第26話 王道ヤンデレ・邪道片思い
カーテンの隙間からかすかに見えていた陽の光も気づけば夕闇へと時刻を移し、いよいよ恐怖の館からの脱出は難しいという事が脳髄から足の爪まで理解する。部屋の明かりは間接照明だけが物を反射させることで視界を確保できている。うん、目隠しされてたら発狂してたかも。
数分前に晩ごはんの食材を買いに行ったために朱音は不在。逃げるなら今なのは百も承知だが、拘束されているこの現状、そして逃げようとも自宅は隣、ホテルに泊まる資金も無いとくれば、そう簡単に行動はできない。いやはやどうしたものかと思案するも、大まかなものは誰でも分かる。
つまり、手錠と
ベッドに寝かされている状態なだけで、ベッドから離れられない訳ではないので、とりあえず連絡を取れるか試したい。この
巻き込むのは心苦しいが、そうは言ってられない。麻衣へ猿轡のままでも電話する。女子に俺が運べるのか、そもそもどうやって入るのかなど問題は山積みだが……
「ただいま♥」
「!?」
危ない危ない。仮に今ベッドから転がり落ちていたら、くくり付けられてたかもしれない……
「今日の晩ごはんはミートスパゲッティですよ」
監禁生活一日目の食事。どこまでの自由が確保されるのか。俺は今になって焦り始めていた。なぜか、そう、食事の次は就寝ではなく入浴だからだ。すべてにおいて、完全なる自由は望めない。
という事は何らかの拘束が残されているという事であり、それはとりもなおさず、朱音の補助なしにはまともに出来ないことからも分るように、常に隣には朱音がいる事となるのだ。
そんなことになったら、精神が崩壊し、奴隷になりかねない。朱音は鼻歌交じりにキッチンでパスタを湯がいている。数分後、乱闘となるかディナーとなるかは神のみぞ知る。
「おまたせ~♥」
さあ、いつでも来い!猿轡が解き放たれたその瞬間から俺はweb作家ではなくネゴシエーター細川となって、このヤンデレ美少女を説き伏せてみせようぞ。
「待ってね、今外すから」
朱音が背後に回り、留め具を外した!
「朱音……」
「どうしたの?」
「手錠とかも外してくれない?」
「ダ~メ♥」
「どうして?」
「またどこか行っちゃいそうなんだもん」
「自分の手でスパゲティ食べたいな」
「私は守さんにあ~んしたいです♥」
ここまでは想定された範囲内だ。文字を扱い、言霊を司る(web)作家としてここからが腕の見せ所だ。
「それで、いつまで俺は朱音にこうされておけばいいんだ?」
「そうだね~水瀬麻衣が片付いてからかな」
「えらく物騒だな。俺のファンが減るような真似をされるとなれば、れっきとした威力業務妨害だぞ」
「たしかにファンがいないと書籍化は出来ないかもだけど……」
「俺の為にも、朱音の将来の為にも、もうこんなことはやめようよ。前までの関係が俺は楽しかったぞ」
「……ホントに?」
「生憎、俺はお世辞がペラペラと口から出てくるほど人間関係を気づいたことがない」
「そっか………」
「早くスパゲティ食べさせてくれよ」
「……わかりました♡」
さっきまでの真っ黒な笑みは薄れ去り、スモッグから霧へと移り変わったかのような朱音を見てようやく冷や汗が止まった気がする。大惨事は何とか免れた。この数時間で隠れたトークスキルとM体質でないことが分かったという事でよしとしておこう。覚醒してたら執筆どころか単位まで捨てて、マジで奴隷化してただろうな。
解放宣言が数百年前になされたのに今更そんな所に懐古しても仕方がないどころか国際裁判に摘発されかねない。
「それじゃあ、晩ごはんありがとう。ごちそうさまでした」
「いつでも来てくださいね♡」
玄関を出て見えた星空。これほど星に心が癒されたのはいつ以来だろう。もしかすると、小学校の遠足でプラネタリウムを見学して以来かもしれないな。純粋な星空ではないけど。
いやぁそれにしても、同じ寝るという行為一つをとっても、こうも違いがあるとは。
「自由は決して圧制者の方から自発的に与えられることはない。しいたげられている者が要求しなくてはならないのだ。byキング牧師ってか……」
ヤンデレ女子とゴールインしたくなければ、こういう知識のひけらかしというか引用癖も何とかしなきゃな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます