第23話 明日は明日の風が吹く。なお嵐の模様

 目が覚めると、既に朱音は起きているらしく、シャワーの音が聞こえる。随分と無防備だ。アマガミの森島先輩であれば「どうして覗きに来てくれないの?」とご立腹だったかもしれないが、幸いにして、朱音が入浴し始めた時、俺はまだ夢の中。お風呂を一緒に入るのは七咲ルートで今は十分だしな。


「あ、おはようございます」

「ええっ!?ちょ、着替えてこい!」

 タオル姿で人前に出てくるなよ。常識がないのか作戦なのか。作戦であればやり過ぎだ。相手が俺でなければ、ドン引きされてたぞ。

 それにしても昨日の朱音とは一変して、けろりとドライヤーで髪を乾かしている姿にはなんだか狐に化かされたような奇妙さがある。

 女性の方が生命力があるとはどこかで聞いたことがあるが、まさかこれ程とは。それとも朱音の特性なのか。

 いずれにせよ、もう心配はいらないだろう。泊まって看病などという前時代的メロドラマなんて今さら流行りっこない。トレンディな主人公は確かに魅力的だが、強いてそれを題材に書くこともなかろうと高をくくって、タオルケットを畳みだす。

「朝ごはん食べていってくださいよ」

「隣にあるからいい」

「まぁまぁそう言わずに♡私にお礼の一つや二つさせても罰は当たりませんよ」

 こんなことで神が罰を与えたもうならば、俺は既に地獄行きだろう。であれば罪滅ぼしとしても、また逆に、今後は天下御免で生きてゆくにしても、朱音と朝食をとるのは理に適っている。

 理屈っぽい言い訳とは異なって、朱音の作ったトーストとスクランブルエッグとウインナーという絵にかいたようなモーニングセットは、俺の心を明るくさせるには十分だった。

「今日は天気が良さそうだから海にでも行こうかな」

 なんてセリフじみた戯言を朱音に聴かせていたぐらいだ。思えば近頃の俺は朝ごはんをないがしろにしていた。人間生命に溢れる俺は朝日を玄関から玄関のごくごく数秒に堪能し、自室のベッドに身を投げる。


 目覚ましをセットせずに寝落ちした俺を再び日常へ呼び戻したのはインターホンの音であった。扉の向こうには真っ白なワンピースを着た美少女マイが、能面にかろうじて血を通わせたようなクールな表情を見せていた。

「細川さん、寝てたんですか?」

「うん………昨日は少し忙しくてね」

「そうだったんだね」

「う、うん」

 そんなにまっすぐこちらを見られても俺はトークスキルに努力値ふってないんだから無理だぞ?

「あの、今日はどうしたのかな……?」

「どうして連絡くれないの?」

 はは~ん、ね。なるほど、これまた厄介なデレ方をしてくる。朱音にも通じる事だが、ふと「あれ、俺たちって付き合ってたっけ?」と思わす勢いがあるからな、この二人には。

「え、え~と、昨日は忙しいかったからさ……」

「…………そうでしたね」

 ゴールインを目指す必要性は今の俺にはないかもしれないが、適度に会話しなければ、バッドエンド間違いなし。世知辛い人間関係がこうもはびこっているとは。長らく真剣に対人していなかったツケはやはり想像以上に大きい。

 過ぎたるは猶及ばざるが如しの一言でまとめられるのかは分からないが、適度に関わるのも人の道だな。そんな悟りをミューズから賜った今日この頃です。

「……上がる?」

「はい」

 これこそまさに、待ってましたと言わんばかりの返答ぶり。家に上がってもいいと許可されなければ入られない異常者という見方をすれば、麻衣さんは吸血鬼の可能性もあるな。ないけど。


「この観葉植物、なんだか嫌いです」

 いわく付き植物アイビーを指摘する麻衣さん。勘のいいガキだ、嫌いじゃない。

「朱音から貰ったんだ」

 顔を膨らましてる。ちょっとかわいいな。膨らんだほっぺを突きたくなる衝動をなんとか抑えるのに必死であったが、少しずつ近づいてくるので目が覚める。

「麻衣」

「えっ?」

「麻衣さんじゃイヤです」

「麻衣」

 こういうのは勢いなんだ。ためらった秒数だけしずらくなっていくからな。だからってそんなに嬉しそうにされたら、恥ずかしくなるに決まってるだろ。

「もっと」

 クーデレぇぇ……

「麻衣」

「守くん」

 おいてめえ、俺は許可してねえぞ。全然構わないけど。馬鹿にされてるならまだしも、「キリスト」や「メシア」のような尊号みたく純粋に呼んでいるに辞めろなんて言えない。

 朱音の反応が目に浮かぶが流れるプールよろしく近い将来に任せておくとしよう。

「Tomorrow is another day.」

「守くん?」

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