第28話 コミュニティ オブ ヤンデレ

 文明社会とは何ぞやと問うた時、一つ回答例を提示するならば、締め切りから逃れられない毎日だと言えるだろう。

 その期間の長短はあれども、何人たりとも呪縛から解かれることはなく、生涯、俺たちは何らかの期限に迫られ続けながら明日へと進む。

 課題レポートをやっとのことで終えた俺には今、くだんの投稿サイトにおけるコンテスト締め切りが差し迫っていたのだ。

 読者によって執筆速度が遅延するなどという摩訶不思議な現象が頻発していたという事もあって、キーボードの音も酷い有様だ。意識高い系と揶揄される人々に負けず劣らず、威嚇の如く鳴り響かせる。

 それで締め切りが尻尾巻いてUターンしてくれればいいのだが、しかめっ面で時間という権威を振りかざして近づく様は、まさしく悲しき発展によるものと言えるだろう。


「お兄さんって賢いんだね」

「書くだけなら、ある程度、読書が好きならできる。それが面白いかが重要なんだ」

「私好きだよ、そういう真剣な男子」

 いつでも来いを鵜呑みにして、翌日に訪ねるくらいに椎名は孤独なのだ。


「誰か来たよ」

 インターホンを鳴らして現れたのは、朱音だけでなく、まさかの麻衣まで。最初から若干修羅場的要素がある二人が、見知らぬJKを見てどんな反応をするのか。

「守さん、犯罪はダメですよ」

 朱音よ、お前にだけは言われたくない。

「ペドフィリア?」

 麻衣、恋愛に年齢なんて無いんだぜ。俺はロリペドではないがな。

「この二人がお兄さんの……」

「「彼女です」」

 嘘のハーモニーなんて何も美しくないぞ。


 見ざる、聞かざる、言わざるの三猿の反対を突き進む美少女3人衆に見守られながら、執筆を再開。

 いわゆる缶詰め状態にあるプロでさえも、ここまで監視されることはないだろう。

 それにモテ男であれば、ワイワイと談話しているのだろうが、俺の場合はかなり錯綜した仲なので、ギスギスとまではいかずとも、手放しに楽しめる空気ではない。

「そっか、冬ちゃんか。気軽に朱音さんって呼んでね?」

「私は麻衣」

「朱音さんと麻衣さんは、どうしてお兄さんの事が好きなんですか?」

 うわ~意気投合してるし、女子会始まっちゃった。居心地がどんどん悪くなってゆく……

「守さんは天才でカッコよくて、運命の赤い糸で結ばれた王子様だからです」

「だってさ。麻衣さんはどうなんですか?」

「運命共同体。欠けた半身。現人神」

 怖いよ麻衣さん、重すぎだよ。椎名、顔ひきつってるよ。

「そうだ、二人にいいこと教えましょうか?」

「え~冬ちゃん、なになに?」

「気になる」

「お兄さん、二人の事、嫌いじゃないって言ってましたよ」

 朱音はニコニコとこちらに視線を送り、麻衣は顔を赤らめて少し微笑む。水を得た魚の如く、喜ぶ二人の隣には、ヤンキーではない不良JK椎名冬がニヤニヤとして座っていた。てめぇ、何のつもりだ。

 ヤンデレをデレさせるのは、火に油を注ぐのと大差ない所作なんだぞ。


 しばらくして会話は一応の一段落がついたのか、コーヒーのおかわりや、本棚の蔵書を眺めに行くなど、それぞれがバラバラに動き始める。

 友達もお化けもいない俺の日常で、これほどまでに人の気配がうごめいていた事が、一度でもあっただろうか。

 そんな状況で、妙にそわそわさせられ、集中がぶつりぶつりと途絶えかけるのは、何も俺の不徳のなす結果ではないはずだ。


「守さん、これ以上女の子は増やさないでね?」

 ドスの利いた朱音の声が、気付かれぬようにそっとささやかれる。

「守くん、私のこと、もっと見て」

 ……麻衣もこんな調子だ。

 若きライバル登場!?のような雰囲気が漂っているが、誰も友人より先に進んではいないという事を忘れてはいませんか?


 二人の記憶改竄癖の有無は知らないが、少なくとも記憶美化は行われている事が判明した。

 それに、思っている以上に、椎名の身の回りは不安定なのかもしれないという事も何となく感じ取れた。

 不良仲間がいないのも良し悪しなんだな。

 だけど、なぜだか俺には椎名を放っておく事ができなかった。同族だから?かわいいから?ヤンデレの息抜きに?

 まとまった答えは持ち合わせていないが、人間関係をある種、疎ましく思っていた俺でも、こういった集まりがあるのは、やはりどことなく楽しかったりもするのだ。

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