェリックスは、平然と言い返す。
「陛下は彼を含む騎士団の一致団結がお望みなのでしょう? であればこそ、私も私を慕う騎士団の皆に対して責任がある。自分の言葉に嘘はつけません」
「しかし……」
「はははッ、陛下ともあろうお方が何を焦っておられるのです。普通に考えれば、あのエリュズニルから帰還した騎士が、地上の魔物などに後れを取るはずがないでしょう」
そう言って彼は、くるりとこちらを振り向く。
まるで「そうだろう?」と確認を取るかのように。
「僕は問題ありませんよ、陛下。フェリックスさんはあくまで、公正に発言すると言っているだけです」
多少挑戦的な印象はあるが、彼は別に間違ったことを言ってるわけじゃない。
それに、誰が疑問視しようが、僕は僕自身の強さを自覚している。
たった一度の任務で黙らせられるなら安いものだ。
「決まりだね、エルマー君。色々言ってしまったが、任務となれば君と僕と背中を預ける仲間同士だ。戦う者として君を信頼しているよ」
「チームでの戦闘は経験がありませんので、色々とご指導を願いします、先輩」
言い合って、僕らは手を握った。
国王はその様子をやや困ったように見ていたが、やがて「しかたない」とため息を吐く。
「まあいいだろう。纏まったならそれで良しとする。エルマー・フォン・ノクスハイム、もう下がってよいぞ」
「はい、失礼します」
一礼して、僕は謁見の間から退出した。
とりあえず、今日は早く寝よう。
明朝早めに起きて、旅支度をしなくては。
――エルマーが部屋を出るまで、フェリックスは優雅な笑みを絶やさなかった。
だが扉が閉まり切ったその瞬間、一瞬だが表情が崩れる。
不快感、軽蔑、苛立ち。
それらが混在した冷たい顔が、壁を隔ててエルマーへと向けられる。
そしてポツリと、同じ室内のジーモン王にすら届かぬ小声でつぶやいた。
「……この偽騎士めッ」
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