第39話 A friend in need is a friend indeed.

「寒い……」

 季節柄もなくそう呟くには理由がある。昼前に川に足だけだが入れたりして存分に清涼感を堪能したにもかかわらず、昼食はざるそば、そして極めつけは今いるこの場所、鍾乳洞である。ただでさえ高度の影響で避暑地として最適であるのに、こうも続けば身体を壊しかねない。旅行先での体調不良ほどあくどい所業はない。

 今晩は温泉との温度差に気を配らねばならないな。ああ、何と脆いことだろう、人という生き物は。

「えへへ、その顔はまた変な事思ってるんでしょ」

 智音は見破ったて誇らしげにしているが、別に変な事ではないと思いたい。

「……寒くないのか?」

「守さんと一緒だと何だか火照っちゃて。これもファーストキスの効果なんですかね」

「椎名と麻衣は寒くない?」

「暖めてくれるの?」

「椎名、悪ノリはやめろ」

「なら守くんは私が」

「そんなこと言ってるとまた転ぶぞ」

 マジで鍾乳洞で滑るのは危険すぎるから麻衣は大人しくしてて。

 独特な形になっている部分はライトアップされていて、作為的なのに神秘的で、現実的なのに幻想的という相反する感想がなぜだか調和していた。まだ少しシーズンが早かったのか、それとも田舎ゆえの哀しい現実か、付近の旅館もこの鍾乳洞もほとんど観光客はいなかった。

 それは俺にとって、ゆったりと観光できる好条件でもあるが、それと同時に、智音たちが野放しにされているという事でもあるのだった。


 学生という身分がつきまとう俺たちは明朝、この地を発つ。短い旅行ではあるが、誰の目にも等しくとして評価されるだろう。

 もちろんこの俺だってそう思うが、俺はこれからの将来に対する「ぼんやりとした不安」が背後に忍び寄っている気がしてならない。椎名の影響か、はたまた旅情が俺を感傷的にしているのかは分からない。

 だが、近い将来、俺たちには進路なりなんなりの決断が待ち受け、最後の審判によって天国か地獄かを定められるとするならば、今のこの感情もあながち、刹那的な幻覚ではないという事になる。

「守さん?」

 鍾乳洞の一角で立ち止まる俺を不審がるのが人の常。

「ああ悪い」

「やっぱり寒いんですか?」

「いや、もう慣れてきたから」

「お兄さん!?」

 そういや凍死寸前は逆に暖かく感じるんだっけか…………


「知らない天井、か」

 すぐ隣には俺のもある。どうやら貧血を起こしたらしく救護室で寝かされていたようだ。普通、ここは心配そうにヒロインが俺の顔を覗き込んでいるはずだが、そう広くない部屋には俺一人。いつもの、咳をしても一人ってヤツか。

「あ、起きてたんだ」

 椎名がフラッと、それこそ俺が昼寝でもしてたかのように部屋に入ってきた。

「一応怪我とかもなかったようだし、よかったね」

「ありがとうな」

「どういたしまして」

「二人は?」

「智音さんはお兄さんの帰り支度で、麻衣さんはそこ」

「やっほー」

 分厚めのカーテンの後ろから陽気に登場したわけだが、一体いつから……

「守くん、一杯食べないとダメだよ」

「疲れが溜まってたのかかもな、ありがと」

「私一人でここまで連れてこれたよ」

「それはさすがにヒョロガリが過ぎるな」

 と言うよりも麻衣が力持ち過ぎるのだが。

「守さん、大丈夫なんですか!?」

 俺の荷物をまとめてくれていた智音が大事件かのように尋ねる。

「ああ、心配かけてごめんな」

「やっぱり私がしっかりお世話しなきゃ………」

 それを避けるためにも自己管理には念を入れなければな。智音の言うとは取りも直さず監禁なのだから。

 目のクマも近頃は取れなくなってきてるし、バイトのシフトも入れれないし。

 精神面は小説とそれから明言するのはアレだが、こいつらのおかげで疲弊してはいないのだが、体力面は怪しげだ。今日の事もあるしな。

 それにここ数日、日に日に食が細くなってきている。

「守さん……」

 心配そうに呟く智音に返す言葉は見つからなかった。


 そうして今日という日が幕をおろそうとしていた。繰り返すようだが、旅行先での体調不良ほど悪どい所業は無いので、何かしらお詫びの品を、まぁお土産クラスの物を贈ろう。

 旅館の売店には、奈良県にまつわる品々で、それを贈るのはかえって慇懃無礼いんぎんぶれいというか、事務的であるように思う。

 だから、小学生がどこにでも売っている「剣のキーホルダー」を買うように、特にこの場所を思い出させない猫の箸置きを一個ずつ、色違いのものを買うことに決めた。


「早かった」

「そうだね~」

「また、このメンバーで来れたらいいですね」

 三人は今や、すっかり仲がいいようで、のけ者感がある気もするが、ぼっちを悪用して傍若無人に会話に乱入。

「今日は本当にごめん、それからいろいろしてくれてありがとう。これはお礼って言うか、その、お土産的な……どうぞ」

 一人ずつ手のひらに置いて渡す。三人とも目を丸くしている。いや、それは「細川がプレゼントを渡すなんて!?」の方なんだよな?「……ナニコレ」じゃないよな?


「ありがとうございます!」

「大切にする」

「へへ、ありがとね、お兄さん」

 おお、これはナイスコミュニケーション。好評なようで露骨に安堵する俺、対人関係1年生かな。

 キャッキャはしゃぐ女子連中と最後の夜。

 なかなか寝るには向かないが、それほど悪くはないもんだな。

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