第6話
覚悟を決めたところで、差し当たって何をするか。
そういう話になって、ひとまず有資格者とやらの権利を行使することにした。
「では、【不滅の種火】を取り出します」
ミアがランタンのおおいを外し、その中の炎をそっとすくい上げる。
燃え移ったりはせず、ただふわりと浮かんでいるようだ。
「熱くないの?」
「心配いりませんよ。エルマー様も手を出してください」
言われた通りにすると、ミアはそっと種火を僕の手に移す。
火は僕の手を焼くこともなく、自然にてのひらに乗っかった。
「本当だ」
「神器ですから。持ち主を害することはありません」
「うん……でもあれ? なんだか火が大きくなってきてない?」
「え?」
ミアの声とほぼ同じくして、炎が爆発的に激しくなる。
部屋の中が一瞬で明るくなった。
すぐに手からあふれ出し、立ち上った炎が天井をなめる。
「きゃっ!?」
ミアが驚いてしりもちをつく。
僕も本当なら手を払って逃げ出したいところだが、それをすると本当にこの部屋が燃えてしまいそうだ。
「ミア! いったんランタンに戻そう!」
「だ、大丈夫です。どこにも燃え移っていません! エルマー様の手に渡ったことで、一時的に火の勢いが激しくなっただけです!」
「でも、ここからどうすればいいの!?」
「胸に炎を押し込んでください!」
押し込む? それは流石に自分が燃えるのでは?
不安がよぎるが、ミアの表情に嘘はない。
しかも、炎はどんどん激しさを増していた。あまり猶予はなさそうだ。
僕は意を決して、燃え盛る炎を抱き込んだ。
胸にぐっと押し込むと、そこから炎が自分の身体に吸い込まれていく。
先ほどは熱くないと言ったが、炎を吸収するときは強い熱を感じた。
自分の皮膚が焼けていく熱じゃない。炎が全身を巡り、内側から暴れているような熱さだ。
それは時間をかけても治まることはなかったが、心は次第に落ち着いていく。
まるで、この熱さこそ本来自分の中にあったもののように。
「痛たた……」
「あ、ごめん、大丈夫?」
ミアが起き上がろうとしていたので、僕は手を差し伸べて引き上げた。
炎はすでに綺麗に消え去っている。何かが焦げたあとすらない。
「ありがとうございます。……それにしても驚きました。不滅の種火は主の資質によってその勢いを変化させるもの。でもまさかここまで大きくなるとは」
「ひとまずあの神器を取り込むことはできた……のかな? これで何かの力が使えるようになるんだよね」
「ええ。そうですね……とりあえずこれをどうぞ」
そう言って、ミアは布にくるまれた何かを差し出してくる。
布をめくると、そこには僕が持っていた剣があった。
戦闘中に自ら刀身を折ってしまったため、殆ど柄だけの無残な姿になっている。
「これは……」
あの戦いのことは、まだ脳裏にはっきりと刻まれている。
仕方がなかったとはいえ、我ながら悪いことをした。
この剣を作ってくれた職人に対しても、騎士が命を預けるべき剣そのものに対しても。
そっと手を持ち、思わずつぶやいた。
「もっと僕が強かったら……」
その瞬間、異変が起こった。
右手から何かが放出するような感覚。それとともに、握っていた剣に炎が纏わりついた。
炎は失われた剣の刀身を補うように収束すると、そのまま刃の形になって定着した。まるで、炎を剣の形に押し固めたかのように。
「これが、神器の力……」
「いいえ、これはほんの一部です」
僕のつぶやきに、ミアが応える。
「可能性は無限大、力の使い道は想像力の思うままです。基礎的なやり方なら私でも教えられますから、一緒に覚えましょう」
「ありがとう、ミア。すぐマスターして実戦で試さなくちゃ」
そうして僕は力のコントロールを学び、ある程度は自由に扱えるようになった。
習得した以上はすぐ二階に行きたいと思ったが、それは流石に止められてしまう。
