第四章
第42話 常に〆切に追われ、ヤンデレに愛される俺
『守さん、今日講義ですよね?』
真横に住んでいるという事実が発覚してからは、歯止めがかからなくなったかのように、実際に現れるようになった智音だが、今日ばかりは久方ぶりに己の所持する電子機器のメッセージ機能を使用せざるを得なかった。
講義と智音を無視をするくらいに俺を自宅に引き籠らせるものは何ぞや。それは小説執筆に他ならない。近頃はサボり気味だが、普段俺が投稿している小説、すなわち、智音や麻衣と知り合うに至ったあの小説とは違い、数週間前から少しずつ書いてきた、新人賞への応募用小説を仕上げようとしているのだ。
と言うのも実は今日が締め切り最終日。怠惰に日々を過ごした代償は講義を捨てるという大きなものにまで膨れ上がっていたのだ。
今日中に完成したからとて、受賞される保証が無いどころか、十中八九・
小説の他に然るべき「自己表現の場」を持たない俺。学業で生きていける程賢くもなく、その気概もない俺。将来、しっかり働いてゆける自信のない俺。
そんな俺が、ようやく見出せた博打がこの小説で、どうせ外せば地下労働。であれば一抹の希望に賭けるほか、残された選択肢は無いに等しいのだ。
窓の外に見える雨の量がみるみる凄まじくなってゆくのに、進捗率は雨にうたれながらノロノロと進むカタツムリだった。いっそのことペンネームを細川八雲から
<ピンポーン>
冴えわたる頭脳は、第六感的にインターホンを押した主が椎名であることを察した。
「またサボったのか」
「お兄さんもね」
むしろ俺がサボっている事に感ずいた椎名こそ、実は超能力者なのかもしれない。
「はい、昼ご飯」
「おお、ありがと」
コンビニで買ってきてくれたざるそばに「ほぐし水」を注ぎつつ、椎名の気の利いた配慮にすこぶる感謝。おにぎりもシーチキンマヨネーズか、俺の好みをしっかり把握してやがる。椎名のそういう目ざとさは感心と不穏が太極図の如く表裏一体でやはり複雑な気持ちになる。
「あれ?小説書いてたんだ」
「実は今夜が締め切りでして」
「何やってんの」
……笑われても仕方がない。作家が執筆を放り出して避暑地に行くなどという悪しきリスペクトを実行してしまった俺は、仮に罵倒されまくったとしても、司法に訴えかける資格はない。法治国家万歳、書かない作家に極刑を。
JKの冷たい視線という一部の市場では極めて高評価を頂戴するであろう状況に耐えかねた俺は早々に昼食を済まし、執筆を再開する。
「お兄さんはさ、どうして書き始めたの?」
そこにパソコンがあったから等という超俗的動機でないのは確か。続ける理由はさっきの博打論だが、この質問はそもそものきっかけを指す。
「そうだな……」
漠然とした不安が輪郭を有しかけた一年前。お先も室内も心境も目の下も真っ暗な俺は、一種の
その作品群の一つに、作家志望であり、境遇の似た人間がいたのだ。そいつを真似し、強盗の如く思考回路を学び取り、執筆という蜘蛛の糸を無理やりにでも掴んだ。これが実際のところだろうな。
「分かるか?」
「疲れた時は休んでいいんだよ」
椎名はまさに慈悲深い微笑を浮かべながら頭を2、3回ポンポンと触る。年下にいたわられるという老人的癒しを
天の邪鬼な俺は、嬉しい事には違いないが、やはり「頑張れ」よりもこういった言葉かけの方がやる気が出る。
「どうかな?」
「出来たの!?どれどれ」
せっかく日が沈むまで居てくれたんだ、少しばかり恥ずかしいが見せるのが筋だろう。
あまり読書をする習慣の無い椎名はゆっくりと、だが着実にモニターに映し出された文章を理解しようと努めていた。これほど親切で真剣なんだ、俺と違って社会に出てもしっかりやっていけるだろうな。
俺は変にプレッシャーにならないように、近くの自動販売機へ缶コーヒーを買いに行く。
少しゆっくり目に帰ると椎名は小さなソファーで小さく寝ていた。
『読んだよ。あんまり本は読まないから参考にはならないかもだけど、やっぱり面白いよ、お兄さんの小説!
それと……ソファーで寝るの許してね?本当にお疲れさまでした!』
書置きをそっと引き出しにしまい、小説をしっかり【完結】として応募しておく。
椎名に布団を被せ、智音に『ごめん、小説の締め切りだったんだ。明日、講義ノート見せてくれたら昼ご飯奢らせてもらいますw』と送る。
平穏無事に就寝できる日ほど今の俺に対する精神安定剤は無い。俺は缶コーヒーで自身を
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