第25話 YANDERE包囲網

 いささかの罪悪感はあれども、悲しいかな、人は脳が負の側面が続かぬよう歯止めをかける事で、いずれはその思いも薄れるのだ。

 麻衣は風に髪をなびかせ、時折隠されたもう一方の瞳が見える事にドキドキしているのが少し情けなく思える。

 そんな俺への当てつけなのか、少し上から意味深な視線を送ってくる。初対面では気が付かないレベルで口元を緩めて。

 同世代なはずなのに、お姉さん感が滲み出ている麻衣から目をそらし、執筆を再開する。朱音がこれを読んでどう思うのだろうか。

 人の心を動かそうなんてたいそれた志は持っていないが、何かを伝えてくて、表現したくて始めたのが小説。だったら、できるだけ読者―朱音―に響くような話を書く。遠回りであろうとも、現状、俺にできるのはこんなもんだ。


「完成?」

「一話だけどな」

「おめでとう」

「ああ、ありがとう」

 すべてのチルドレンに、おめでとう。現実問題はいまだ錯綜している所に共通点があるのか、ラストのピアノが自然と脳内に流れた。登場人物の少なさが深刻だが。

「ちょっと歩きませんか?」

 気分転換と運動不足解消という、とても素晴らしい提案だが、もう少し休憩しちゃ駄目ですか。

 とは言え、ドライブ中に女の子から「あ~コンビニ寄って何か買わない?」と聞かれて「買わない」と返すのが不適切なように、基本的に男は深読みしすぎず、さりとて察しが悪くならないように配慮の姿勢は必要だ。

 だから俺は、せめてものの休息としてブルーライトによる弊害を緩和すべく、毎月レベルで購入している目薬を両眼にさし、景気を付けるようにマグカップに残ったインスタントコーヒーを飲みほす。

 少し冷めてはいるが、飲みなれた味なので満足する。住めば都論法とでも言おうか、かなりクオリティは低いのに、別段不満は感じない味。それがインスタントの定義なのだ。


 相変わらずの戯言を連れ立って表に出たが、今日は麻衣が隣にいる。まったく、女子の家に泊まった翌日は違う女子とほぼ一日過ごすなんて、いつから俺はこんなに光源氏みたく女遊び的生活をするようになったんだ。

 自分で言うのもなんだが、別に自分の容姿が醜いとは思っちゃいないが、今業平いまなりひらでもない俺みたいなは誰かに咎められても文句は言えないぞ……


「守くん、私今日ね、守くんのこと、もっと好きになっちゃった」

 熱い愛の告白にはまだ慣れていない。免疫ゼロも虚しいが、だからと言って慣れてしまうのも哀しい男心。

「初めて、作家としての守くんを見れたから」

「そっか……ありがとう」

「これからももっと私に守くんのいろんな姿見せてね」

 知らぬ間に麻衣ルートに分岐してたらしい。セーブしてないから、いつからかは分からないけど、何となく朱音が帰っていった時が脳裏をよぎる。



 ~10年後~とはならない。だが不思議なことに、麻衣と別れてからの記憶がない。知らない天井ではなく、むしろほぼ毎朝・毎晩視界に入れている天井だが俺の家ではないとくれば………?

「守さん、おはようございます♥」

 一線を越えた病みにして闇のヒロイン・朱音ルートへ分岐していたとは。

 なお、ご丁寧に手錠に足枷あしかせ猿轡さるぐつわといった三大監禁グッズによって自由は失われ、鳥かごの鳥の方がまだ幾分かマシのようにも思えた。

「やっと二人っきりになれますね♥」

 ハッピーであれバッドであれ、結局エンドを迎えそうな俺にはただ、過剰な拒否反応をしないという消極的な対処法しかないのだった。

「これからは私が全部身の回りのお世話をしますからね♥

 キャッ、なんだか新婚さんみたい♥」

 新婚レベルのデレを超える病みが凄まじいので、俺個人としては喜べないのが実際のところだがな。

 それにしてもどうしたものか。冷静に考えるも、何も脱出法が思い付かず、少しずつ不安にもなり始める。俺はずっとこのままなの?

「安心してくださいね、水瀬麻衣みたいな害悪がしっかり取り除けたら、手錠なんかすぐに外すからね♥」

 なんだか頭が痛くなってきた。とりあえず、麻衣も気を付けろよ………

 いや、ホントは人の心配してる場合じゃないのは分かってるけど、ここまでくれば、何だか他人事みたいな感覚さえ出てくる。怖い。

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