第14話

「ふう……これで片付いたかな」


僕はいくつ目かの部屋のミミックを倒し尽くし、そう呟いた。


本来大量発生など想定しない類いの魔物だったが、今では多対一でも十分に戦える。

とはいえ全て順調だったわけではない。


最初の何部屋かは派手に炎を使って倒していたが、次第にそうもいかなくなった。


【不滅の種火】ではその部屋に眠っている神器すら燃やしてしまいかねないからだ。


名目上は神器探索のために来ているし、国王からは見つけられずに帰ってきたら処刑だと宣告されている。


すぐに探索済みの部屋を利用し、できるだけ部屋を燃やさずミミックだけを攻撃する戦い方を模索した。


結果的には良いことだったと思う。


自分でも戦い方が洗練されていくのが分かった。


魔物の習性、動きのクセ、炎の制御方法。そういう戦闘経験が積み重なっていくのを実感した。


このまま順調に進んでいけば二階層も余裕だろう。そう思って次の扉を開く。


するとそこに廊下があった。


「……?」


いや、本来ならおかしいことではないのだが、違和感がある。


二階層は個室がブロックのように繋がる形で形成されていた。そこに突然の通路だ。


道はまっすぐで、扉は奥に一つだけ。


「これは……番人がいるな」


【不滅の種火】や【夜半の狩人】のような特殊神器と、それを守る魔物がいる部屋に違いない。


一階層ではそれを倒してきた。ならばいまさら恐れることはない。


「よし」


僕はためらいなく進み、扉を開く。


熱い。


まずそう感じた。


久しぶりに広い空間だが、内装は依然とそう変わらない。


その中央に鎮座する魔物。


燃え盛る炎を身に纏い、周囲に熱気を放つ地竜の姿。


そのモノの名はサラマンダーという


「まさかエレメンタル種とは……」


僕はごくりとつばを飲み込む。


今までの魔物たちは過去の文献で多少なり情報があった。


しかしエレメンタルと呼ばれる魔物たちは希少も希少。ほとんど情報がない。


サラマンダーについて知っているのはその姿と、もう一つ。


炎が効かないという事実だけ。


サラマンダーが口を開き、火球が放たれる。


僕は回避を試みた。しかし火球は着弾点で破裂し、爆炎の余波を受ける。


炎の飛沫が腕や顔の一部に当たり、肉を焼く嫌な音がする。


「クソッ……火礫ひれき!」


こちらも火球を使って牽制しつつ、逃げ回る。


しかし当然、相手にはまったくダメージを負った様子がない。


状況は一方的に不利と言える。


【不滅の種火】は別に宿主に炎耐性をもたらすわけじゃない。熱に体力を奪われることもあるし、自分の身体が燃えれば死ぬ。


純粋な能力として、相手のほうが格上なのだ。


「……いや、そんなことはないはず」


仮にも騎士のための神器と称された【不滅の種火】が、希少とはいえただの魔物であるサラマンダーの下位互換とは考えにくい。


おそらく自分が、この力の真価を引き出せていないんだ。


サラマンダーがこちらを向き、僕の数倍はある巨体で体当たりを仕掛けてくる。


逃げてばかりでは駄目だ。身を切ってでも勝機を探さなければ。


僕は炎の剣を抜く。最大熱量の刃をもって、その巨体を受け止める。


だが――


「ぐあっ!!」


開花した騎士の力をもってしても、サラマンダーの勢いを押しとどめることはできない。


僕はそのまま壁に弾き飛ばされる。


すぐ起き上がるが、胸部に鋭い痛みを感じる。


リビングアーマーに押しつぶされた、あの時を思い出す痛みだ。


だが、そんな中でふと違和感を感じた。


炎が燃え移っていない。


さっきは火球の飛沫を浴びただけで火傷を負ったのに、火だるまのようなあの身体で突撃されて、なぜ自分の身体は燃えていないのだ。


