第5話

僕はミアに連れられて、客間らしき場所へやってきた。


もともと着ていた装備はちゃんと一式置いていてくれたが、残念ながら使い物にならないほどボロボロだった。


仕方なく着替えを用意してもらって、今はそれを着ている。


「では、こちらがエルマー様の獲得した神器になります」


ミアはそう言って例のランタンを持ってくる。


改めて見てみても、ただの素朴な日用品にしか見えない。


だが人間の作った道具では、あの時のように火の玉を生み出すようなことはできないだろう。


「……僕は神器が何なのか詳しくないけど、これは価値あるものなの?」


「もちろんです!」


「でも、灯りをたくさん作るだけなんて……あの時は助けを呼んでくれたけど、大層な力じゃない気がするんだ」


「それはランタンを"器"にしているから、そういう使い方に固定されちゃってただけですよ」


「……それってどういうこと? ランタンの形をした神器なんじゃないの?」


「それを説明するにはですね……えっと、これを見て頂いたほうが早いかな?」


そう言いながらミアは、部屋の中の飾り棚から一冊の本を取り出した。


豪華な装丁がされているが、題名は知らない言語で書かれていて読み取れない。


「これは【神器大鑑】という本です。神器のカタログのようなものですね」


「カタログって……神器にそんなものあるわけないじゃないか」


「そんなことないですよ、ほら」


ミアは両手で持った本を広げる。ページは真っ白だ。


こんな子ども騙しはやめてくれ――と言おうとした瞬間、ページから浮き上がるように映像が飛び出す。


何かの図解と、ちゃんと理解できる言語で解説らしき文章が書いてある。それこそ図鑑の一ページのように。


「この本も神器の一つなんです。知りたい道具のことを思い浮かべてページを開くと、それに関する情報が空中に映し出されます。あ、ちなみに今映ってるのは【魔女の軟膏】という薬ですね。騎士様の治療に使いました」


「えっ、あの傷を治した薬!?」


それを聞き、改めて目の前の文章を読む。



【魔女の軟膏】

神の薬草が混ぜられた強力な傷薬。

ただ傷を治すだけでなく、治るまでの時間を著しく短縮する。

ただし死に至る傷であれば、逆に死ぬまでの時間を短縮してしまう。

同じ理由で、止血が済んでいない、負傷者が休養していない、休養していても不衛生

な場所にいる、などの場合は利用してはならない。

悪影響が広がるのを早めてしまうからだ。



「傷が治るまでの時間を短縮する……だから起きたらすぐ治っていたの」


死を覆したり病まで治るわけではないみたいだが、これだけでも十分すごい薬だ。

兵士、騎士をはじめとする軍人たちには夢のようなシロモノだろう。


だが神器だということは、常に手に入るものではないということだ。


「こんな貴重な薬を使ってくれてたなんて……ありがとう」


「どうかお気になさらず。余ってましたから」


「……余ってた?」


神器が? しかも、明らかに使えば減るはずの薬の神器が?


「えっとですね、【神器大鑑】を持ってないと分からないかもしれませんが、このお城にはたくさんの神器が転がってるんです。それこそ有り余るほどに」


「でも僕が一階層を探索している間は、あのランタン以外に神器を見かけなかったよ」


「普通の調度品の中に紛れていたから見つけられなかっただけだと思います」


「あ……そう」


なんとなく、がっくり来た気分だ。


神器とは長い探索の果てにようやく見つかる秘宝。そんなイメージがあったが、ここにきて何だかそれが揺らいできた。


内心の落胆を読まれたのか、ミアは少し焦って話を進める。


「そ、それでですね。騎士様が獲得した神器もこの本に載ってるんですよ、ほら!」


そう言ってページをめくると、また新たな映像と文面が浮かび上がる。


神器の名は【不滅の種火】。



【不滅の種火】

大気も燃料も必要とせず、決して消えることのない炎

その形体、火勢は持ち主の意思や資質に応じて変化する。

また有資格者はこれを取り込み、自らの力として操ることもができる



これはつまり――ランタンそのものではなく、その中の炎が神器だということだろうか。


神器がモノの形状に収まらないのは驚きだ。


「あなたが神器の力を使った時はまだ、これをランタンだとしか思ってなかった。だから火の玉のような形で能力が発露したんだと思います」


「なるほど。本来の性質を知っていたら、もっとスマートにあの状況から脱出できていたかもしれないのか……」


「……でもそうなっていたら、私はエルマー様のお役に立てていませんでした」


少しいじけたような声色で、ミアがそうつぶやく。


「え?」


「ごめんなさい、忘れてください。……そうだ、エルマー様は有資格者として認められています。さっそく権利を行使なさいますか?」


ミアは自分の言葉を恥じるように頭を下げて、すぐに別の話を始める。


「有資格者って……さっきの説明にもあったやつだよね? どういう意味なの?」


「神器というものは大きく二種に分けることができます。一つは民のための神器。あらゆる人がその恩恵を得られ、国や文明を豊かにするため積極的に使うべきとされているモノです。【魔女の軟膏】もその一つですね」


「もう一種は?」


「ダンジョンに赴く者――騎士のための神器です。この建造物は魔物という脅威を生み出しながら、時には立ち向かう人間に恩恵を与えます。それがこのカテゴリの神器。純然たる兵器であり、魔物退治に大きく貢献することでしょう」


「へえ。ダンジョンが恩恵を与えてくれるなんて、不思議な話に聞こえるけど」


「……どうなんでしょう? でも多分、神様が助けて下さるんだと思います」


人間に困難を与えながら、力をもたらすこともある。それは確かに、神様の采配という感じがする。


いずれにしても、ミアの返答は曖昧なものだ。やはり、ダンジョンのことは言い伝えぐらいしか情報がないらしい。


「しかし強い武器となる神器も、優秀な騎士が持たなければ、宝の持ち腐れです。そのためこの神器が配置される場所には、必ず番人がいます。その相手を仕留めて、資格を得ないと本来の力は発揮されません」


「その番人というのが……あのリビング・アーマーだったと?」


「はい。あの魔物を倒したエルマー様は、有資格者となりました。【不滅の種火】を身に宿すということは、炎を自在に操る超常の力を得るということ。それはこの先に進むためにもきっと役立つはずです」


「……」


この先。


つまりこれからどうするか。


討ち死に覚悟でここに来たが、意図せず生き延びてしまった。


――もう帰る場所などないのに。


「エルマー様? どうかしましたか?」


「この神器は、僕が使うべきじゃないかもしれない」


「えっ? ……でも、エルマー様が使わなければ意味がありません。番人を破った騎士様はあなたなんですから」


驚き、慌てたように説得を始めるミアに、僕は自嘲気味の笑みを返した。


「確かに僕は騎士だけど、それは名目上だけの話。人から認められた誉れある騎士じゃないんだ」


「それは、どういう……」


「……聞いてくれる? 僕がこのダンジョンに来るまでの話」


僕は全てを話した。儀式のこと、紋章のこと、地下牢に入れられたこと。


王の御前で聞かされたこと、僕が提案したこと、僕は死ぬためにここに来たということ


洗いざらい、全てをぶちまけた。


「では……エルマー様は疎まれてここに追いやられた、ということですか?」


「そうだよ。"弑逆者の紋章"なんて物騒なものを持っていたら、仕方がないのかもしれないけどさ」


そう言いながら、紋章の刻まれた手をひらひらさせる。


ミアはその紋章をじっと見つめた。彼女は看病している時にでも、すでにこの紋章を見ているはずだが――


「その紋章は知っていたので、私も見た時は驚きました」


「そうなんだ、やっぱり悪名高いものなんだね」


「いえ。私は感激したんです。こんなにも素晴らしい、完成された紋章を持つ者がいるのかと」


「……え?」


ミアは再び【神器大鑑】を開く。すぐにページが浮きあがってきた。


そこに描かれていたのは紋章と宝珠の図解だ。


「【王権の守護者】……。これも載ってるんだね」


「いえ、この神器の本来の名は【開花の祝福】と言います」


ミアは静かに答えた。


僕はそれを聞いてページを見返し、改めてその文章を読む。



【開花の祝福】

人類の可能性を引き出すための宝玉。ダンジョン内ではなく、その土地の近くに出現する。

触れた人間の魂を活性化させ"戦いの才能"を引き出す。

力には個人差はあれど、魔物にも対抗しうる身体能力となる。

また各々の才能のレべルは水瓶の分量で示され、基本的にこれが覆ることはない。



「才能を呼び起こす? 僕は神器から力を借り受けるのだと聞いたけど」


「いいえ。人間には本来、魔物にも負けない力があるのです。ただそれは眠っていて、機会がないと発揮されないというだけで。それと――」


ミアは紋章が刻まれた僕の手を取る。


「確認ですが、他の方の紋章は白く、エルマー様だけが黒かったんですね?」


「うん、僕以外は綺麗な白だった」


「白は綺麗ではないのです。白は"空白"。水瓶の紋章は一分目、二分目、三分目……と色が染まった部分の割合で力の優劣が分かるようになっています」


「じゃあ、僕の黒い紋章は……」


「エルマー様、クライムパレスは帰還者が少ないから封印されていたと言っていましたよね。しかし、このダンジョンは今いる二階までくれば安全なのです。中間転移装置もここからすぐのところにあります」


「え……じゃあ殆どの人はその前に亡くなっていたってこと?」


「そうなります。……これだけで分かりますよね? 一階を踏破したあなたは、他の騎士よりも優れている。黒い紋章は弑逆の予言などではありません。水瓶になみなみと満たされた才能を現しています。最上級クラスの、騎士としての資質です」


僕は語られた言葉に、ただ唖然としてしまう。


自分が最上級の騎士? 憎たらしいこの紋章が、人よりの優れた才能を表していたと?