まずは見逃した神器探しもかねて、一階の探索範囲を広げることになった。
「――はぁっ!!」
全長が自分の数倍はある巨大なムカデの化け物――センチピードを両断する。
周囲はまだモスキートの群れが取り囲んでいたが、そこにすかさず、
「『
手のひらから炎を放射する。
ビックモスたちは羽を火で焼かれ、次々に地面に落ちていく。機動力を失った羽虫たちに、再度
見当たる限りの敵を一掃して僕は深く息を吐いた。
「ふぅ」
「疲れたかい?」
背中から声がかかる。
後ろにいるのはアリーおばさんだ。
一階層に再び挑戦する際、ミアが万が一に備えてと彼女に付き添いを頼んだらしい。
引率者……ということになるのだろうか。
信頼されていないというより、ミアのほうが少々心配性なのだ。
「いや、これぐらいじゃ疲れないよ。むしろあっけないぐらい」
実際、あまりにも簡単に倒せて驚いていた。
初めてここに来た時は、この虫たちにずいぶん苦戦したものだ。
外皮や筋肉が発達していて、ろくに刃が通らない敵も多かった。
だがこの神器【不滅の種火】の力がある今なら別だ。
実際の昆虫をそのまま大型化したような魔物たちなので、高熱への耐性はほぼ皆無。
それにこの炎の剣もある。外骨格に覆われたセンチピードを倒した時も、殆ど抵抗を感じなかった。
一体どれほどの熱エネルギーがこの剣に収束されているのか、想像もつかない。
「まあ元気があるなら安心だよ。探索はまだまだ続くからね。さて、そっちの扉を開けておくれ」
僕は剣を鞘に納めて、言われた通りに扉を開く。
書斎のような部屋に出た。魔物が隠れていないことを確認し、僕はミアから借りた【神器大鑑】を開く。
この本は目の前に神器があれば、持ち主がそれを知らなくとも詳細のページを開いてくれる。それを利用して見つけられなかった神器を探しているのだ。
さっそく本が反応するので、僕はそれを道具袋にいれていく。この部屋は大量だ。羽ペンに角杯、小石のようなものにまで反応を示している。
「こんなものまで神器なんだ……」
「ま、神器なんて原理も作り方も分からないような代物だからね。どんな形でもおかしくないよ」
「うーん……あ、【不滅の種火】もそうか」
部屋をあらかた調べ終わると、続いて地図にこの場所を書き記しておく。
二階層には、下へ降りる階段が二つあった。ひとまず、もう一方の階段へのルートも開拓しておきたい。
「一旦通路へ出て、逆側に進むね」
「あいよ。安全確認はしっかりとね」
アリーおばさんは相槌を打って、僕の少し後ろをついてきてくれる。
彼女は道すがら、ダンジョンについて色々と教えてくれた。
一つ、魔物の死体はダンジョンの栄養になる。
平時でも共食いなどで魔物が死ぬことがあるが、その死体はやがてダンジョンの床や壁に吸い込まれていくそうだ。
それによって部屋のよごれやキズ、周囲の壊れた物が修復されるらしい。
実際、僕が戦った辺りもすでに綺麗になっていた。
二つ、魔物たちには縄張りがある。
クライムパレスの場合はドアが一つの区切りになっていて、逃げる時は二、三度ほど前のドアに戻れば追ってこなくなる。
また、階段も区切りの一つで、普通の魔物は上り下りどころか階段に近づくことも滅多にないらしい。
「ということは、やっぱりアリーおばさんや他のみんなは特別な魔物ってことだよね」
「私らは後天的な突然変異みたいなもんで、ある日突然自分の意識を持ったのさ。どうして私はここにいるのか、ってね」
「普通の魔物には自我はないってこと?」
「少なくとも意思疎通はできないね。だから意識を持ってしまった魔物は孤独を感じ、自分がいた縄張りを去る。で、そのあとで運よく死ななかったやつがミアのいる二階に集まってるんだよ」