違いといえばせいぜい炎の剣で応戦したぐらいで、それも勢いを殺すには至らなかったというのに。


だが、そこで僕はわずかな気付きを得た。


「炎……火の性質を定義するものはなんだ?」


火は形あるものではない。


例えば、相反するが水に似ている。


コップ一杯の水を水槽に入れてしまえば、取り分けることができないように――


燃え盛る炎も、より激しい火炎に交われば、呑み込まれてしまう。


「炎を我が身に……紅衣くれないごろも!」


ミミックとの戦いで編み出した新たな技。


全身に灼熱の層を纏わせ、近付くモノを焼き尽くす攻性防御術。


だがそれも、生半可な熱量では駄目だ。


自分の最大限の力、炎の剣のそれにできるだけ近づける。


サラマンダーは僕の行動を見てか、再び口を開いて炎を吐きだす。今度は火球ではなく、流炎るえんに近い性質の火炎放射だ。


だが床をなめる炎の波は、僕の身に届くことはない。


紅衣くれないごろもがその全てを吸収していた。


これは、さっきの突撃で起こったことと同じだ。


炎の剣はサラマンダーの全身の炎と交じり合い、『宿主を燃やすことのない』という【不滅の種火】の性質を伝播させた。


「この状態なら、僕にもお前の炎は通じない。これでイーブンだ」


僕はサラマンダーに向かって駆け出した。


相手は再び口を開き、火球を飛ばす。僕はこれを避けず、自分の纏っている炎の衣に吸収させる。


そしてサラマンダーの口が閉じる前に、紅蓮脚ぐれんきゃくを使って飛び込んだ。


そう、種火の力そのものが通じなくとも、推進力としての炎は通用する。


手には炎の剣ではなく、その鞘。そして肩と肘から、それぞれ炎を推進力として噴出させる。


一瞬遅れればかみ砕かれるだろう。だがそれを恐れてはならない。


鱗や筋肉でおおわれた肉体よりも、口内のほうがはるかに弱いはずだ。


「――紅蓮掌・鉄槌ぐれんしょう・てっつい!」


噴出の勢いに押された鞘の突きが、サラマンダーの頭蓋を内側から貫く。


それで全てが終わった。


サラマンダーの肉体が支える力を失って倒れこみ、その勢いで口の中にいた僕が吐きだされる。


その身体からはもはや炎が発されることはなく、黒ずんだ皮膚を持つただの巨大トカゲの姿があった。


「ふう。危なかった……」

紅衣くれないごろもを解除してため息を吐く。


頭がくらくらする。最大熱量の炎を纏い、同時に他の技も併用していたのだ。普段とは疲れの度合いが段違いだった。


血がこびりついた鞘を杖のようにしてに、部屋の奥の台座へと向かう。


ここで守られている神器はなんなのか。


台座の上にあった小箱を開ける。するとたおやかな布を敷いた上に、精巧なガラス細工が置かれていた。


それは小鳥の姿をかたどっていた。透明でなければ、生きているのかと疑ったほど見事な出来栄えだ。


僕はもっとよく眺めようと、てのひらに乗せる。


するとどうだろう。無機質なガラスの目がパチリと開き、本物の鳥のように身じろぎした。


「うわっ!?」


僕はびっくりして手を放してしまった。


落としてしまってはまずいと焦ったが、ガラスの鳥はすぐに翼を広げて空を飛ぶ。


僕の周りをぐるぐると何度か旋回し、その後肩に止まる。


「君は……生き物なのかい?」


「ピヨピヨ?」


僕の言葉が分かっているのかいないのか、小鳥は不思議そうに首をかしげる。


いや、【神器大鑑】で調べるほうが早いか。そう思って僕はページをめくる。



【瑠璃のひな鳥】

生命の雫を分け与えられたガラスの鳥。

人に触れることで覚醒し、所有者に尽くす従順なしもべとなる。

この鳥は吉凶を読みとる感覚を持ち、もし何かがあれば鳴き声でそれを知らせてくれるだろう。

また、騎士たる者が力を分け与えれば、戦いにおいても協力が得られる。