説明を受けても、実感には程遠かった。


「……一つだけ質問してもいい? 君の話では水瓶の紋章は才能の割合を示すみたいだけど、なぜ僕の紋章と他の紋章――つまり満タンと空っぽの二種類しかないの?」


「それは……正直分かりません。ですがエルマー様の話を聞く限り、この国のダンジョンはここ一つ。それが封印されたとなれば、この国の騎士の才能も枯渇していくのかもしれません」


「……」


それはあまり考えたくない話だ。


しばらく僕らの間には沈黙が流れた。


僕個人としてはこの話は衝撃的だった。ただ、現状を変えるような内容ではない。

仮に僕が戻って、今聞いた話をそのまま伝えたとしよう。結果は鼻で笑われて終わりだ。


誰も信じようとしない真実に意味なんかない。


「ミア、君はここに住んでいるの?」


「はい。楔の一族は代々クライムパレスの安全地帯である二階を任され、騎士様にお仕えするためのしもべです。最低限ですが衣食住も保証されています」


「そうか。話し相手が魔物ばかりというのは考え物だけど、みんな君を親しんでいる。良いところだね」


一拍おいて、ミアが口を開く。


「エルマー様、あなたの考えを当てて差し上げましょうか?」


「え?」


「『死を覚悟してここに来たけど、まさかダンジョンに安全な場所があるなんて思いもしなかった。こうなるとわざわざ次の階に進む気にはなれないな。魔物だけなら嫌だけど他の人間もいるみたいだし、いっそここに住んでしまおうか』」


「……さ、さあどうかな。仮に、もし仮にだけど、僕がそう思っていて君に同じことを提案したらどう答える?」


ミアはにっこりと笑みを浮かべて返答する。


「ここは騎士様を憩うための場所。戦う気のないごくつぶしはお断りです」


あまりにも率直な言葉で、僕は落ち込む気にもなれずつい笑ってしまった。


だが叱咤したミアのほうは表情を改めて、真剣な目でこちらを見る。


「エルマー様、あなたは勇敢な方です。自暴自棄になってもおかしくないのに一階で魔物たちと戦い、ここまで到達してきました。戦う者としてのあなたなら、私は喜んでお仕えします」


「いや……正直もう理由がないよ。地上に戻れないのに、ダンジョンの探索なんて……」


「別に地上には戻ればいいじゃないですか」


僕の弱音を突っぱねるように、はっきりとそう言った。


続けて、ミアは問う。


「エルマー様、あなたの国ガルウリムや、その隣国は、神器をどれぐらい持っているかご存じですか?」


「えっと確か……」


今のガルウリムにある神器は【王権の守護者】――改め【開花の祝福】一つだけだ。


他の二か国は噂程度だが、四つから八つほどだと聞いている。


「せいぜい一ケタ台、ダンジョンにあししげく通う国でも十には及ばないのではないでしょうか」


「すごい、よく分かったね」


「他のダンジョンにある神器の数なんてそんなものなんです。何か月も彷徨いまわって、ようやく一つ見つけられるかどうか。でもこのエリュズニルは別です。【神器大鑑】を持っていれば少し探すだけで両手いっぱいの宝を見つけられるでしょう」


「……そうか。神器の保有数で劣っているガルウリム王国は、それが喉から手が出るほど欲しいはず」


ここにきて、ようやくミアの言いたいことが理解できた。


大きな成果を持って帰って、根拠のない不信感などはねのけてしまえ、ということだ。


「冥城エリュズニルからの生還者は、少なくともガルウリム建国以来は皆無。つまり今のところ、僕だけがこのダンジョンから神器を探してこれる。……これならもしかすると、下手に僕を処分することもできない?」


「はい。なんなら、この二階にも神器はたくさん保管されています。ここの二階に上ってきたエルマー様には、それを持ち帰る権利があります」


「いや、それは……」


「分かっています。私も、エルマー様は実力でそれを勝ち取るべきだと思っていますから」


その無垢な言葉に、なぜかひどく胸を打たれたような気持ちになった。


僕は、誰かにそのように言って欲しかったのかもしれない。


騎士になりたいと思ったきっかけはもう覚えていない。だけど多分それは名誉欲なのだと思う。


衰退しつつある名家、次男坊という半端な出生。


今ではもう消化してしまったもやもやだけど、子どもの頃はそれに悩んでいた記憶がある。


誰かに認めてもらいたいと思っていた。


だから何者かに――騎士になろうとしていたのだ。


そして今、胸の奥底に封じていた心の琴線に、ミアが触れた。


「ミア、君は魔性の女だね」


「えっ!? な、なにか変なことを言いましたか?」


突拍子もない僕の言葉に、あたふたと混乱したようすのミア。


僕はつい笑みをこぼしながら「なんでもない」と答えた。


「よし、分かった。僕だって地上に未練はある。王に考えを改めてもらうためにも、ここで神器を集めよう。協力してくれるかい、ミア」


「はい、もちろんです!」

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