第45話 恥じらいは乙女の基本

 俺らしからぬ選択を取った事に早くも後悔しはじめていた。智音が異様に甘えてくる。人間生命の貴さを身をもって感じた反動なのか、あるいは二人きりの夜というスイートワードがデレを増幅させているのか。

「えへへ、守さん」

 23回目だ、部屋にあげてから用もなく名前を呼ばれたのは。

「あのさ、智音」

「何ですか?」

「その、もうちょっと恥じらいというか、あのだな、もう少し控えめなパジャマは無かったのかよ」

「この姿を見ることができるのはこの世でただ一人、守さんだけなのです!」

 そんなに威張られても、ショートパンツから見える太ももに霊力は見いだせない。むしろ香りとして感ぜられるフェミニンさが俺を近代知識人の卵ではなく、未熟な野生動物へと変貌させようと誘惑する。

 単色ピンクのpajamas(米)もといpyjamas(英)に心惹かれるようでは学徒としては修行が足りんな。


 精神を鎮静し、賢者たらしめんとしてインスタントコーヒーを一気に飲む。この際、夜間であることは考慮しない。いや待てよ、眠れなくなっては元も子もなくなる!俺は参謀としてこの非常事態に間違った決断を下したとでも言うのか。

「守さん、なんだかさっきから落ち着きがないですけど」

「えっ、あ、そうだな」

 何を一人で焦ってたんだ俺は。監禁・拘束を経験したが今までやんごとなき事態に発展したことなど一度もなかったじゃないか。これだからぼっちのオタクはいかんな。ああ、けしからん。

「……期待してます?」

「してないから!?」

 ああ、けしからん!


 <チュンチュン>

 いや、健全な朝だよ?物音はしないので智音はおそらくまだ寝ているのだろう。俺はというと、トイレの他に鍵のある場所として浴室が挙げられるので、そこで鍵を閉めて、堅い床に毛布にくるまって夜を明かした。

 酸素が薄くなるといけないので、小窓を開けたりするなどの工夫もした。やはり学生&作家として酸欠での弊害は何としても避けなけらばならない。

「あの~守さん?顔を洗いたいんですけど……」

「ああ、ごめん」

「待ってください!」

 扉を開けようとすると謎の怪力で一ミリも動かず、一瞬にしてこの浴室は開かずの扉へと変貌し、窓が無ければ完全な密室トリックの完成だった。

「……この顔見られるのは恥ずかしい……」

「そ、そうだよな」

 智音は別にサバサバしてはいないが、いざこうして言われると「女子だ」みたいな謎の再認識が俺をドキドキさせる。

「目を瞑ればいいか?」

「タオルで目隠しも」

 えらく用心深いな。そんなにヒドイの?それとも実は鶴だったりして。別に何もしてもらってはいないけれど。


「おはようございましゅ」

 まだどこか恥ずかしそうにゴニョニョと話す智音。しかも噛んでるし。

 俺も自分から女子の闇を見たくはないので、しっかりと目隠ししていたし、ラッキースケベならぬラッキーチラリもなかったのだから、もうそろそろいつも通りになってもらわないと、近隣住民や麻衣たちから昨晩起きたと誤解されかねない。


「お兄さん……」

 登校中と思しき椎名とばったり遭遇するも、案の定いかがわしいものを見るかのように、蔑んだ瞳を一直線に俺へと向ける。

「おはよう」

「先に行きますね。あと麻衣さんにも言っときますから」

「何をかな!?誤解であれば解きたいなあ!」

「えへへ、麻衣はどんな風に嫉妬するのかな♡」

「智音サァン……」

 闇に押しつぶされての行動ではないので、やはり智音は変わらず今日も明るかった。それはもう、手を焼くほどに。

 智音が明るく振る舞えば振る舞うだけ、実際のところはこの世界が着実にもどかしいモノへとメタモルフォーゼしているに過ぎないのだ。

「あのな、昨日は別に」

「女子高生にそんな話しないでください!」

「違うんだって」

 なぜかめちゃくちゃ怒っている椎名。普段はもう少しドライだったよね?あ、そういやこの子、秘かに合鍵作るくらい、対人関係パラメータが異常なんだったな。

「飛んで火にいる夏の虫」

「ふえっ!?」

 どこからともなく現れ、妙な言葉を呟きながら俺に抱きつく麻衣。

 ……これが噂の「混沌なるカオス」なんですかね。

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