第12話
というわけで再びダンジョンに戻ってきた僕は、図らずも探索の前に宴会の席に座ることになった。
ただ実際、ごちそうというだけあって運ばれてきた料理は見事なものだった。
柔らかくふっくらしたパン。
新鮮な葉野菜のサラダ。
具だくさんのスープ。
そしてメインは絶妙に焼き上げられた丸鶏の香草焼き。
それなりに舌は肥えているほうだけど、そんな僕でも唸ってしまうようなおいしさだった。
食卓にはたくさんの椅子が並べられ、みんなワイワイと騒ぎながら食事を楽しんでいる。
僕は向かいの席にいるアリーおばさんに声をかけた。
「ねえ、これってもしかして全部ミアが?」
「いや、流石にこの量だしあたしらも手伝ったよ。でもまあ、メニューを考えたり味を試行錯誤したり、そういうのは殆どミアの仕事だった。魔物と人間じゃ味覚も違うしね」
「そっか……いや、この料理は本当にすごいよ。本職の料理人顔負けの味だ」
「あたしらには食べ物なんて腹に入れば同じだけど、ミアがこれを作るのに工夫をこらしたのは分かる。あんたにそう言ってもらえるなら、あの子も嬉しいだろうね」
そう言って、ミアのほうを眺める。
彼女も一応席についてはいるが、給仕のように飲み物を運んだり、料理をよそったりして忙しそうだ。
何だかんだ言って他の魔物たちも、彼女の料理をおいしそうに食べている。
「……まあ、料理は味ばかりじゃなくて、それを楽しむ気持ちの問題ってことだね」
「アリーおばさんはたまに含蓄のあることを言うね」
「たまには余計だよ」
「ところで気になってたんだけど、どうして今日僕がエリュズニルに来るって分かったの?」
僕は彼らと連絡する手段を持っていない。
だからここに戻ってきたとき既に宴の準備がされていたことには、ひどく驚いたものだ。
「もしかして未来を予知する神器でもあるの?」
「ないよ。もしかしたらどこかに眠ってるかもしれないけど、私は知らない。この料理ならここしばらく毎日用意してたわよ」
「えっ」
「数日ぐらい前かね……ミアが『エルマー様が戻って来られた時に驚かせたいの!』って準備し始めたのさ。その間に献立を変えたり品数を増やしたり、色々と試してたみたいだよ」
「じゃあその……今までの宴会の料理は?」
「勿体ないしあたしらで全部食べたよ。まあ今だから言えることだけど、もし戻って来なかったら祝うあてのない宴会を延々と準備し続けることになっただろうね」
「へ、へえ……」
ケタケタと笑いながら言うが、僕には全然笑いごとではないように思えた。
それからもしばらく会談と食事を楽しんでいたが、僕はほどほどのところで席を立った。
祝ってもらう側なのに申し訳ないが、今日の目的はダンジョンの攻略だ。あまり食べ過ぎたらのちの探索に支障をきたす。
水を飲みながら腹を落ち着かせていると、同じく食事を済ませたらしいミアが声をかけてくれる。
「ご満足いただけましたか?」
「うん、とってもおいしかったよ。素敵なサプライズをありがとう」
「よかった……。私、騎士様をお迎えするのにどんなことをすればいいかずっと考えていて、自分が楽しいなって思うことを全力でやってみたらどうかなって考えたんです」
「そっか、食べ物に手を加えて料理を作るのは人間ならではだもんね」
「はい。同じ人間だからこそ、喜んでもらえるんじゃなかと」
その言葉で、思った以上にこのパーティーが手探りだったことを理解した。
魔物だけのコミュニティで自分以外の基準を持たない彼女には、宴会を開くことすらちょっとした冒険なのだ。
「……今度こっちに来るときは、何か地上からお土産を持ってくるよ。今回のお礼にね」
「本当ですか! 楽しみにしています!」
ミアは爛々と瞳を輝かせて答えた。
次の時までにちょうどいい品物を考えておこう。
「そういえばあの料理、食材はどうやって手に入れたの?」
「あっそれはですね、二階のバルコニーを一部菜園として利用しているんです。自給自足ですよ」
「へえそうなんだ。でも随分な量が――ちょっと待って、バルコニー?」
会話の途中、違和感に気付いた。
バルコニーとは建物の外に突き出した部分のことだ。
どこに存在しているかも分からないこのエリュズニル城の、外が見れる場所があるのか?
