第46話 ヤンデレ過多による窒息

「お兄さん、この問題の解き方はこれでいいんですよね?」

「え、ああ、うん。サボり気味でも、勉強は案外得意なんだな」

 椎名は俺の部屋で大学入試用の問題集を解き進め、俺の方はと言うと、例の小説の一次選考の結果を待っていたのだ。

 智音はあれ以降、実行に移す事は無くなったが、未だに「守さん、今から飛び降りてもいいですか?」といったような、妙なライトノベルのタイトルみたいな会話が度々交わされるようになった。

 鶴の一声で、智音の将来が変わる。それもルート分岐前からやり直す事の出来ない鬼畜シナリオゲーとして、ほぼ毎日、何気なく尋ねられ、俺が仮に注意散漫で、適当に返事したとするなら、目の前で大変な事が起きる。

「守さん、私が誰よりもあの小説を愛しているから。だからね、心配し過ぎちゃダメですよ?」

「ありがとう」

「私だけが♥」

 うん、ありがとうな。でも応募作に対する言葉としては微妙だと思うんだが、いかがだろうか。


「お兄さん!この問題は?」

 あれ以降変わったのは智音だけではない。一応誤解は解いたのだが、今みたいに勉強を盾に智音と俺が二人きりにならぬよう、ほぼ毎日こうして現れる。

 椎名の学力では、俺に聞かずとも分かっているようなレベルの問題でも、錦の御旗を得たかのように、頻繁に質問を投げ掛ける。

 ……それと、気のせいかもしれないが、スカートも少し短くなっている気が………


「やっほー」

「おう」

 阿吽の呼吸を彷彿とさせる短い挨拶を終え、差し入れのプリンと共に現れたのはMs.クーデレこと水瀬麻衣。

 相変わらず片眼を黒髪で隠し、清楚な出で立ちで現れた無表情系美少女。破天荒とは言わないが、もう少し性格も清楚であれば……と何度思った事だろう。


 今日も今日とて、女子会の会場と化した我が聖域。

 智音だけでなく、今や椎名も俺にべったりとくっついて座り、麻衣は俺の正面に座って見つめながらプリンを頬張る。

 俺の精神は本来であれば高揚し、健康となるはずだが、一人一人の個性が強すぎて耐えきれない。

「あ~ん♥」

 智音が一般的なカップルの営みと何ら代わりなくプリンを食べさせようとし、客観的に見れば間違いなくハーレムの具象化なのだが、素直に喜べないので、かなりもどかしい。

「……それとも口移しにする?」

「十分満足しまし、痛っ!?」

 椎名が女子高生に出来る最大限の憎悪の表情を浮かばせながら、俺の足をつねる。

「こっちにもあるから」

 椎名って、そんなに俺の事好きだったの?という、本来であればかなり気持ち悪い気付きも、やはりあながち間違いではないのだ。


 そう、この空間には、愛よりも執着が蔓延しており、俺にを起こさせるどころか、日々、女性への苦手意識が募っていくのだった。

「あ、守くん、来たよ」

 一人のほほんとプリンを食べる麻衣は俺のパソコンを指差し、そう言う。



【一次選考結果報告】

 十数作が選び抜かれたのだが、俺の名前は

「ある……」

「おめでとう!」

「やったじゃん!」

「ナイス」

 マジか。なんだろう、嬉し過ぎるな。

「守さん、はいご褒美のチュッ♥」

「智音はキスに対する価値観が日本人とはかけ離れすぎてませんかね!?」

 椎名に俺が投げ飛ばされたので、よかれあしかれ、キスはしなかったが。

 いや、それにしても信じられない。いやぁ、マジかー。ホント嬉しいっす。

「お疲れさま」

 麻衣が静かに俺の頭を撫でる。あぁ、これは夢ではないんだな。女神にすら思えてきたわ。

「えへへ、私の守さんがどんどん認められてゆく♥」

 今までにも何度か感じた事はあるが、本当に俺たちは付き合ってないんだよな?

 普通の流れで、「私の」とか言ってくるし、この結果を受けて俺も浮かれてるから、一瞬混乱した。それが狙い?サブリミナルなの?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る