第50話 いざさらば

 麻衣は颯爽と行ってしまい、別れ際の行動が引き金となって、ただでさえ告白の返事を明日に控えている気まずさがあるのに、智音もイライラしていてもはや修羅場に近い。

「じゃあ先帰りますね」

「お、おう」

「明日、待ってるから」

「守さん、明日何かあるんですか?」

「…………」


 麻衣は夢を追うために再び故郷へと帰ってゆき、再び俺の目の前に現れる時は、俺たち両方がプロになった時。それは純粋であるからこそ、とても儚い願い。遠い空を隔てて独り、目標へと力を注ぐ。それぞれが「ここでサボったらもう会えない」と歯を食いしばって。

 記憶の美化が進めば進むほど、未来は遥か彼方の手の届かぬ場所へ流れていってしまう。

 そんな感傷に浸りつつも、現実は俺に次なる難題の提出期限を最終宣告してくる。椎名冬は俺には勿体ないほど可愛らしい容姿とそれに見合った器量の良さがある。受験を控える彼女には、仮に俺の本心が付き合いたいとうなっても断るべきなのだろうか。あるいは逆に支えとなってやるべきなのか。

 そもそも俺は椎名と付き合いたいのだろうか。講義であろうが色恋であろうが、いつまで経っても俺には計画性がない。だから前日になって課題に取り組むはめになるのだ。

 でもこの件は決して時間に迫られた結論を出す訳にはいかない。椎名の想いを真摯に受け止め、その上、智音との関係性も保ってゆくとなれば、YESorNOと簡単に二元化する事は出来ない。


 だからこそ俺は、この事をしっかり友達智音に相談することに決めた。間違った選択である可能性は一向に拭えないが、今は出来うる方法を模索し、智音の顔しか浮かばなかった俺を選ばなくてはいけない。

「あのさ、智音。大事な話だからさ、俺の部屋に来てくれないか」

 いつもならデレデレとした戯言を二三呟くが、しっかりと察してくれたようで、黙って頷いていた。


「単刀直入に言う。まずは最後まで聞いてほしいんだ」

「……はい」

 一週間後の夜、すなわち明日の晩に、椎名冬と偶然知り合うこととなったで告白の返事をしなければならない事と、その答えに迷っている事を手短に、だがしっかりと伝えた。

「頭が混乱して、もう何が何だか。でもこれだけは分かるんだ。智音には変わらず俺に好意を向けていてほしいっていう醜い感情が邪魔してるってことだけは」

 我ながら最低だ。拗らせ過ぎた弊害がこんな所で露見するとは。

 だが智音は何故か泣いていた。麻衣が泣いて、今日は智音。もう誰も泣かせたくはなかったのに。

「ごめんなさい、困らせちゃいますよね。でも、守さんが相談してくれて嬉しかったし、私たちのことをそんなに真剣に考えてくれてたなんて知らなくて。そう思うと涙が。えへへ、止まらないよぅ」

 智音のその言葉につられて俺までうるっときてしまっている。ダメなんだ、ここ数年でアニメとか映画とかですぐ泣いてしまうくらには涙もろくなってしまってるから。これも年が関係しているのか、はたまた執筆を通して感受性が高まっているのか。

 とにもかくにも俺は明日、しっかり椎名に答える。俺の想いを、智音の反応を。



 その日、智音は再び自殺に試み、病院に救急搬送された。

 治療はかなり長引いており、今もまだ意識不明の重体だ。

 やはり俺は間違った選択肢を選んだのか?

 智音は回復するのだろうか。仮にしたからとて、またもや自ら命を絶つのではないだろうか。それもより確実な方法で。

 風呂場で手首を切っていたようで、智音に椎名が発見したのだ。「最後の抵抗」とも取れるその行動は確かに俺たちを揺らがせた。

【死んでも離れない】という花言葉がふと脳裏によぎる。そう、智音はなのだ。これが漫画ならまだしも、現実であれば全てが錯綜していて、いつ何時、「病み」が暴走するかなんて本人にしか分からないのだ。

 テンプレのないリアルのヤンデレ。

 そうだ、リアルヤンデレに建前はないんだ…………

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