「よかったら案内しましょうか? すぐそこですね」
「……うん、おねがい」
僕はミアに連れられて部屋を出る。
短い通路を通ってすぐの門を開くと、そこからさあっと風が吹き込む。
新鮮な空気と、少し眩しく感じる日差し。
そこは確かに外の世界だった。
僕は手すりのついた端まで歩いていき、そこから下を覗き込んだ。
「これって……」
眼下に広がっているのは大きな街だ。そこに城が影を落としている。
つまりこのエリュズニルは、空中に浮かんでいるということだ。
だが驚くべきことはもう一つあった。僕はこの街並みを知っている。
これだけの規模、そして中心には華やかな宮殿。これは――
「これは……王都だ。エリュズニルは王都の真上に浮かんでるんだ……!」
「この城から外を見たのは初めてでしたか?」
僕の少しあとを歩いてきたミアが、微笑ましそうに話す。
「一階の窓は真っ黒ですが、二階の窓はちゃんと景色が写るんですよ。魔物のみんなは眩しいとか言ってカーテンを閉めちゃうことが多いので、きっと気付かなかったんですね」
「うん……。でもどうして地上からじゃ分からなかったんだろ? こんな巨大なものが頭上に浮かんでるっていうのに」
「私にも詳しくは分かりませんが、エリュズニルは『この世界にあって、この世界にないモノ』なんだそうです」
話しながら、ミアはどこから取り出したのか一枚の紙を折り始める。
やがてそれは、子どもがよく遊びで作るような紙飛行機の形になった。
「私、昔はよくこうやって紙飛行機を外に飛ばしてたんです。中には手紙をしたためて、地上に暮らす誰かに読んでもらうことを願って。でも――」
ミアの飛ばした紙飛行機は、しばらくの間空中をふわふわと漂っていた。
しかしある程度の距離まで飛ぶと、くるりと旋回して戻ってくる。
気流の変化にしてはあまりにも不自然な動きだった。
「目に見えない壁があるのかな……地上からは気付けないのもそれが理由?」
「おそらくは。翼を持った魔物にお願いしてみたこともありますが、その子も途中から先に進めなくなったと言っていました。私たちは地上を眺めることはできますが、こちらから干渉したり、あちらから私たちを見てもらうことはできないみたいです」
「……」
正直、僕はあやうい事実を知ってしまったなと思った。
この史上最も危険とされるダンジョンが、まさか王都の真上にあったなんて。
もし王や国民にこのことが知られれば、何とかして破壊せねばという話になりかねない。
だがその不安は、一旦胸の内に秘めておこう
憂いの表情をたたえるミアの肩に、そっと手を置く。
「そうしょげないで、ミア。今は僕がいるじゃない」
「エルマー様……」
「僕も口下手なほうだから、話し相手としてはつまらないかもしれないけど、そばにいて同じものを見ることはできるよ」
「約束して頂けますか?」
「え?」
「本当にそばにいてくれると約束して頂けますか?」
その声色は先ほどまでとは少し違う、真剣味のある声だった。
「エルマー様は優れた騎士様だと思います。ですがここはあくまでダンジョン、地獄が如き冥城エリュズニルです。私ですら、二階から先がどうなっているのかは分かりません」
「危険は承知の上だよ。君も、騎士なら戦うべきだって言ってたじゃないか」
「はい。ですが命は一つだけです。……わがままな物言いかもしれませんが、エルマー様には戦って、そしてちゃんと帰ってきて欲しいんです」
その真に迫る言葉を聞いて、僕は自分が死ぬかもしれないところにいることを改めて実感した。
そして同時に、彼女の心の怯えも理解した。
この少女は僕が死ぬことが怖いのだ。
初めての騎士に、初めて自分を見つけてくれた相手に、置いていかれるのが恐ろしいのだ。
死地に送りながらも死を望まない。それは確かにわがままだろう。
だがその本質は、彼女が"楔の一族"という自らの役目に縛られているからだ。
「大丈夫、僕は死なないよ。目的もできたしね」
「……目的ですか?」
僕は頷き、しかしそれより先を口にはしなかった。
このエリュズニルを突き進み、いつか最奥まで攻略してしまえば、ミアがこの城に縛られる理由もなくなるのではないか。
そうなればあるいは、彼女を同じ人間たちのいる地上に降ろすこともできるのではないか。
そんな淡い希望を、まだ当人には話せなかった。
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