第47話 彼を知り己を知れば百戦殆からずってマジ?

 前期ももうそろそろ終わろうとし、日本人の少数は早くも夏休みの到来を歓喜していた。もちろん不健康な蒼白さを年がら年中まとい、往年、ぼっちとして過ごしてきた吾輩もまた、この暑さに嫌悪の意を呈しながらも、長期休暇は喉から手が出る程に待ち望んだ代物だった。

 そう、ほんの数ヶ月前までは。

「はいお兄さん、アイスあげる」

 まるで本当に血の繋がった兄妹であるかのように、椎名はごく自然に、二つで一つのコーヒー風味アイスの片方を手渡す。

 そう、今や俺はかつてのように「ぼっち王」などとは口が裂けても言えない状況となり、仮にまだぼっちを気取ろうというのなら、孤独なかつての同胞が異端児を破門するかのように、俺を迫害するだろう。

 ぼっちが俺をぼっちと認めず、ぼっちは俺をぼっちにする。


 しかしながら、如何なる事象においても、特権を付与されるには、しかるべき身分・資格を必要。それは夏休みと言えども同じことで、長期休暇を享受するには、学生であれば、必要最低限の成績を修めなければならない。

 ここで問題となるのは、智音や俺の執筆効率の低さによって、受けなかった講義が昨年度と比較して、多くなっている点である。

 ここで俺はある真理にたどり着く。

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり」

「お兄さん?」

 ……何とかなるさ。


 俺の危惧するところは大きく分けて4つ。……多いな。

 まず一つは単位として、二つ目はバイトをいつしかクビとなっていた俺は、現状、余財が尽きかけており、ぼっち王も廃位した今、まさしく没落貴族といった経済不安が私生活のいたるところで見受けられる。

 三つ目は智音の奇行。まぁ、これは今に始まった事ではないので、緊急性は低い。

 そして最後に応募作の二次選考だ。

 これはいくら悩もうとも無意味ではあるのだが、そう割り切れないのが人情。

 智音はもちろん、麻衣もなんだかそわそわしていて、気にしていないのは、横でコーヒーアイスを吸っている椎名くらいなものだ。

 当然の如く落ちるものだと諦めていた小説が、まさかまさかの一次選考突破となり、下剋上チャンス到来の兆しが多少なりとも見えたのだから、致し方無い面もある。

 これら一つ一つを見れば「何とかなるさ」で流せるのだが、スイミーみたくひとところに集合するとなると、ただでさえ過緊張のきらいがある俺が、そうやすやすと枕を高くして眠る事は出来ないのだ。


 それともう一つ、強いてあげるとするなら、椎名が俺に依存しだした問題もある。

 今もそうだが、かつてはヤンデレ的独占欲でもって、隣の部屋からほぼ毎日通い詰めたあの智音をも凌駕りょうがするレベルで俺と時間を過ごしている。お兄さん呼びのせいもあって、ともすれば共依存に発展しかねない。JKの病みは矛盾するようだが生き生きしているのだ。

 それに智音はただ俺に会いに来ているに過ぎないのに対して、椎名は「会う」だけでなく、「勉強を教えてもらう」という唯一無二のカードを保持している。

 進路という大きな社会的要素が、依存されていると気づいている俺に、断ることを許さないのだ。

 ただでさえ捕まりかねない関係なのに、余計に事がこじれようとしている。それが第五の苦悩の種なのだった。

 勉強と違って、悩んだだけ賢くなるどころかその分、正常な機能を失うのが病み。思考放棄か問題解決か。夏休みをカウンセリングルームで過ごしたくなければ、これらを一挙に打開せねばならない。


 <ピンポーン>

 そういえば俺は先日初めてネットで注文してみたのだ。先の時代の敗北者である俺は、世情に逆らって店でしか買ったことがなかったのだ。

 だが、数日前の深夜。俺は、住所を登録し、試しに預金がほぼ皆無でありながらも、文庫本を一冊「カート」に入れたのだ。

「はい、すいませ……麻衣か」

「麻衣です」

 斜に構えてたつもりが、俺はネット通販で盛り上がったらしい。

「守くん、今日も先生してたの?」

「無免許天才教師。人は彼をブラックジャッ」

「あっ、麻衣さんこんにちは」

「ぐっもーにん」

 モグリの肩身は狭いね。いつも一緒のサトネは、アルバイトという事で、本日はこの3名でお送りしております。

「あぁ、守さん、はいこれ」

「本?」

「A○◯zon来てたよ」

 ありがた迷惑の典型例なんだが。俺の楽しみをよくも………

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