「協力が得られる……ねえ」


「ピヨ!」


元気に返事をしているが、流石に戦いで役立ちそうには見えない。


せいぜいが妹たちのペットだろう。


「ま、とりあえず神器は手に入れられたんだ。それで良しとするかな」


僕は台座にもたれかかり、そのままズルズルと座り込んだ。


いちいち緊張を強いられるミミックたちとの戦いに、さっきのサラマンダー。


少しは休まないと気が持たない。


「ピヨピヨ」


「ん……悪いけどちょっと休ませて。これからまた帰るまでしばらくかかるんだから」


「ピヨ!」


ガラスの鳥はひと鳴きすると、翼をはばたかせて部屋の一角まで飛ぶ。そしてその場でグルグルと旋回を繰り返した。


「どうしたの?」


「ピヨ! ピヨ! ピヨ!」


「……?」


その行動が意味深に見えて、僕はつい立ち上がってそこに近づく。


すると突然、壁の一部が消えてその奥に通路が現れた。


「えっ。なにこれ」


「ピヨピヨ!」


「この先に行けってこと……?」


はやし立てるような仕草の小鳥に押されて、僕はその通路を進んでいく。


その先を見て僕は驚いた。


そこは地上の神殿や二階層に遭ったものと同じ、転送装置の部屋だったからだ。


僕が中央に立つと、周囲の壁に刻まれた文様が光り出し、呪文もなしに転送が始まる。




光とともに飛ばされた場所は、エリュズニルの二階層だった。


「これは一体どういう……」


「わっわっ……エルマーさん!?」


疑問のつぶやきは、そこにいたもう一人の驚く声に消されてしまう。


ミアがたくさんの荷物を持って目の前で立ち尽くしていた。


相当驚いたのか、両手に持った荷物がぐらぐらと崩れそうになっている。


「危ないっ!?」


慌てて支えようとしてが一足遅く、倒れこんできたミアともども古書や薬箱の下敷きになってしまった。


「痛たた……」


「も、申し訳ありませんエルマー様……」


「いや、こっちこそ驚かしてごめん」


のしかかられる形だが、ミアの身体は軽くて苦にならない。


僕は彼女を支えながら上体を起こした。しかし彼女はそのまま起き上がろうとしない。


「……どうしたの?」


「えっと、ちょっと足を挫いてしまって」


「えっ! じゃあすぐ冷やさないと!」


「あっ、待って、違うんです! ほんとはそこまで痛いわけじゃなくて」


「?」


「その……足を挫いたということにしてもらえませんか?」


彼女は恥ずかしそうに言った。


僕たちの姿勢は、ちょうど向かい合ってミアが僕の胸に手を添えているような感じだ。


……もしかして僕は、彼女にアプローチされているんだろうか。


「ピヨピヨ」


不意に頭上から鳴き声がする。


一緒に転送されてきた【瑠璃のひな鳥】が、いつのまにやら僕の頭の上に乗っかっていたらしい。


ミアはそれを見上げてきょとんとした表情になる。


彼女が手のひらを広げると、ガラスの鳥はそこに飛び降りてご満悦というような仕草をした。


「くすっ。可愛い神器ですね」


「そうかな? まあこいつのおかげで転送装置を見つけられたから感謝はしているけど」


「じゃあ三階の難所を突破されたんですね……大変! よく見たらエルマー様、傷だらけじゃないですか!?」


はっとしてミアが立ち上がり、すぐそばに転がっていた薬箱を開く。


「ごめんなさい。私ったらなんてのんきな……」


「いいよ気にしないで。大した怪我じゃないしさ」


そんなことを言いつつも、思い出したかのように身体の傷が痛み始める。


けど僕は、同時にさっきまで胸に触れていた彼女の感覚を、少し名残惜しく感じていた。

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