第34話 本能的独占と伝播する病み
「あれれ、冬ちゃん、何の用かな?」
「智音さんこそ何してるんですか?」
「椎名、智音はスタンガンを持ってるぞ!」
「なるほど、理解しました。お兄さんをよくも……」
「抜け駆けしようとしたのは冬ちゃんも同じだよね?」
「それとこれとは話が違います。お兄さんを傷つけるなんて私は絶対しません」
まっすぐ智音を見据えるその瞳には幾ばくかの涙と闘魂が映し出されていた。智音にもそれは伝わったようで少し気圧されている様子だ。
まるで二重人格かの如き葛藤がありありと浮かび、スタンガンの電撃に勝るとも劣らない感情の相克が展開されていた。
「とりあえずお兄さんから離れてください」
「それはイヤかな」
「智音さん!」
「合宿までだから!合宿が始まったらしばらくの間は二人っきりになれないから。冬ちゃんもそう思って来たんでしょ?」
「少し落ち着けよ、智音」
「守さんまで!?」
「違う、少し話を」
「お兄さんを開放してください」
もうこの時には椎名の眼は智音を貫通せんばかりに見つめていた。離したが最後、獣に獲物を横取りされるかのように。
そしてそれは両者が一定の距離を保っているがための緊張感が部屋を覆い、文字通り一触即発であることが、部外者であっても伝わりそうなくらいだ。
「とにかくさ、一回ほどいてからゆっくり話そうよ……」
ようやく放たれた俺は窓から入るそよ風を全身に感じながら、ある種、元凶である存在として責任を持って仲裁人となる。なるほど、これは確かにギャルゲーに「ルート」があるわけだ。
各々が自由恋愛に走ると、野放図とは言わずとも、修羅場になるのは自明の理。今回のケースはテンプレから大きく逸脱した気絶・監禁・不法侵入というパワーワード構成だが。
「智音さんって強引なんですね」
「冬ちゃんこそ隅に置けないよ」
……女の戦いが繰り広げられてる。情けないが言葉を挟む機会が上手く掴めない。だからこそぼっちなんですけどね。
「わ、私はただお兄さんの身を心配して!」
「そこじゃなくて、どうして冬ちゃんが合鍵持ってるかって話だよ」
「そ、それは……」
「確かに俺も気になるが、今は智音の乱暴が過ぎる事について思うことはないのか」
「守さん……」
「言っとくが俺は智音を責めてるんじゃない。もちろんこんな事は二度と経験したくはないけど、智音はもうすぐ捕まるところまで来てたんだぞ。あの時、椎名が俺の所へ来なかったら、それもあと数分遅かったら死んでたかもしれないんだ。智音はそれが目的だったのか?」
「守さんが、し、ぬ……?」
ハイライトが切れた智音が今、電源まで落ちようとしているかのように自問自答を繰り返してる。まるで本当に危害意識がなかったかのように。AIが心を理解できずにバグが発生するように、人間は心に囚われ過ぎて思考停止するのだろうか。
「守さんを独り占めできるのはどっち?」
狂気的な問いかけを己に投げかける。その答えを出させないためにも論点を若干そらすべく、
「智音は合宿に行きたいよな?でもこれ以上そんな事をするようなら中止だぞ」
まるで駄々をこねる子どもに一から諭すように分かりきった話を誇張する。だが今の智音にはここまでしてようやく思慮分別がつくという危うい段階なのだ。
確かに小説のファンだけでなく、椎名という言ってしまえばリアルでの知り合いが突如として登場し、恋敵と俺が評価するのもなんだが、ライバルが麻衣だけでなくなった。
そんな現状、たとえそれが急進的でも、行動に移さねば友人の一人でしかなくなってしまうという愛ゆえの焦燥が智音の病みと化学反応し、混ぜるな危険どころではない今回の惨事を誘発したのだった。
やはり要注意人物であり、いろんな意味で無視できない存在であることに気づかされた。そうだ、俺は習慣化されたこの病みに慣れてきてしまっている。
それも「これらの原因は俺への愛情だから重いけど気は悪くない」というどこかメンヘラ的理由による関係構築。
智音の行為もとい好意が通常の度合いを大幅に超えていたがために問題化しているが、では結婚はどうなのだろうか。双方が愛し合っているからといって、他人の残りの人生を束縛しているという点では、ヤンデレと大差ないのでは?
「とにかく!合宿を楽しく迎えるためにも、お兄さんにこんな酷い事はもうしないでくださいね!」
「うぅ……守さん、冬ちゃん、ごめんなさい」
そんな俺の心中の戯言を一蹴するかのように声を張り上げる椎名。相当怒っているが、合宿に関しては変わらず全員で行ってくれそうで少し安堵する。そして智音もようやく理性が戻ってきたのか、ペコペコと頭を下げている。
「もういいよ。まぁ、このスタンガンは没収な」
俺の腕のあざを見て今更ながら反省して泣きわめく智音。まさに我を失っての所業なのだろうな。
ではこれにて閉廷。続きまして椎名の合鍵問題について開廷します。
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