第43話 シナリオを得た非日常

「これ、好きかも」

 麻衣は文学少女のような清楚な装いをしつつ、俺の小説へ語彙力の乏しい感想を述べる。明るく輝くその瞳には、言外の称賛が感じ取られ、普段は天の邪鬼なスタンスをとる俺も素直に自信が湧いてくる。

「守さん!」

「何!?」

 智音は印刷した原稿用紙を胸に抱きかかえながら、まさかの涙目で流石に引く。

「貰ってもいいですか……?」

 上目遣いで必死に願う美少女には親切にしてやるのが騎士道。悪用はされないだろうし、気味悪いまでに褒め称えている自分の小説を渡すのは、おそれ多くも神が預言者に対し、原始経典を下賜かしするかのような感じがするので、快くあげることにする。

 だが俺は知っている。この作品が出版されることはないという事を。マクロだろうがミクロだろうが、如何なる市場においても俺が玄人となる事はあり得ないと言っても過言ではない。

 だからこそ陽の目を見れた暁には、最大限の幸福度を享受できるのだ。しかしそうはならないという運命を甘受する必要もあるのだが。

 それなのに俺の根本には、伏竜鳳雛ふくりょうほうすうという傲慢過ぎる精神性が横たわっている。才能がありながら機会に恵まれず、力を発揮できない者であると。機会を得ず、まだ世に隠れているすぐれた人物であると。将来が期待される若者であると、前頭葉の末端に刻み込まれている。


 いつもの如く、合わせ鏡のような堂々巡りを決め込んでいたが、それを途中停止させるほどに、またもや熱心に見入る、いや智音。

「そんなに気に入ってもらえるとはな」

「守さん……」

「な、なに」

「私、朱音ちゃんには悪いけど、本当に守さんと知り合えて良かったです」

 やっぱり亡くなった双子の姉への罪悪感は拭いきれていなかったようだ。

「俺もそんなに喜んでくれる読者と知り合えて嬉しいよ」

「でも私は守くんのこの小説、少し悲しいよ」

「まあ、麻衣の言いたいことは分かる」

 今回書いたラブコメはバッドエンドもので、最後は主人公の目の前でヒロインが死ぬことで、主人公の残りの生涯に記憶を刻み込ませるという、私生活と違わずハードなヤンデレ小説なのだ。麻衣がどこか寂し気に俺に訴えかけるのは、ある種、作家としては願ったり叶ったり。

 もちろん、単なるラブコメでは推しキャラが死ぬのはご法度だが、ヤンデレものであるがゆえに、少しは緩和される……と思う。


 麻衣は引き続きゴロゴロと俺の部屋に居座ったが、智音は用事だと言ってそそくさと帰っていった。何はともあれ、3人中、3人が気に入ってくれたのだ。それだけでも俺のような素人web作家を舞い上がらせるには十分すぎた。

 広告収入は如何せん読者がいないのだから、いつまでたっても利益にはならない。数十円しか付与させず、換金なんてできっこないのに、毎月歓喜の咆哮ほうこうを放つ俺にはこういった、称賛が自己肯定感を一気に高めてくれる存在なのだ。



 翌朝、俺は学徒としての初志を貫徹するべく、大学に独り向かう。いつもであれば智音がインターホンで起こしてくれるのだが、今日はそれがなかったので、少し遅れそうだ。

 ……無視もあれなんで一応インターホンを鳴らしておく。何か物音はするので、まだ居るのはまず間違いないだろう。

「智音?俺だけど、今日は休みなのか?」

 無論、大半が同じ講義を履修している身であるため、遅刻orサボりである事は明白。


「守さん、開いてるのでちょっと来てくれませんか?」

 大きめの声でドア越しに呼ばれた俺は、律儀にも入る事にする。俺の勤勉さなどやはりたかが知れているのだ。

「お邪魔しま~す」

 のんきに玄関へ進むが、中には誰もいない。

 流石に講義をほったらかして、かくれんぼはしたくないが、仕方なしに部屋へ上がる。

「どこにいるんだよ」

 少し苛立ちが芽生えかけたその時、ふんわりと揺れるカーテンの向こう側には人影が写し出されていた。

 ベランダにいたのは、やはり智音。

 だがベランダに居た理由は、急遽、洗濯物を干すためでも、また逆に取り入れるためでもなかった。



「お兄さん!智音さんは!?」

「大丈夫……?」

「一応、問題はないようだけど……」

 あの時智音はなぜか首を吊ろうとしていたのだった。幸い、紐に首をかける前に気づけたが、焦りに焦った俺はタックルする事でそれを防ごうとした。

 そのせいで今度は、智音に軽いケガをさせる事となり、病院で手当てしてもらっている間に二人を呼んだのだ。

「智音…………」

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