第44話 闘病or共病
「ごめんね、守さん」
ごめんどうこうの話ではないのだが、さりとて適切な言葉が前頭前野に海馬といった諸器官が提案する事を達成できず、結果として俺は世間知らずの坊やみたく、ただ突っ立っていた。
「ど、どうして……?」
理由を尋ねる俺の声は微かに震え、その場しのぎの解決さえも出来ないであろう頼りなさが露呈する。
なるほど、これでは作家として注目されない訳だ。
「それはもうすぐ分かるはずだよ」
不謹慎で、とても生死の境を越えようとした女子大生には見えない晴れやかな表情。
智音と居ると、度々頭痛に襲われるが、今日のは先ほどのショックや焦りも相まって、かなり酷い。院内なので、俺も診察を受けようかと思うくらいに。
「もうすぐってお前……」
智音はまだ諦めてはいない。そしてこの世に絶望してもいない。現状と現象がまったく噛み合わず、理解不能に思えるが、たったひとつだけ、心当たりが無いこともない。
「小説の再現か?」
「えへへ、正解♥」
いつから智音は好意を表す際に、これほど真っ黒に笑うようになったのだろうか。出会ってまだ間もない頃からヤンデレチックではあったが、これまでの様々な出来事が徐々に智音を愛に狂わせていった。
「椎名、麻衣、悪いけど先に帰っててくれないか?」
「私は別に構わないけど……」
椎名も混乱しているようで、俺からの願いすらも聞くべきものかどうか分からなくなっているようだった。
「ッ!?」
マジで意味不明ではあるが、麻衣が俺のほっぺにキスをする。もちろん、智音がすぐに俺たちを引き離したが。椎名にいたっては、顔色が悪くなってきて、こんな世界に引きずり込んだ事に申し訳なさを感じる。
「智音がいなくなれば、守くんは正真正銘私のもの」
本音と警告、そして戒め。これ以上適切な止め方はないかもしれない。麻衣さん、ナイスです。一瞬でも頭がおかしくなったと疑ったりして申し訳なかとです。
「う、それは……イヤ………」
「智音の気持ちは嬉しいよ。でもさ、智音の命を代償にしてまでプロにはなりたくないし、そんな方法でなれるはずもないんだ。だから……
ようやく出来た友達なんだ。いなくなるような真似しないでくれよ」
「で、でも私は、本当にこの小説が大好きで、それを書いた守さんも大好きなんです。だから、小説のラストと同じように私も守さんの目の前で笑って死にたい……守さんの心の奥底に刻み込みたい……」
真剣な雰囲気であればあるほど、愛よりも狂気が目につく。
だからと言って、もう一度キスする必要はないから!今度はギリギリ手前で止めたが、流石に荒療治過ぎて、別のヤンデレ案件が生じそうだ。
水と火に次いで恐ろしいものとして女を挙げたのは確かピタゴラスだったかと思うが、数学の苦手な俺も、必然的にピタゴラス教団への改宗を少し前向きに検討する気になるこの日常。何なの、これ。
「おい」
「何ですか?」
アパートへと戻り、二人きりになったのを良いことに、智音が玄関へ向かうのを軽く阻害する。
「……嫌なら強制はしないけど、また妙な事をされても困るから、今日は俺の部屋に……」
「俺の部屋に?」
コイツ……ぼっちのコミュ力を即効的に向上させるつもりか?
「俺の部屋に……泊まっていけよ!」
「えへへ、うん♥」
まぁ、大義名分もあるし、麻衣とのキスで反動的ヤンデレを発揮されても困るからな、うん。
「お世話になります♥」
いや、シェアするだけでお世話はしないよ?あくまで保護観察だから。下心でも親切心でもない。
この非日常を失いたくない、智音を失うことで、この狭い世界で主人公でいられなくなるからという、まごうことなき偽善。
「……こちらこそ」
結局、俺自身が「地雷」なのだ。そうでなければ、マンガやアニメと違って、こうも訳ありな個性が集まるはずがない。
それでも今の俺は、地雷原で命懸けのハラハラドキドキお散歩チャレンジを楽しんでいるのだった。
その前兆がもしかすると小説執筆だったのかもしれないし、もっとそれ以前から、例えば常にぼっちであるという性格が確立した頃からの
とにもかくにも、俺は大学生をまっとうするかのように、女子をほぼ毎日家に上げ、挙げ句の果てに、頻繁とまではいかずとも、それなりに一夜を共に過ごすのだった。
いや、何もしてないよ?それが美徳なのかはさておき、俺には度胸がないからな。男は度胸、女は愛嬌、坊主はお経。
霊媒師みたく、智音が強行ヤンデレムーブメントに出たなら、般若心経でも唱えるか……
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