第11話
新しい屋敷で家族と再開した日の翌日。ジーモン三世は再び僕を呼び出した。
「約束通り再びクライムパレスの調査に向かって貰おう。すでに神殿では転移を仕掛けを動かすための用意をさせておる」
「えっ……ということは今すぐにですか?」
「勿論そうだ。何か問題があるか?」
「そんな急に……いえ、なんでもありません」
思わず文句が口から出そうだったが、慌てて堪えた。
どのみち王の命令がなくてはダンジョンには行けないのだ。ミアに早く報告にいけるのだと思おう。
「一つ言っておくが、貴様がクライムパレスで得た神器は全て我が国の財産だ。私的に保管していた場合は処罰の対象になる。重々肝に銘じておくように」
「……はい。心得ています」
さっそく釘を刺しに来た。おそらく以前先輩騎士相手に【不滅の種火】を使ったことがバレているのだろう。
しかしこれはあくまで脅しだ。実際に罰を受けることはほぼない。
唯一神器を探して来られる自分のことを、国王は警戒しつつも大切にしているのだ。
僕は昨日の帰り、アレクシス兄さんに言われたことを思い出していた。
「あんなにひょいひょいと渡していいものだったのか?」
「え? 何が?」
「神器のことだ。あの種も、二人に渡した香水もそうだろ」
とぼけるな、とばかりにジロリと睨みつけられる。
「怒んないでよ。見た目から分かるようなものじゃないから、すぐにはバレないと思う。あ、でも僕から貰ったことは言わないでね。流石に没収されるだろうから」
「言うかバカ者。レーナとレーネはともかく、母上は察しがついてるだろうさ」
「だよね。……まあ渡していいかって言ったらダメなんだけど、ダメだから止めとこうなんて考えられないよ。母さんの病気が治るなら何としてでも治してあげたいし、可愛い妹たちが危ない目に遭いそうならそれを防ぎたい」
「……母上も変わったと言っていたが、随分神経が太くなったな」
「それ、誉め言葉? あ、よかったら兄さんにも護身用の神器用意しようか」
「調子に乗るな」
ぺしっ、と頭を叩かれる。
「俺は自分の身は自分で守る。エルマー、一つ言っておくが、危険なのは王の監視の目ばかりではないぞ」
「どういうこと?」
「お前が弑逆者の紋章を刻まれたという話、俺は父の仕事の手伝いで他所に出向いていた時に聞いた。その時は家族というだけで散々罵声を浴びたが、それだけではなかった」
「……僕の噂のせいでよりひどい目にあったという話なら、それは本当に申し訳ないと思ってるよ」
「そうじゃない。非難されるだけなら些細な問題だ。だが逆に、こちらに取り入ろうとする者もいた」
「……?」
おかしな話だ。立場が危うくなっている相手にわざわざ接触してくる意味はない。
「つまり意味もなく取引で融通したり、もっと率直に援助を申し出たりする奴がいたということだ」
「それはつまりいい人ということでは?」
「そんな訳あるか! いいか、貴族にせよ商人にせよ損得勘定抜きで他人を助けるようなバカはいない。つまりお前という存在が利益になる側もいるということだ」
「僕のことが利益に……? 弑逆者と言われてる、王を殺すかもしれない僕を都合よく思う人間って……」
つまり、今の王に死んでほしい――そうでなくとも失脚してほしいと望んでいる人間だ。
確かにジーモン王は、当初から僕のことを不和をもたらす不穏分子とみなしていた。
『あれには反王権派をまとめるほどの力は――』
『余の地位も常に盤石なわけではない』
もしかして、僕の想像以上にこの国は不安定な状態にいるのだろうか。
僕という一人の人間が、クーデターのきっかけになるかのしれないというほどに。
「いいかエルマー、お前は人の思い通りにはなるなよ。利用され、使い潰され、他人の都合で使われる人生ほど下らないものはない。お前は図らずも大きな力を持ってしまった。それに振り回されない、強い意思を持て」
強い意思。
本当にそんなものが僕に持てるのかは分からない。
今はただ、戦いと探求を続けて答えを探すだけだ。
僕は王城から直接神殿まで行き、転送装置を使ってエリュズニルまで飛んだ。
初めて転移したあの時は、確か一階のエントランスらしき場所に着いた。
だが今回は違うようだ。
「ここは……二階の」
そう、エリュズニル二階の転送室だ。
この中継地点はそのまま次の入り口として機能するらしい。わざわざ一階を突破せずここに進めるのはありがたい。
部屋を出て、近場の魔物に声をかける。
「こんにちは」
「アッ! 騎士カ! 騎士ノえるまーカ!」
「そうそう、久しぶり。王様に許可を貰ってここに来れるようになったから」
「遅イ! オ前ハトテモ遅イゾ!」
「え? いやまあ色々あったし……」
「ソンナ話ハイイカラ来イ!」
言い訳をする間もなく、僕は強引に手を引っ張られる。
別に悪い魔物ではないと分かっているが、訳も分からず連行されることになった。
ついた先は二階の大広間。
普段は各々に動き回っている二階の魔物たちが、何故かこの場所にそろっていた。
そしてその中には、ミアの姿も。
「エルマー様!」
目が合うとミアはぱあっと表情を輝かせ、こちらに近づいてきた。
勢い余って目の前でけつまずきそうになったので、僕は慌てて彼女の手を取る。
「おっと」
「あっ……」
手に触れると、ミアの頬が赤く染まる。
僕もそれを見てなんとも恥ずかしくなり、しかし淑女の手をとる時は騎士然としていなければと顔を引き締めた。
「こんにちはミア。もう一度ここに戻って来れたよ」
「……はい! 私も、またお会いするのを心待ちにしていました」
本当に、ずっと待っていたんだろうな、と思った。
そういう気持ちがにじみでるような、そんな表情をしている。
地上、そしてダンジョン。双方で自分を待っていてくれる人がいるなんて、案外幸運なことなのかもしれない。
そんな気持ちを噛み締めていると、そばに寄ってきたアリーおばさんに声をかけられる。
「やれやれ、再開の挨拶にしては随分と大げさだこと」
「お、大げさなんかじゃないですよ! 大事なことです!」
「まああたしはなんでもいいけどね。……そうそうエルマー、あんた、ごはんはもう食べてきたのかい?」
「いや、保存食を持ってきたからこっちで済まそうかと……」
「あっ、そうでした! すっかり忘れてました!」
そう言ってミアはくるりと背を向け、とたとたとどこかに走っていく。
「……え? 何?」
「心配しなくても、オーブンの具合を見に行っただけだよ。あんたのためにごちそうを準備していたからね」
「そうだったの?」
「そうでなければ、みんなここに集まりませんよ」
そう答えたのは、ゴーレムのクレインおじさんだ。
彼はテーブルクロスと蝋燭を持ってきて、長机に並べるところのようだった。
「主役も来たし、すぐに準備しますからね」
「そういうことなら僕も手伝いを……」
「馬鹿言うもんじゃないよ。客は黙って座ってな」
「あ、はい……」
そうこうしているうちに、他の魔物たちも皿を並べたり料理を盛りつけたりし始めた。
そしてあっという間に、ちょっとしたランチパーティーが始まる。
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