「じゃあやっぱりミアは……楔の一族はずっと昔からここに住んでるんだ」
「まあ私はミアの親の代までは知らないから、あまり言えることはないけど――おっと、また敵だよ」
通路の奥から十匹前後のタランチュラがわらわらと集まってくる。
ここで最初に戦った敵だ。あの時とは数が大違いだが、胸に動揺はない。
左手を前に突き出して、意識を集中する。
「『
手のひらから火球が生まれ、すぐに放たれる。火球は一体のタランチュラに命中し、火だるまにしてしまった。
続けざまに二度、炎を放つ。これも他のタランチュラに命中し、群れの動きが一瞬止まった。
先頭を走っていた数体が燃えてしまったことで、前方に壁ができたためだ。
その瞬間を逃さず、僕は剣を鞘から抜く。
「『
炎の剣は変幻自在の剣。
抜刀と同時に火でできた刀身が伸び、数メートルの距離を飛び越えてタランチュラの群れを一閃する。
炎はすぐに鎮火し、後に残るのは焦げついた死体だけだ。
僕は「よし」とうなずく。
大蜘蛛の群れを見事に討伐できた。これは最初と比べたら中々の成長だろう。
「神器の力にも結構慣れてきたかな」
炎の力に型――というか技名をつけて分類するのは、ミアから教わった訓練法だ。
どれだけこの神器に自由な使い道があると言っても、戦場では一瞬の判断が命とり。
状況に応じて即座に力を使えるようになることがまず第一だ。
汎用性のある炎の使い道をいくつか考え、それを技として分類していく。
これを基本として有効な戦術をいくつも増やしていくことが理想だ。
「順調じゃないか。さ、先に進むよ」
後ろで見守っていたアリーおばさんが、同属であるタランチュラの死体をひょいひょいと飛び越えていく。
さっき自分で言った通り、仲間意識は感じてないようだ。
まあ実際、僕も同じ人間ってだけで喋れもしない上に凶暴な相手だったら遠慮はしないだろう。
「ちゃんと意思疎通ができる相手だって、人を貶めたりするぐらいだし……」
思い浮かぶのは、弑逆者の紋章を見た騎士たちの嫌悪の表情。それに王や側付きの文官たちの冷ややかな目だった。
「ん? どうかしたかい?」
「ああごめん、なんでもないよ」
少し先を行っていたアリーおばさんを追いかけ、そう言えば、と質問する。
「さっきは何を言いかけてたの」
「さっき?」
「ほら、タランチュラに出くわす直前」
「ああ。……私はミアの生い立ちまでは知らない。けど同じクライムパレスに住む者として、一つ理解できることがある」
「それは?」
「自分と同じ姿をしていて、しかも仲良く話もできる相手を見つけるのは、途方もない幸福だってことだよ」
それは――確かにそうなのかもしれない。
アリーおばさんの声には、ひどく穏やかな雰囲気があった。
「ミアはできるならあんたに、ずっとここにいてほしいと思ってるだろうね」
「いや……それはどうだろ。実は僕も『ここに住んでもいいか』なんて馬鹿みたいなことを頼んだんだけど、きっぱり断られたよ」
「へえ、なるほどね。でもあんた、それはあの子にとっても身を切るような思いで告げたことだと思うよ」
何かまぶしいものを見たかのように、彼女は言った。
「あんたにはあんたの世界がある。ここは孤独ではないけれど、やっぱりさみしい場所だからね」
「……」
僕にはミアの気持ちや、思いまでは分からない。
でもあの子は朗らかに笑いかけてくれて、真剣な目で励ましてくれた。
その表情の裏に何らかの悲哀があるのなら、それを晴らしてあげたい。
そう、ここから帰って王に自分のことを認めさせれば、このダンジョンに何度も通うことになるだろう。
何度でも会いに行くこと。今はそれが、一番彼女のためになるはずだ。
僕は心の中で、強く拳を握った。
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