第36話 明日は楽しい合宿(フラグ)

 勘違いであることを説明したものの、JKにこんこんと説教される大学生。こんなにも説教されたのはいつ以来だろうか。椎名ママは、麻衣のものともしない態度に不満を抱きながらも何とか許してくれた。それでこそオカン。


「それでさぁ、椎名。学校は……?」

「うっ、それはその……」

 散々人に説教していたがために、素直にサボったとは言えないようだ。やはりまだ子供っぽいな。

「まぁ、その、リンゴジュースでも飲む?」

「うん」

 レポート提出ギリギリのニート予備校生が、どの口で学校にはしっかり行けなどと語れようか。それに椎名だって耳にたこができているだろうし、それを今更俺が諭そうとするのは文字通り余計なお世話というものだ。アウトロー万歳。

 それに何となく椎名の家庭も。介入するにしても限度があり、それは何も「どこまで言うか」だけでなく、「どこから言うか」も思案する必要がある。

 だが本当は分かっている。いくらでも出てくるこの理屈は、現状維持に固執するがゆえに見える幻想であると。それは女子高生にだって分かってるだろう。だから俺は言わない、といった堂々巡りの屁理屈三昧。こうなってほしくはないのだが。

 麻衣と椎名と俺の分、計3つのコップにリンゴジュースを注ぎ、久方ぶりにお盆を引っ張り出して、饗応きょうおうする。


「お兄さんは温泉のこと、どう思ってる?」

「やっぱり温泉は日本人の魂だよな」

「そうじゃなくて……楽しみなのかな?」

「それなりに」

「そっか」

 何この質問。智音がワクワクしながら尋ねてくるなら分かるが、複雑な表情で「そっか」とか言われるのは俺の解法パターンにない。会話のレパートリーが少ないのはこの際置いておくが。

「守くんと混浴したい」

「麻衣さん!?」「麻衣!?」

 爆弾発言で定評があるクーデレ美少女・水瀬麻衣は今日も絶好調です。片目が隠れていようとも真剣であるのは伝わった。やはり俺は文学(ラノベ)に携わる者として、アリストテレスよろしく、感性に対し理性的に追求する必要がある。本音ではハーレム極楽温泉最高!と叫びたいが、【臆病な自尊心と尊大な羞恥心】によってそれを飲み込む。合宿先で狼のような虎にならないことを信じたい。


「おまたせしました!」

 笑顔で登場した元気溌剌げんきはつらつな智音。隣にいるのに放っておけば後が怖いので呼んだ。俺だって伊達に監禁されてた訳じゃない。

「明日のスケジュール会議ですよね?」

「旅館は椎名が既に予約してくれてるらしいから、後はどっか行きたい所とかしたい事についてだな」

「私、鍾乳洞みたいの」

 お願いポーズでこちらを見つめる麻衣。あざと可愛さの権化かな?

「とは言え山奥っぽいから出来ることも限られそうだな……」

「名水が有名だそうなので守さん、一緒に飲みましょう!」

「ああ、一緒に。椎名は何か希望あるのか?」

「……いや、二人の案に賛成だよ」

 一人だけ何だか重苦しい。だからといって乗り気じゃないようにも見えない。

「もしかしてだけど、椎名ってその温泉に行ったことあるの?」

「えっ!いやそれは、その……まぁ、ちっさい時にあったような無いような~みたいな」

 イマイチ釈然としないな。だが作家とは往々にして名探偵である。俺はこの時、田舎で何かが起きようとしている事に、灰色の脳細胞が感ずいていたのだった。田舎の掟・湯けむり殺人・陸の孤島。ミステリーフラグ盛りだくさんですねぇ。


 話す内容が早々と尽き、明日の事などどこへやら。俺たちはダラダラと場所を共有し、一応健全なことにリンゴジュースを飲み果たす。

「それではあみだくじをしましょう!」

 一人黙々と作業していた智音が嬉々としてあみだくじを掲げる。

「テーマは、お布団の場所です!!」

 麻衣がオーバーに反応し、椎名が神経質に反応する。裏テーマはもちろん、誰が俺の隣かというものだ。俺を避けるためのクジ引きではないので放任するが。

 じゃんけん大会&あみだくじで大いに盛り上がる女子三人。孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の『間』にあると三木清が言ってたな。まさにそれだよ、三木君。

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