第33話 イカヅチの如き病み
モーニングメールと言えば聞こえはいいが、予告監禁とも言えなくはない「合宿」に関する報告が智音から届く。
『おはようございます!合宿の開催地は奈良県の
いや、どこ!?智音が来る前にネットで調べてみたところ、奈良県の南部・天川村にあるらしい。
詳細な地理的関係は知らないが、警察庁局長の弟にしてルポライター兼名探偵が、とある事件に遭遇したかの地ではないか。
新幹線と私鉄とそれからバス。まさに合宿だな。椎名の財力は知らないが、本当に来れるのか?
記事を軽く見たところ、温泉はもちろん、鍾乳洞や「ごろごろ水」なる名水で有名だそうだ。写真で見るだけではなかなか情緒があって良さげだ。三人の内誰が提案したのか知らないが、プロ作家志望としては、こういう温泉街なんかは文豪みたいで少し興奮する。それで選んでくれたのかもな。
そんな具合に捕らぬ狸の皮算用ならぬ、行かぬ名所の行程案に耽っていると早くも智音がインターホンを鳴らす。お隣さんとは言えども、やはり女子。いろいろと会う前の準備もあるんだろうか。
「は~い、ちょっと待って……」
いやに連打するので智音ではないのかもしれないな。となると麻衣か?
扉を開けたその瞬間、視界に青い閃光がチラッと映る。それに呼応して、ヒューズが落ちたかのように俺は……………………
青いイナズマに暗転させられ、おそらく加害者であろう人物に抱きかかえられた俺は、目が覚めるとベッドにぐるぐる巻きにされていた。おいおい、という事はまたですか……
「おはようございます♥」
ダーティな笑みを浮かべるその人物は悲しいかな、初犯ではない。やはり然るべき手続きを踏むべきだったか?俺の人間的尊厳と智音の将来の為にも。
「今回はどういったご用件なんですかね」
「手荒な事しちゃってごめんなさい……でも、合宿が始まっちゃったら二人になれないなって」
それでスタンガンはないでしょ。ヤンデレには包丁とスタンガンは持たせてはならない。結婚式や卒業式に定番の曲があるように、彼女らにも『かな~し~みの~』というどこからともなく流れ出す魔のBGMが存在するのだから。温泉に俺の顔だけぷかぷかなんてまっぴらごめんだ。
「まさか合宿までずっとこのままなんて言わないだろうな」
「えへへ♥」
自分でも文章にしたことはあったが、実際に目のハイライトが消えている現象に遭遇する日が来るなんて。吉と出るか凶と出るか、そのどちらにせよ、合宿に行く途中で力尽きる可能性は十分あり得る。
「分かった、一緒に過ごすのは構わないとして、これ外してくれない?」
「ダメですよ?この際ですから、お体にしっかり刻み込まないとね♥」
ヤバヤバ。俺、何されんの!?
「智音は守さんのことが世界で一番大好きです♥守さんは私のこと好きですか?」
「……一緒に遠出できるくらいにはぁぁああああああああ!」
「大好きって言ってよ~♥」
スタンガンをほんの一瞬だが、当てられ気が遠くなる。ハードすぎだ。これでは途中どころか、そもそもこの部屋から出る力も底をつきそうだ。
今日の智音はいつもにも増して病んでいる。それはもうこちらが病みそうなくらいに。
「じゃあ、温泉では誰と一緒のお布団に入るの?」
「智音さんですぅうわあああ!!」
今のは模範解答だろ!?拷問だ……この女、ジュネーブ条約を知らんのか。いかなる場合でも拷問は違法行為なんだぞ!
それからどれほどの時間が過ぎたのだろうか。落ちては電流に目を覚まし、何がここまで智音を不安にさせるのか分からなくなるくらいには、身体をビリビリといたぶられ、むしろ自身のスパイの才能を見いだせるレベル。作家として大成しなければ諜報機関にこの事実を提示して就職しよう。
智音も少しは落ち着いたのか、今では拘束された俺の真横でスヤスヤと寝ている。寝息が首筋にかかってそわそわする。
こうしていればデレデレ美少女なのに……
「お~い、お兄さん?椎名だけど」
助け船か、それともスプラッター映画の山場か。返事をしたいが、確実に智音が目を覚まし、何かと誤魔化して入れないのは目に見えている。
ここでの選択肢は主に3つ。一つは無視、もう一つは声を出す。そして3つ目は暴れて物音をたてる。
共通点はもう一発くらわされそうだという事。こんなのは一回でも多いくらいだ。これ以上欲するのは、まさしく性癖の扉が開いている野郎だけだ。
だがしかし、行動を起こさずして活路を見い出す方法はないのだ。小説を書かずにプロになれないのが当然であるのと同様に、ここで椎名に呼びかけずして、責め苦から解放されることは当分ないだろう。
腹をくくって助けを呼ぼうとしたその時、玄関の鍵がひとりでに開く。
「お兄さん!?」
「助けて……」
この際だ、【椎名、なぜか合鍵持ってる問題】への追及は後日という事にしておくので早くこの紐解いて。
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