第40話 ゼノンの矛盾で飛んだ矢は何処へ
「またいつでも来てくださいね」
「ありがとうございました」
まだ日も上がりきらぬ早朝、俺たちは椎名の叔母であり、冬之里の女将に別れの挨拶をしていた。
「細川さん、ちょっと」
「はい?」
さてバス停に行こうとしたところ、その女将になぜか俺だけ呼び止められる。
「バスの時間までには返すから、冬たちは先に行っといてくれる?」
「は~い」
「ごめんなさいね」
「いや、その、何でしょうか?」
「冬はどうもここ来るのが好きじゃないみたいでね。それがいきなり来たかと思ったら、年上の男の子なんか連れてきちゃって」
「気づいてたんですか」
「そりゃそうよ、あなたみたいな高校生がいたら、びっくりだもの」
つい数年前は俺も高校生だし、一体このおばさんはなぜ呼び止めてまで俺を
馬鹿にするんだ?取り敢えずレビューの星は一つ減らしておこう。
「初めて冬のあんな笑顔見たの。あの子の両親は早くに亡くなってね、私が親代わりだったのだけれど、なかなか心を開いてくれないの。
でもあなたみたいな存在がいると知って、本当安心したの。だから、どうかこれからも椎名冬を見守ってあげてほしいの。お願いできるかしら」
「同世代のようには振る舞えませんが」
「それは私も期待してないわ。フフッ、よろしくね」
「お世話になりました」
「いつでもまたいらっしてね」
言われなくて俺はまだ椎名と……
「守さ~ん!早く~!!」
「ふぁいと~」
「お兄さん、ホントにバス出発しちゃうよ!」
「全然間に合ってねえじゃねえか!」
何とか間に合ったのだが、仮に俺だけ置いてかれたら、公共交通機関のタイムテーブル上、「冬之里」に再び宿泊となるのは目に見えている。失礼千万だが、そう何泊もするようなところではない。
かくて再び時間の潰しようがない長時間バスの旅が始まってしまった。現代の若者にとってスマホはおろか読書でさえも出来ないこの状況が、再訪を拒ませる一因でもある。
「あう」
行き同様、智音はまたもや車酔いとなっていた。漢方薬コーナーで買っておいた酔い止めを智音の口に注ぎ込む。
「あう~」
リアルはもちろん、二次元幼女でさえ今ではそんな反応はしないだろうに。
「守くん、私にも水飲ませて」
「保育園の遠足じゃないから」
「いじわる」
ガチ幼女じゃん。そして椎名もまたお寝んね。何なんですかね、この子たち。俺は椎名の叔母さんから育児を頼まれたのか?
木漏れ日が俺たちの顔を時たま照らし、今すぐにでも過ぎ去ろうとしているこの青春、いやモラトリアム期間が、フェナキストスコープで生み出したアニメーションかのように知覚し、そしてまた影に消える。
卒業後、いや数ヶ月後だってこうしていられるとは限らないのが浮世。抹香臭い論理を展開するつもりは無いが、おそらく会わなくなるのは歯車が噛み合わなくなるのと違って、次第に、食い止めることが出来ないくらいにゆっくりと、そうなってゆくのだろう。
人間嫌いではないけれど、一人で過ごすのに慣れていて、その上一人で居ることを望んでいた頃とは違う今の俺には、果たして辛くはないのだろうか。だがいくら悩んでも答えはおろか、降車駅さえまだ先だった。
「守くん、着いたよ」
「えっ、あ、ありがと」
変わらぬ緑にいつしか俺も寝てしまっていた俺を麻衣が至近距離で起こしてくれた。うん、近すぎ。俺はシンデレラか何かで、キスされて起こされたのか?
「近すぎるんだけど」
智音がすごい剣幕でこちらを睨む。
「あのさぁ麻衣。もしかしてキスしてないよね」
「したよ」
「「したの!?」」
「へぇーそうなんだぁー」
「あの智音さん?俺寝てたからね、責任問われないからね!?」
「お兄さん達早く降りなよ……」
この地に着いた感覚はあたかも刑務所での刑期を終えた受刑者かのようだった。しかしもちろんまだまだ家は遠い。帰るまでが遠足とはよく言ったもので、まだまだ俺たちは浮かれていた。
智音は、麻衣のせいでヤンデレオーラを振りまいているが、それでも遠出した帰りであることは、おそらくすれ違う人にも伝わるのではないだろうか。
俺たちは昼食を駅ナカのカフェで済まし、いよいよ土地感のある駅まで来ると、もう明日ないしは今夜の事を考えていた。そうやって出来事は思い出へと移り変わっていくのだろう。
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